33話・お客様は、感染者です
アントスは死に物狂いで、ひたすら走った。
背中からは、狂気の叫び声。
道を進んでゆく度、感染者の頭数が増えてゆく。
その顔触れ(感染者)の中には。
つい昨日まで楽しく、談笑していた顔見知りもいた。
だが、その瞳にはもう、理性の欠片すら、残されていないようだ。
大丈夫、きっと大丈夫…
そう自分に言い聞かせながら、ただ足を動かし続ける。
妻と息子の無事を…信じることしか、出来ないのだから。
リピスが命を懸けて、ここまで繋いでくれたのだ。
ゆえに尚更、アントスの家族に、万が一の事があってはならない。
今の彼にとって、感染者の追撃など、どうでも良く。
ただ、息子の妻の…二人の安否だけを、祈りながら走る。
息子は、絵本を開きながら、目をキラキラさせる。
「ねぇ、パパ」
父親のアントスは、優しく息子の横顔を覗く。
「なんだい?」
小さなテーブルを挟みながら、絵本を読む親子。
「『しゅた…はす』ってなに?」
『お花畑の挿絵』を見ながら、首を傾げる息子。
「とても優しい。夢のセカイさ」
父の言葉に、息子は心を躍らせた。
「ボクも、いけるかな?『しゅたはす』に!」
アントスは、幸せを噛みしめながら。
「きっと、いけるよ」
一人の父親として、我が子と一緒に、「夢」を楽しんだ。
こんな地獄でも…
息子の元気な声が、アントスの胸に響いてくる。
たった1秒すら惜しい、はやく、はやく帰らねば!
現在地は「屋台区」…
マシュルクの中部にあたる、屋台の区域となる。
彼の家は、この区域のさらに奥。
立ち並ぶ、あとは屋台の列を真直ぐ、突っ切ってゆくだけだ。
だが、屋台区の有様は、これまで以上に酷かった。
屋台の建物が、無残に荒らされ。
食品や雑貨などは、ゴミ屑と化している。
以前は、買い物をする、お客が溢れ。
町一番の賑やかな場所だったのに…
残っているのは、屋台を食い荒らす、感染者だけだった。
とっくにここは、感染者の巣窟に成り果て。
いくら目で追っても、生存者の姿はない。
そして、彼ら(感染者)は、アントスの気配に気づくと。
さらに、屋台の中から、ゾロゾロ…と、這い出てくる。
その桁(感染者の数)は、次第に増してゆき。
アントスたった一人を、百人以上もの、感染者たちが追いかけてくる。




