32話・満月の夜に、破片は散る
もはや、聖なるエルフの都は、感染者の巣窟と化しており。
マシュルクの中核「ブラッド王」が、陥落するのも時間の問題だった。
この城には、エルフの先鋭隊がいたのに。
相手(感染者)が、市民の身なりゆえに…
先鋭隊に、戦闘の許可を下せなかったのである。
ゆえに、彼ら(先鋭隊)は、一方的になぎ倒されてゆき。
感染の魔の手が、エルフにも伝染していく。
感染したエルフは、仲間を襲い。
一人、また一人…と、聖なるエルフが「感染者」と化してゆく。
こうして、城の隅々まで、血の惨劇が繰り広げられて。
瞬く間に、エルフの先鋭隊は壊滅…
ブラッド城の至るところに、エルフの感染者が徘徊している。
マシュルクの「2代目皇帝」、ブラッド王は。
王室の窓から、夜空を眺めていた。
彼(ブラッド王)の後ろには、エルフの青年がいて。
その(青年)手には、銀色に輝く、ロングソードが握られている。
緑の血が、刃の先に、ベッタリと染み込み。
首を切り落とされた死体が、足元に転がっていた。
青年は、汚れた手を見て、自分の行為に震えていた。
「ボクは…同志をっ!仲間をっ!」
エルフの剣士といっても、若い彼にとっては、辛すぎる現実だった。
感染者の脅威は、もう既に、ここ(王室)まで進行している。
王室の守りは、安っぽい錠前くらいで。
感染者たちが、王室の扉を、外から破壊しようとしてくる。
今にでも、錠前は壊れてしまいそうで。
この最後の砦(錠前)が砕け散ったら、大量の感染者が雪崩れ込んでくるだろう。
結局は、時間の問題…二人(ブラッド王とエルフの青年)に、助かる希望などない。
残酷な現実に、青年は嘆く事しかできない。
だが、ブラッド王は、そんな彼の肩に、優しく手を置くと。
「きっと…きみは、生き延びるだろう」
そう言われても、青年には実感がなく。
「そんな価値(生きること)が、僕に、あるのでしょうか?」
伏し目がちに言う、青年に…
ブラッド王は、一切の躊躇もなく、たった一言で即答した。
「あるよ」
何の根拠も無い、たった一言の返事。
だが、それでも。
その小さな一言が、「生きる勇気」を、少しだけ分けてくれた。
錠前はもう持ちそうにない。
あと数秒もしたら、感染者たちが襲撃してくるだろう。
「さ、生きるんだ。逃げて、生きて。未来を…謳歌するんだ」
そう告げて、ブラッド王は、王室の窓に指を指した。
「貴方はっ?!」
必死な青年に、ブラット王は微笑みながら。
「なあに、噛ませ犬は、お決まりだから」
その全てを悟った表情に、青年は言い返す言葉もなかった。
悔しさを胸に抱えたまま、零れゆく涙と共に。
エルフの青年は、全力で駆けだした。
泣きながら、叫びながら、王室の窓に全身でぶつかっていく。
窓のガラスが、儚い音と共に、粉々に砕け散り。
ガラスの破片が、小雪のように、宙を舞ってゆく。
彼(エルフの青年)は、王室から落ちながら。
ただ、自分の弱さに嘆くしかなかった。
ブラッド王は一人、王室に残ると…
『きっと、誰かが、私の後を継ぐだろう』
『そしたらもっと、マシュルクは…皆の世は、幸せに」
つらつらと、考えながら、窓辺から月を眺める。
すると。
最後の一時に、終わりを告げるよう。
パキンッと、錠前の壊れる音が響いた。
瞬間、王室のドアは、バラバラに粉砕されてしまい。
そこから、幾つもの眼光が現れる。
「ガァァァァァァァァァ!」
エルフの感染者たちが、群れを成して、飛びかかってきた。
でも、ブラット王は、何も動じること無く。
「黄金の満月。シュタハス…か」
夜空の満月をみて、一つ呟いてみた。




