31話・散った後には、必ず咲く…
一体どのくらい、感染者を「殺した」だろう?
緑色の血で染まった、風のメイスを見て…リピスは、ふと思った。
彼女の体は、すでにボロボロ。
白い肌の至るところに、痛々しい爪痕がある。
彼は…アントスは、大丈夫だろうか?
無事、家族の元へ、行けただろうか?
彼女がアントスに、構っていたのは。
べつに、アントスの「才能」だけが、理由という訳ではなく。
アントスが何気なく話す。
家族の話が、大好きだったからだ。
リピスは、机と椅子を重ねてから、バリケード(守り)を作ると。
そこに隠れながら、感染者たちと交戦していた。
感染者の気配は、まだ残っているものの。
彼女が大半を倒し、敵(感染者)の数も、かなり減ったはずだ。
あとは、この集会所から逃げるのみ。
机と椅子の山を飛び越え、駆け抜けるだけなのに。
体の力が入らず、指一本すら、動きそうにない。
リピスは、ペタンと座り込み。
糸が切れたように、机と椅子の山へ、背を預けた。
そして、虚ろな瞳で、天井を見上げながら。
「リオス…」
何処か遠くにいる、「誰か」の名を呼んでみる。
リピスはずっと、温かい家庭を夢見ていた。
愛しい人の帰りを、ずっと待ち焦がれていた。
「手紙の…つづき、は?」
消えゆくように、ささやくと。
傷だらけの手から、風のメイスが、転がり落ちてゆく。
瞼が重くなり、意識が遠のいて。
薄れる意識の中、リピスは、とある景色を見た。
それは、ずっと夢見ていた、ごく普通の生活。
リピスと「誰か」、そして我が子と、楽しく笑い合う景色。
そんな憧れ(普通の生活)を見届けながら…
まるで、眠り姫のように、永遠の眠りについた。
リピスが眠り(死に)、しばらくの時が流れた。
集会所は、すっかりと静まり返り。
さっきまでの騒ぎが、嘘のようにさえ感じてしまう。
そんな、時が止まったような、静寂の中…
ペタペタ…という、「裸足の足音」が、リピスの方へ近づいてくる。
この足音の正体は、一人の少女で…
黒い頭巾に、黒のローブを纏った、黒一色の姿。
少女は、リピスの前に立ち、ゆっくりとしゃがみ込む。
そして、黒頭巾の奥から、リピスの顔を覗いたとき。
ほんの一瞬だけ、少女の瞳が、キラリと光った。
その瞳は、「黄金」に輝き、ゆったりとしている。
少女は視線を、床に流してから。
リピスが落とした「風のメイス」を拾ってみる。
小さくか細い腕で、大切そうに、風のメイスを込むと。
少女は…
「ふぅ…」
鈴のような声で、一つ呟いた。




