30話・勇者も所詮は、ただの「餌」
もはや、今となっては…
正常な人間よりも、感染者の方が多くて。
緑の液体が、至るところから、飛び散ってゆく。
感染者たちの渦から、悲鳴が轟き。
床のあちこちに、腕や足などの残骸が散乱していた。
こんな地獄の中を。
アントスは、鼠のように、静かに俊敏に進んでゆく。
リピスが…たった一人で、囮をしていてくれるお陰で。
感染者たちの大半が、彼女へ襲いかかっている。
だから、この隙に乗じて、逃げねばならないのだ。
足を進めるたびに…
彼の行く手を、死体の山が阻んでくる。
鎧ごと、ズタズタに裂かれた「勇者」。
四肢を、バラバラに千切られた「エルフの戦士」。
もはや、人の原型すらない、ミンチ(肉片)も転がっていた。
勇者であろうと、魔法使いであろうと。
感染者にとっては「全て」が平等、ただの餌でしかないのだ。
アントスはひたすら、死体の山を踏みつけながら、集会所の出口をめざす。
暴動によって、集会所の扉が破壊されており。
黄金の月の光りが、開かれた出口から、顔をのぞかせていた。
街はもう、すっかり暗くなり、時刻は深夜くらい。
マシュルク(街)の頭上にて、黄色い満月が輝いている。
だが、夜空の静けさとは対照的に。
街全体が、恐怖とパニックで、慌ただしく震えていた。
結局、集会所から脱出しても。
外にまで、地獄(死体の山)は続いており。
かつて、戦士やエルフ、魔法使いに勇者など。
勇敢なる者たちが、行き交う「ギルド区域」は…残酷な血の海と化し。
生き残り(生存者)の「雑用」アントスは。
血生臭い空気を、汚れた肌で感じながら、ただ進むだけ。
家族(妻と息子)の無事を祈って…
ただ、ひたすら歩く事しかできなかった。