26話・「死」は…目に焼きつくのか?
「ぎゃあ!」
「たすけてくれェ!」
響き渡る、人々の悲鳴。
戦士や魔術師、エルフたちは皆、突然のパニックに混乱していた。
そんな地獄の中で、リピスは唇を噛みしめた。
彼女の前には、ゾンビと化したロイド。
「ロイド…きいて」
相手を落ち着かせようと、話しかけてみるが。
ロイドはただ、獣のように呻きながら。
次の獲物へ、ターゲットを代えると。
その口から、緑の液体を零しながら、こちらへ近づいてくる。
もはや、今のロイドに、人としての理性など残っていない。
だからリピスは、いつものように。
モンスターを狩猟するつもりで。
「そう…なら、仕方ないね」
冷酷な視線で、かつての仲間を睨みつける。
感染者の動きは俊敏だが。
彼女の実力なら、迎撃するのも難しくない。
リピスは一歩退いてから、足元へ視線を流す。
そこには、白魔術師のノエフの残骸があり。
頭部を破損した死体は、ピクリとも動かず。
もう二度と、起き上がる気配は無かった。
つまり、脳を粉砕すれば、感染者たちを殺せるらしい。
リピスはジッと、ロイドの頭部に集中する。
もし、俊敏な動きで、先手を取られたとしても。
風のメイスで、ロイドの頭を「叩き潰す」イメージができた。
距離は十歩ほど、迎撃するには十分。
『大丈夫、だいじょうぶ…』
ついさっき、ノエフ(仲間)を殺した、感触を噛みしめながら。
不安を抑えるように強く、メイスを握りしめた。
もう完全に、彼女の注意は、ロイド「だけ」に集中しており。
足元で倒れている、メイドの少女には、気づいていない。
メイドの少女は、じっと倒れているものの。
口や鼻から、トクトクと、「緑の液体」を垂らしていた…
荒れ狂う人混みの中…
アントスは必死に、リピスを探す。
恐怖に震える人々の顔には、冷静さの欠片もなく。
我先にと、ただ走り回るだけ。
肩と肩がぶつかり、アントスは体勢を崩してしまう。
彼の背中には、自分の体よりも、大きな荷物があるので。
到底、人混みの弾幕など、避けられるはずもない。
『荷物が、邪魔だ!どうする…』
荷物を投げ出せば、人混みは、何とか回避できるだろう。
だがしかし、こんな窮地に陥っても。
「真面目」だけが取り柄のアントスは、自分の仕事を手放せずにいた。
感染者たちは、目に映る者すべてに、狂気を振りかざしてゆく。
それはもう、人の姿をした獣で。
肉片が散り、血しぶきが宙を舞い、エルフや戦士たちの悲鳴が広まってゆく。
これらの地獄の光景が、アントスに恐怖を植えつけ…
彼の思考をも凍らせてゆく。
そして「死」が、アントスの目に、こびりついてしまい…
妻と息子の…笑顔が、アントスの脳裏、フラッシュバックしてきた。
家族との愛しい思い出が、ゆっくりと流れてゆく。
妻と息子、そしてアントス。
三人は…小さなテーブルを囲みながら、幸せそうに笑っている。