25話・地獄のバケツ亭
襲いかかってくるノエフ、ディアトロは抵抗できず、ただ立ち尽くすのみ。
そして狂気の歯が、彼の喉を掻き切る寸前。
近くにいた大男が、ノエフに突撃した。
「ガァあ!」
獣のような声を上げ、ノエフの体勢が崩れる。
「兄者、さがれ!」
大男は、鞘から両刃の銅剣を抜くと、戦闘態勢に移った。
この銅の塊(銅剣)は、強靭かつ頑丈。
きっと、白魔術師の細い体など、あっさり粉砕するはずだ。
ノエフの左肩へと、銅剣が振り下ろされ、肉を裂きながらめり込んでゆく。
しかし、胸の辺りで、銅剣が止まってしまった。
勿論、彼(大男)の意思ではない。
剣先が肉に挟まれ、これ以上、銅剣が動かないのだ。
ガッチリと武器が固定されてしまい、焦り出す大男。
だが、ノエフの方は待ったなし、俊敏な動きで反撃してきて。
すかさず、大男の右肩に噛みついた。
大量の血が、右肩から吹き出してゆく。
「うわァ!」
苦痛のうめき声をあげてから、大男は武器を手放してしまう。
人の肉片を、まるでチキンのように、貪るノエフ。
もはや、彼はもう、人の皮を被った「獣」のようだった。
ようやくリピスが、ディアトロたちの元へ着くと。
ノエフの前に立ちはだかって、風のメイスを握りしめる。
獣の脳天めがけて、メイスを振り下ろした。
透き通るような風の音と共に。
ノエフの頭部が、バラバラに吹き飛び木端微塵になる。
その爆発の勢いで、緑の液体が、辺り一帯に散乱してゆく。
飛び散った液体が、雨の如く、周りのギャラリーへ降り注ぎ。
リピスは反射的に、手で顔を庇ったが。
数人の目に、飛び散った液体が、入ってしまった。
痺れるような痛みが、彼ら(ギャラリー)を襲う。
「ひィひィ、目が!」
彼らは、悲痛の声をあげながら、自分の目を掻きむしる。
そんな騒ぎの中で、頭を潰されたノエフは、ドサリ…と倒れた。
しかし、リピスの視線は、白魔術師ではなく。
傍らにいた、弓兵のロイドに、向けられていた。
首を噛まれて、倒れた筈のロイドが。
緑の液体を、首から流しながら、ゆっくりと起き上がったのだ。
そして周りから、続くように、叫び声が伝染してゆく。
「ガァアアアアア!」
たちまち奇声が広がってゆき。
リピスの肩を、ビクリと肩を震わせた。
怪物…いや。
「感染者たち」の叫び声は、五人ほど…
また、その感染者たちは、先ほど目を負傷した者たちだった。
彼らにまもう、理性はなく。
目から、緑の液体を流しながら…
手当たり次第に、近くにいる者へ襲い掛かってゆく。
ある者は、首を噛まれ。
ある者は、腕を食い千切られ。
ある者は、ズタズタに引き裂かれる。
ドミノ倒しのように、人々が倒れてゆき。
あっという間に、この集会所「始まりのバケツ亭」が、恐怖に染められていった。