171話・消えゆく花にサヨナラを
ドームの全体が、まるで「おとぎ話」みたいで…
アントスは、純白のカーペットを歩く。
透き通るように「白い」花壇。
一輪一輪の華が、歩く度に、のんびりと揺れ。
風のステージにて、花弁たちが、踊りを披露してゆく。
視線の先には、ちんまりとした人影。
そして、二本のアホ毛が揺れていた。
どうやら、その人…シュタハスは、花壇に座っているみたいだ。
彼は、ゆっくりと、癖っ気の強い白髪へ近づき。
その「黄金の瞳」と、視線を交わした。
彼女は、その瞳を、静かに緩ませると。
自らの太ももへと、視線を下した。
視線の先には、赤髪の少女…マゼンタがいて。
彼女の太ももを枕に、マゼンタは穏やかに眠っていた。
眠る少女の赤髪を、優しく撫でるシュタハス…
その姿は、まるで「娘と母親」のよう。
この二人を見て、アントスは、父親としての記憶を思い出す。
妻と息子との「大切な思い出」を。
もう二度と…自分の家族は、帰ってこない。
それでも、きっと。
孤独な父親の「平凡な勇気」が。
知らない誰かの「家族」を、守れたのかもしれない。
ゆえにアントスは、この瞬間、このときにて「使命を終えた」と実感した。
だから…
この花壇から、この研究所から、立ち去ることにする。
外に出たとしても、彼を待っているモノは、平凡な日々だろう。
だが、だとしても…ただの男「アントス」は…
全てのモノを平等に照らす「黄金の太陽」を、この目で見たいと思った。
マゼンタの髪を優しく撫で…シュタハスは囁く。
「………おやすみ」
やさしい鈴のような声が、赤髪の少女を包む。
もう二度と、少女は目覚めることなく。
穏やかな風が、彼女の体を包み。
やがて、その細い体が、徐々に形を失ってゆく。
マゼンタの体は「紅い花弁」になって。
フワリフワリ、と…白い花壇に舞い落ちる。
そして、ポツポツ、と…シュタハスの太ももへ、紅い花弁が乗っかる。
彼女は、その花弁を、両手で救い上げ。
一息だけ、優しく、優しく、花弁に息を吹きかけた。
すると、紅い花弁は、シュタハスの手から旅立ってゆき。
白い花壇の上で、楽しそうに舞い踊った。
紅い花弁は、花壇の上で「自由」を楽しみ。
小さな、小さな、赤い閃光となって。
一寸の音もなく、ポツン…と、消えていった。
今回で「8章」が完結です。
次の章から「最終章」になります。