166話・選手交代
シュタハスの体は、全身血だらけだった。
彼は、シュタハスの体を案じるが。
ジッと覗いてくる「黄金の瞳」に、思わず唾を飲んでしまう。
その瞳には「どうして、戻ってきた?」という意味が込められていた。
アントスは、感情のまま行動した事を…深く後悔する。
「………すまない」
注射器を、ポケットから出して…血だらけの彼女に頭を下げた。
こんなに無力な自分に、シュタハスは、見切れているだろうか?
それでも、やると決めたからには、諦めたくなかった。
「もう一度、もう一度だけ」
チャンスをくれ!と、言いかけたとき。
フワリとした、柔らかな感触が、彼の頭を撫でた。
その感覚に引かれ、視線を上げると…そこには。
穏やかに微笑む、シュタハスの笑顔があった。
細い体からは、ボタボタ…と血が流れてゆき。
癖っ気の強い白髪が、血によって真っ赤に染まっている。
だとしても、シュタハスは。
微塵の欠片も、アントスを責める気などなく。
平凡なこの男を、ありのまま受け入れていた…
まるで、子供を励ますように。
その傷ついた手で、大人の頭を撫でてあげる。
温かな一間が、アントスの緊張を解し。
ほんの少しだけ、注射器を握る手から、力が薄まっていく。
そう、この一瞬…
一つの風が、揺らいだ右手を通りこした。
ハッと…アントスが、気づいた頃には。
右手の注射器は、すでに消えており。
今度は彼女の手に、注射器が握られていた…
ここでようやく、注射器を取られた事に気づく。
彼女の手に、注射器があること…それは、選手交代の合図。
「こんどは、君が…いくのか?」
つぎは、アントスが囮となり…
シュタハスが、核を破壊(殺害)する番。
その役割を、ゆっくり頷き、彼女は肯定した。
「ええ、まだ終わりじゃないから」
「………わかった」
彼には「風の力」を扱う才能がある。
ゆえに、触手の相手をするのも、不可能な話じゃない。
ユラり…と、方向転換するシュタハス。
その小さな背中を、アントスに預ける。
「ふぅ」
いつものように呟く彼女…
そんなシュタハスに、強面のまま意志を伝えた。
「きみを、守る…」
強固な意志をまえに、黄金の瞳が…確かに光った。
「そう…ご自由に」