160話・ちっこい囮役
「核」はすなわち…
フロラシオンの心臓と呼べるだろう。
それは、相手の体内にあるらしい。
しかも、ソレ(核)は、触手や蔦に守られており。
全ての触手が、狂気と殺意に満ちている。
とくに「触手」は、かなりの脅威のようで。
その威力を証明するべく…
シュタハス自ら「攻撃された」脇腹を見せてきた。
「ごらんの通り…『服』がボロボロ」
しかし、裂かれた服とは対象的に…白い肌には傷一つない。
「でもね…」
「私は『治る』だけが、取り柄だから」
彼にも何となく…
シュタハスの頑丈さは、理解できていた。
深淵洞窟にて…感染した子供に、襲われたときも…
顔色一つ変えず、毒ガスの中にいたのだから。
とは言え、服の有様を見れば…
敵の脅威が、ヒシヒシと伝わってくるわけで。
たとえ「治る」としても。
もうこれ以上、彼女を、危険な目に合わせたくない。
だが、そう考えるアントスとは逆に…
「私が、囮になるわ…」
事もあろうか、彼女自ら、囮役を買って出た。
「だから貴方が、核の面倒をみてあげて?」
シュタハス一人が、注意を引くための餌となり。
その隙に、アントスが、注射で核を破壊する…
一方的な役割分担に、彼は反論せざる負えない。
いくら傷が治るとしても…
彼女一人に、危険な役割を押し付けるなんて。
「僕に、囮をさせてくれ」
「女の子に、危険は負わせない…」
すると…
彼の言葉(甘さ)に、シュタハスは、クスっと笑った。
「『女の子』って言うほど、若くないよ?」
それに…と黄金の瞳を、静かに細め。
「ときに勇気は、足手まといだから」
いつもの、のんびりとした口調で、凡人の勇気を受け流す。
結局、シュタハスが「囮」に決まり。
「戦ってる感が、ほしいね…」
そう言って彼女は、アントスの腰にある「風のメイス」を指さした。
「ソレ、貸してくれない?」
正直、アントスとしては…
彼女が過去に、深淵洞窟にて「風のメイス」を、持っていたのも気になる。
だが、これ以上。
この件を詮索する事に、大した意味はないだろう。
だから、意識を換えて、素直にメイスを渡した。
丸腰より武器がある方が、幾分マシだから…
シュタハスは、風のメイスを抱えると。
まるで、ハンカチを貸すように「注射器」を手渡してくる。
アントスの手に、プラスチックの感触が伝わり。
握りしめる右手から、ピリピリとした緊張感が伝わってきた。
緊張するのも無理はない…この一本(注射器)で、あの怪物と戦うのだから。