141話・小さな命のために
だが…このとき。
涙に滲む視界の中…アントスは「小さな人影」を見た。
液体に沈む、子供たちの…亡骸の山。
そんな地獄に、たった一人、一人だけ。
「女の子」が、生きていてくれていた。
汚れた黒髪は、グッショリと濡れ。
女の子は健気に、小さい肩を震わせていた。
どうやら少女は、立っているだけで…やっとらしい。
か弱い背中を、遠目から見守るアントス。
にげろッ!にげてくれッ!お願いだ!
彼が幾ら、心で叫ぼうと、その思いは届かない。
そして遂に、彼の恐れ通り…
感染した重騎兵が、少女へと視点を定めた。
次のカモを見つけると、重騎兵は、容赦なく少女に襲いかかる。
広大なる山の如く、少女の前に立ち塞がる。
この女の子に、死から逃れる術などない。
そして…
重騎兵は一切の容赦はしない。
大きな脚を、ゆっくりと上げ、彼女の頭に狙いを定める。
その行動に、アントスの血の気が引いた…
ヤツ(重騎兵)は、少女を踏み潰す気だ!
溢れ出る「助けたい」という感情。
その思いを、噛み殺しながら…その場に踏み止まる。
ここで、助けにいってどうする?
ただ無残に、殺されてしまうだけじゃないか?
それに、シュタハスの救出こそが、本来の目的なのだから。
感情に飲まれて、選択を違えてはならない。
身を潜めながら、アントスは、必死に耐え忍んだ。
だが、このとき…少女がこちら(アントス)に気づいた。
まだ幼い、純粋な眼差しに、アントスの姿が映り。
平凡なる男の心拍数が上がる。
「ねえ、パパッ。あははー」
幻か?幻聴か?
記憶の窓から、息子の声が…聞こえてきた。
そして…
気づいた頃には…
自分の足が、勝手に踏み出してゆき。
まるで、稲妻のようなスピードで駆け抜けてゆく。
それは些細な「子供を守る」という動機。
その小さな思いが、信じられない力を貸してくれた。
この一瞬のアントスは、重騎兵よりも速く…
非力な両手で、少女の体を救出する。