138話・囚われの少女
アントスは決意を固めて、ボンヤリと佇む建物へ向かう。
懐から、風のメイスを取り出し。
ギュッと力強く、メイスを握り絞めた。
そうだ、ここまで来れたのは…
彼ら(モンスターたち)の助け、だけではない。
リピスや、いろんな人々、そして…
今はもういない…妻と息子のお陰なのだ。
自分は今「世界を救う」などと。
勇者ごっこの為に、この命を、懸けているのではない。
もう二度と…
自分と同じ悲劇「家族を失う苦しみ」を、繰り返させない為。
この世界の一員として、命を張っているのだ。
建物の内部には、簡単に侵入する事ができた。
研究所の電力が、生きているのか?
自動ドアの装置が、スムーズに起動してくれて。
彼の行く手を、妨げるモノはなかった。
直線状の廊下が、しばらく連なり…
無数のパイプが、壁に沿って伸びている。
そして、天井から、電球の光りが広がり。
青白い光りが、廊下の闇を和らげてゆく。
しばらく続く、長い廊下。
進む度に、幾つもの自動ドアが、待ち受けていた…が。
全てのドアが、都合よく開き…
まるで「誰か」が意図的に、操作しているみたいだった。
だが、しかし…
しばらく進むと、足元から異変を感じた。
それは、地震の前触れを、感じさせるような…小さな余震だった。
この「揺れ」に警戒しながら。
アントスは、四つ目の自動ドアを抜けた。
そして、この先に、広がった部屋は…
彼の想像とかけ離れた「異次元」の空間だったのである。
ドンヨリとした闇に包まれた、四角形の広間。
幾つもの「円形の筒」が、隊列を成していた…どうやら、この筒も機械の一つらしい。
筒の表面は、透明ガラスのような素材で。
水のような液体で、その中身が満たされていた。
パッと見て、液体は腐敗しており、薄汚い黄色に変色していた。
素人のアントスでも、この機械(円形の筒)が、壊れている事が分かった。
ゆえに、脅威ではない…と判断して。
立ち並ぶ、ガラスの筒を、通り過ぎようとした。
だが、このとき。
機械の中…腐った液体の中に…とある存在が「眠って」いた。
ソレを見て、彼の精神が削られてしまう。
だって、機械の中にいたのは…子供だったから。
まだ、八歳くらいの
自分の息子と、同じ歳くらいの
小さく幼い、女の子だったから…
この女の子は、裸のまま、汚れた液体の中で眠っていた。
瞬き一つも、指一本も動かさず。
まるで、紐切れた人形のように…機械の中に、囚われていた。