136話・落ち逝くツバサ
最大の脅威である「水の巨人」は死んでいる。
だから、これ以上の脅威はないはず。
そんなアントスの考えを、激しい揺れが蹴とばした。
「アッ!ガァぁアッ」
フラムの短い悲鳴と共に、視界が大きく揺れた。
一体何事かと…彼は、ドラゴンの様子を伺った。
すると…まるで、血管のような物体が、フラムの体中に突き刺さっていた。
よく見ると、「触手」を連想させるし。
こんな生々しい触手など、見たことも、聞いたこともない。
一体、この触手は何なのか?
この現状では、知る余裕すらなかった。
とりあえず今は触手よりも、フラムの身の方が大切だろう。
「フラムッ!これ以上はよせ!」
背中の上から、フラムに忠告する…が。
「死んでしまうぞ!」
しかし、アントスの声は届かない。
いや、もう「聞こえていない」と言うべきだろうか?
「ァァアアアアアアアアアアアア!」
瀕死のフラムは、溢れんばかりに叫びながら。
ただ一直線に、ドームへと「特攻」してゆく。
そんな愚か者を、触手たちが迎撃してくる。
ドームの中から、触手たちが、次々と顔を出す。
「フラム!ダメだッ、やめろ!!!」
ドス、ドスッドスッ、ドスッドスッドスッ、ドスッ
容赦のない触手の猛攻によって。
破壊と烈火のドラゴン…フラムの体が、無残に引き裂かれてゆく。
だとしても、烈火のドラゴン、いや…「フラム」は怯まない。
今の自分は、破壊のドラゴンじゃなく…
この世界の「一員」として、戦っているのだから…
見知らぬ「男」の為に、バトンを繋いだ、かつての友のように…
果たして自分は、そんな友に、近づけただろうか?
やがて、フラムの視界は、シャットダウンして…
もう痛みすら、感じなくなった。
それでも、消えゆく意識の中で、グラスが託した希望。
戦士でも、勇者でもない、ただの一般人…
そして…
初めて出来た「人間の友達」を…守るために、その翼を震わせた。
触手たちの群れが、怒涛となって押し寄せてくる。
迫りくる絶望に、覚悟を決めるアントス。
だが、彼の体は、一つも傷ついていない。
そう、全ての脅威から、フラムが全身を盾にして。
触手の脅威から、アントスを守っていたのだ。
もう…フラムに意識はない。
ただ、本能のまま、翼を羽ばたかせるだけ…
結局、フラムの奮闘虚しく…
予定の着地ルート(ドーム状の建物)から、大きく外れてしまった。