12話・ドラゴンと水の巨人
もうリオスには、自我と呼べる意識はなく。
ノロノロと、虚ろな眼差しで、亡者のようにさ迷っていた。
虚ろな視線の先に、赤い華が一輪…静寂のもとに揺れている。
「りィ…ひぃ……」
朽ち果てた声が、リオスの口から零れてゆく。
「すぅ…」
吸い込まれるよう、赤い華に手をのばす。
そして、ついに…
彼の指先が、赤い花弁に触れた。
花弁の尖端と、震える指先が、重なったとき。
リオスの体が、フワリと、宙に浮きあがった。
今の彼は、糸に吊るされた人形のようで。
宙に留まったまま、一寸たりとも動かない。
そして、蛇のような触手が、花壇の底から顔を出してきた。
その触手は細く、とても貧弱だが。
一本、十本、と数を増し、触手たちは無数に絡み合う。
触手たちは、ゆっくりと慎重に動き。
リオスを零さないように、その体を、やさしく抱き寄せる。
一本一本の触手たちが、リオスの体に絡みつき。
次第に彼の体は、植物の繭と化していた。
研究所の夜空に、感染者たちの奇声が響く。
ズシン、ズシン、と、激しい足音が地を揺らし。
その足音の主は、一体の巨人だった。
巨人の表面は、透き通った水晶のようで。
まるで、水の塊が、人の形を真似て、歩いているようだ。
その目玉はまさしく、巨大なダイヤモンドだ。
この研究所は、高さ120m壁に囲まれており。
これがある限り、感染者は、外に出る事ができない。
巨人は、この壁を睨みつけると。
「オオオオオオオオ!」
天高く叫び。
怒涛の砲撃の如く。
聳え立つ壁へと。
その右手で、真っ向から、壁に殴りかかった。
水晶の拳が、壁にめり込み、瓦礫の破片が爆散してゆく。
たった一撃で、いとも容易く、壁が貫通して。
ポッカリと空いた風穴が、大きな隙間となった。
巨人が、すんなりと通れるほど、大きすぎる空虚…
この隙間から、巨人は、外の世界への一歩を踏み出し。
一面に広がる『開花の森』を、水晶の瞳で見渡し。
樹木を薙ぎ倒しながら、森の奥へと進行してゆく。
その後に続くように、感染者たちもまた…外の世界へ、飛び出していく。
壁の空虚から、津波の如く、感染者たちが溢れてゆき。
ざっと見ても、彼らの人口は、2千人以上はあるだろう。
あっという間に、開花の森は、感染者の奇声で満たされた。
そして、叫び声が轟く、夜空にて…大きな翼が、羽ばたいていた。
この翼こそ「ドラゴン」そのもの、世界を震わせた破壊の尊重。
ドラゴンは天から、感染者たちを監視している。