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121・みんなの「夢」が、叶いますように


 下の状況を見て、ワイズの神経が逆立った。


さっきの唸り声が、感染者たち(感染クモ)を呼び覚まし。

狂気の大群が、階段全域をも埋め尽くしてゆく。


しかし、自分の同志が、こんなに感染していたとは…


 曇る感情を抑えながら、ワイズは、せっせと銀のロープを引っ張った。

見つかったのなら、隠密もクソもない。

勢いに任せて、倍以上のスピードで、アントスを引き上げようとする。


 だが、しかし…


ガサガサガサ

ガサガサガサガサガサ、ガサガサガサガサ

ガサガサガサガサ、ガサガサガサガサ、ガサガサガサガサガサ


 脚の蠢く音が…

隙だらけのワイズを包囲した。


感染クモたちは、生存者(正常なクモ)に、ジリジリと距離を詰めてゆく。


だとしても、ワイズは、銀のロープに集中し続けた。


ここで「逃げれば」ワイズだけは助かる。

だが、それは…アントスを見捨てるということ。


 自分の命か?人間の命か?

その答えは「名前」を貰った…あの日から決まっている。


無防備なワイズへ、感染クモたちが一斉に飛びかかった。


無慈悲な猛攻を受けながら、ワイズは、ひらすら糸を引く。


一歩たりとも、動じはしない…

グチャ、グチャ!

このロープを、手放しはしない…

グチャ、グチャ!グチャ、グチャ!

人間アントスを、見捨てはしない…

グチャ、グチャ!グチャ、グチャ!グチャ、グチャ!


たとえ、この身が滅びようとも

         勇者でも、戦士でもない「ただの男」に

                      この世界の「夢」を託したのだから。

 

 グチャ、グチャ!グチャ、グチャ!グチャ、グチャ!グチャ、グチャ!グチャ、グチャ!


 脚が引裂かれ、胴が食い千切られてゆく。

それでもワイズは、逃げも、動じもせず、ひたすら糸を引き続けた。

 

 そして、ビチャッ…という、音がして。

「赤い血」で、ワイズの全身が染まってゆく。

その血は、紛れもなく「人間」と同じ色をしていて。


床に散乱した、自分の血を見て、ふと思った…


かつて、敵だった筈の「人類」。

今から自分は、ソレ(人類)に「夢」を託して死ぬ。

生真面目な自分には、冗談とか、良くわからない。


それでも、面白いって思った。


「いつか、きっと、きっと…」


遠のいてゆく意識のなか、そっと思いを述べる。


「みんなの『夢』が、叶いますように…」


 ひっそりと、皆の「夢」を応援しながら。

この世界の片隅で、一匹のモブが消えていった。



ワイズは、死してなお、銀のロープを支えている…



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