121話・群れる脚
静かに上昇してゆく、銀の糸。
ワイズはとっくに、階段の頂上にいて…
そこから、怪我人を、引き上げていた。
数センチずつ、上昇するたび、階段の脇を通過してゆく。
そして…
幾多もの、クモの巣が、彼を待ち受けていた。
クモの巣は、どれも緑色。
感染クモが、近くにいるのは明らかだ。
もし、コレ(感染クモの巣)に、触れたら。
敵に見つかって、無残に捕食されてしまうだろう。
しかも、モンスターたちの死体が、クモの巣に囚われており。
オーク、ゴブリン兵など…死骸のコレクションが、幾つも飾られていた。
逃げ損ねた者の末路をみて、アントスの額に、冷や汗が流れる。
もし見つかれば…
自分もコレクション(死体)の一部にされてしまう。
絶対に、音を立ててはならない。
アントスは、呼吸を止め、一寸の音すら殺してみせた。
銀の糸は、順調に上昇している、後は沈黙を貫くだけ。
だが、つぎの一瞬…
階段そのものが。
グラリ…と、揺れ動いた。
そして。
グォオオオオオ!ァァアアア、ガァアアアアア!!
広大かつ、圧倒的な、唸り声が響き渡った。
この衝撃は、昇華階段だけでなく。
シュタハス神殿の全体を揺るがした。
アントスは、この唸り声に、身に覚えがあった。
そう、烈火のドラゴン「フラム」のモノだ。
だが…フラム本人は、負傷によって動けない筈。
だから、彼によく似た、別のドラゴンである可能性が高い。
激しく身を揺さぶられながら、何とか推理を展開する。
しかし、考え事をする暇など、許されなかった。
ふと、周りを見渡したとき、アントスの顔が蒼白になる。
ガサガサガサ!
緑色の「クモの巣」から…
ガサガサガサガサガサガサガサガサ!
「感染クモ」の大群が、雪崩れ込んできたからだ。
その数は、百匹をも軽く超え。
「クモ」と言うよりも。
無数の脚が蠢く、緑色の津波であった。
なにが「十匹」だッ!
ワイズの情報に、文句を垂れながら。
風のメイスを、右手で構えた。
そして、残った左手で、銀の糸を掴み、決死の抵抗を試みた。