113話・やさしい人間さん
レ二ズの指示通り、アントスは、物陰に身を潜めた。
幸いここ(保管庫)には、木箱が沢山あった。
ゆえに、隠れるだけなら造作もない。
理性のない感染者が相手なら、何とかやり過ごせるだろう。
アントスは、木箱の上から頭を出すと。
さっそく、辺りの様子を警戒した。
すると、ほんの少し離れた場所に「瓦礫の山」があった。
そして、その瓦礫の山にて。
「水色の液体」が、埋まっている事に気づく。
この「水色の液体」を、アントスは知っていた。
スライム?!「生存者」のスライムだ!
そう、瓦礫の中に「生存者のスライム」が、生き埋めになっていたのだ。
どうやら、このスライムは「動けない」ようで。
瓦礫の破片が、水色の体に突き刺さり、弱々しく身を伏せていた。
生存者のスライムは、瓦礫の隙間から、アントスの視線に気づいた。
「た…たす、けぇ、てえ」
ただ弱々しく、人間に助けをこう。
雑魚モンスター(スライム)から、助けを求められて。
一般人は何度も頷いた。
真直ぐ、スライムを見て頷いた…
助ける!「今度こそ」助けてみせる!
意を決して、木箱から離れ、スライム救出へと赴く。
そして、一歩踏み出したとき…
足元の板が、勢いよく外れてしまった。
ガゴッと、短い音が、天井にまで響き。
もはや、後悔するには遅く、彼の頭上にて、感染スライムが群れていた。
幸い、相手(感染スライム)の視界は悪いらしい。
物音に寄って来ただけで。
人間のアントスには、気づいていない。
この隙に、アントスは、また進もうとする。
だが…こんなにも床が、腐敗しているため、軽率に動けなかった。
遠目から、正常なスライムに、安静にするよう、身振り手振りをする
不器用なジャスチャーでも、何とか伝わったらしく。
正常なスライムは、ジッと、瓦礫の中で助けを待つ。
だが、しかし…隠れている筈なのに。
感染スライムたちが、瓦礫の山に、覆い被さってきた。
その動きはまるで、最初から「獲物」の位置を、知っていたかのような。
人と人が、引かれ合うように…
スライムとスライムが、引かれ合っているような…
感染スライムたちは、本能のまま、正常なスライムに襲いかかった。
生存者スライム一匹に、感染スライムたちが群がり。
醜い緑色が、覆い被さってくる。
グチュ、グチュ、グチュ。
弱々しい水色の液体が、ジリジリと侵食されてゆく。
グチュ、グチュ、グチュ。
繰り広げられる、スライムの「共食い」。
もう、これ以上、見ていられず…アントスは、勢いよく飛び出した。
感染スライム軍団は、獲物(生存者のスライム)の捕食に夢中。
部外者には気づいていない。
泥が混ざるような醜い音、水色の液体が「喰われてゆく」。
そして、生存者のスライムは、枯れ逝く寸前にて…
小さな声で、アントスに囁きかけた。
「あ…あり、が…と、う」
その消えゆく声は、スライムの最期の思い。
「たすけようと…してくれて」
感染スライムに、食われながらも、必死に感謝を伝える。
「ありが…とう」
「やさしい、ニンゲンさ…ん」
ただの人間に、ゆっくりと感謝しながら…
この世界から、一匹のスライムが消えた。
残ったのは、感染スライムの群れだけ。
救いを求められたのに…
また、助けられなかったのが、悔しくて。
無力な自分が、悔しくて。
アントスは、怒りに身を任せ、風のメイスを両手で握り絞めた。