104話・「みんな」が背中を押してくれた
世界を救う?
スケールの大きい話に、アントスは唖然とした。
それもそのはず。
自分はこれまで、底辺として生きてきたのだから。
誰からも、一度として「託された」事など、無かったのだから。
「ぼくが?世界、を?」
その言葉は遠すぎて、実感すら沸いてこない。
それでも…
お父さん!は、ヒーローだ!
かつての、息子の笑顔が…
僕と母さんの、ヒーローなんだ!
今は亡き、息子の声が…
まるで豆粒のような、小さな勇気を、分け与えてくれた。
これまでなら、きっと。
自分は「底辺」だからと、断念していたはず。
だが、しかし…
マシュルク、深淵洞窟、と。
ここまでの死地を、アントスは、乗り越えてきたのだ。
ゆえに、ここまで来たのなら。
「自分だけ、逃げる」という選択肢が、どこにあろうか?
世界の為に戦うなど、そこまで壮大な事はできない。
それでも、たった一つの「とある思い」が。
アントスの中で、燃え上がっていた。
それは、自分のように。
家族を失ってしまう「痛み」を、たった一つでも減らすこと。
その痛みを、一つでも、この世界から取り除けるならば。
力の限り、絶望の未来と戦おう。
そう誓って、懐のメイスに触れたとき。
ボンヤリとした記憶の中で、エルフの剣士「リピス」が、微笑んでくれたような気がした。
彼女は、金髪の髪をなびかせ。
かつてのように、ニコリと笑ってくれた。
優しかったエルフの女剣士は…記憶の中でも、彼の味方だった。
息子、妻、リピス…みんなの思いを抱えながら、アントスは拳を握り絞める。
そして、このモブキャラ(アントス)は。
「うん」
強く返事をして、自ら役割を受け入れた。
そんな彼の選択に、レ二ズは、驚きの声をあげる。
「本気かよ?お前は、十分よくやった」
「ここで、バックレても、誰も攻めやしねぇ」
確かに、レ二ズの言う通り。
一般人のアントスが、これ以上、危険に踏み込む必要はない。
それでも、アントスの意思は変わらない。
「僕は、大切なモノを…失った」
だから、と強く言葉を続ける。
「もう誰にも、失って、欲しくないんだ」
そんな彼の意思を、レ二ズは、あっさりと否定する。
「そりゃ無理だな。『失わない』ヤツなんて、どこにもいねえ」
やれやれ、と首を振りながら、一匹のゴブリン(レ二ズ)は呆れている。
「だが、悪きゃねえ。おもしれぇじゃねえか」
思いが伝わったのか、レ二ズは捻くれながらも、彼の思いに頷いた。
「そんじゃ、ま。モブキャラ(一般人)さんよ。作戦会議といこうや」