9話・走れ!リオス…
今のリオスに武器はない。
かと言って、丸腰では無謀…
代わりのモノ(武器)を探し。
使えそうなのは…そこら辺の「椅子」だけで。
人が一人、座れるくらい、小さな椅子だった。
この小椅子なら…
持ち上げて、振り回すことができる。
到底、武器とは呼べないが。
手ぶらで逃げるよりも、遥かにマシな筈だ。
椅子を片手に、扉の前に立つ。
化物たちの唸り声が、外から漏れて来る。
背筋に寒気が走り、手が汗でグッショリ…
慎重に、ゆっくりと…扉を押してみる。
無音のまま、扉が動き出し。
扉の僅かな隙間から、外の様子を伺ってみた。
幸いにも、兵舎の周りに「感染者」の姿はなく。
この隙をみて、腹をくくるリオス…
「いくぞ、焦らず。ゆっくり」
絞るように呟いて、静かに、静かに…
リオスは、兵舎の外(地獄)へ踏み込んでゆく。
夕暮れの明りが、地をオレンジに染め上げる。
ヌメリとした風が、彼の頬を撫でてきて…
見渡す限り、人の死体が散乱していた。
どこを見ても、仲間の死骸ばかり…
右も左も…狂気の風景に包囲されている。
しかも、あらゆる所にて「緑の液体」が散乱しており。
仲間の死体と同等に。
この液体が、不気味でならなかった…
緑の液体を踏まないよう…集中しながら忍び足。
目指すのは「ドーム」。
ドームまでの距離は、そこまで遠くない。
ここから、駆け抜ければ、あっという間に着くはずだ。
しかし、軽率な行動は禁物。
奴ら(感染者)の動きは、狼の如く俊敏。
気づかれたら…すぐに囲まれてしまうだろう。
そうなれば、一貫の終わり。
しばらく歩くうちに、ドーム状の建物が見えてきた。
焦ることはない…もうすぐだ。
リオスは、心のなかで、深呼吸をする。
死体が起き上がり、唸り声(感染者)の数も増えている。
さっきまでいた「兵舎」は、あっという間に包囲され。
もし、逃げるのが遅かったら…
彼はきっと、助からなかっただろう。
少しでも「止まれば」死あるのみ。
しかし、こんな状況下において…
突然、片方の足が動かなくなった。
どうやら、リオスの左足が、何者かに掴まれているようだ。
「たすけて、くれェ!」
彼の足元にて「大きな叫び声」が助けを求める。
下を見ると、そこには男が一人…
助けを求め、リオスにしがみついていた。
体中から、大量の血を流し、もはや虫の息。
男の「大声」によって。
感染者たちの視線が、こちらにへと集結してくる。
感染者たちは、つぎの獲物を見つけ。
怒涛の勢いで襲撃してきた…
もう、モタついている暇などない。
リオスは、男を振り払うべく、必死に足を動かす。
だが…それでも。
男は、彼を離してくれなかった。
こうなったら、力尽くでも…
鋭い眼つきで男を睨み。
手にある椅子を、持ち上げてみせた。
「これは警告だ。すぐに離せ」
男を見下ろしながら…
リオスは、静かに冷酷に言い捨てる。
相手の方(男)は、助からないと自覚したのか?
絶望の表情で、哀れに泣き叫んだ。
「ああああああああああああああ!」
悲鳴という香りに、惹きつけられ。
押し寄せてくる、大量の感染者たち。
奴ら(感染者)の意識が、男に集中している隙に。
リオスは走った…振り返らず、ただ走った。
やがて、男の姿は、感染者に飲み込まれ。
その姿も、悲鳴すらも、聞こえなくなった。
夕暮れの地に、肉を貪る音だけが、淡々と流れていく。