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ハイスピード・アナリシス ~異世界で解析しまくる男。  作者: 愛野万之介
第六部 命と鎖と戦争
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第94話 60秒の命を。



俺は、一歩、足を踏み出す。


間違いない。

カンパニー軍は撤退し、無人と化したはずの場所に、誰かがいる。


荒野は、真っ直ぐに伸びる街道があるだけの、寂れた景色。

かなり遠くに、小さな人影が見える。

あれは、ハルカとキョッキ。


そして、ハルカは……死んで……いる!???



──ハルカ?

───ハルカ?


───死んで



頭の中が、真っ白く塗りつぶされ───





“どうしたにゃん?“





次の瞬間、走り出す。

脳も身体も、無機質になったように麻痺している。




──ハルカ?




空間が一瞬で縮まり、目の前にキョッキが立ちふさがる。



「漆黒! お前のせいで、ハルカは!」



キョッキの顔は、強ばり、青ざめ、しかし眼だけは血走っていた。


だか、そんなのは、どうでもいい。

キョッキの言葉は、耳に届かない。




「漆黒! お前を一人に出来ないと、助けなきゃと、ハルカはここで!!!」




視界が、滑らかな足運びと共に回転する。

キョッキの足を払い、腕を跳ね、最後に掌底。



キョッキの大きな背中に、俺の掌が食い込んでいるのが見えた。

コマ送りのように大の字でキョッキが吹き飛ぶ。


ハルカの身体が宙に浮かぶ。


何故、こんな事が出来るかなんて、それもどうでもいい。



激しく舞う砂ぼこり。

俺は空中のハルカを見上げ、我慢出来ず自ら跳ね上がり、しっかりと抱きとめる。



長い金色の髪が、俺の首に流れ落ちる。

着地して、ただ、硬い鎧に包まれたハルカを抱き締める。




──解析(アナリシス)



──ハルカは、俺の撤退命令を破った。



──そして、死んだ。




理由は、不明。

だが、とにかく鎖の命令に逆らい、その場に踏みとどまった。


その結果、契約違反となり、──死んだ。



──死んだ。


──死んだ。



──束縛の魔道具、鎖首輪(チェーンチョーカー)のせいで!




俺の腕の中で、眠ったような顔をしているハルカ。




──死んでいる。

──死んでいる。


──死んで……。



俺の口の端から、呻き声が漏れる。



だがそんなのも、どうでもいい。



ハルカを、そっと地面に下ろす。


横たわるハルカ。

俺は、眼球を最大に見開いて、そして情報収集(データコレクション)を、開始する。



ハルカは本当に死んでいるのか?




対光反射の消失、心音、呼吸音の確認、橈骨動脈、頸動脈の触診!




俺はハルカの銀の鎧を、素手で引きちぎる。



メキャミキィャン!!!



物凄い金属音と共に、俺は鎧であったスクラップを投げ捨てる。

そして直ぐ様、白い上下の下着だけになったハルカを見下ろし、素早く屈み込み、呼吸停止と心拍停止を確認する。





「ハルカを、辱しめているのか!!!」



声のした方を見る。


キョッキが、剣を構え、大地を割りながら近づいていた。


レベルナインの魔力風。

キョッキの足が一歩進む度に、地面に走る亀裂。



俺は、ハルカに目を戻すも、直ぐに立ち上がり、キョッキと向き合う。




「漆黒……。答えろ……」



恐ろしい憎しみの声が、俺に向けられる。



「なぜ! ハルカは死んだ! お前は、何をした!」



俺は、またハルカに目をやり、直ぐに答える。

自分の声が遠くで聞こえる気がする。




「魔法契約違反だ。ハルカは、俺の退却命令を無視した。工場長の命令は、契約により絶対だ」



「ふ、ざ、ける、な……。ならば、お前がハルカを殺したのか!!!」



俺は、素早くキョッキをどうするか解析(アナリシス)を開始する。



……結論(リゾルト)



俺は殺される。



交渉は無駄。

騙しも無駄。

はったりも無駄。

戦闘も無駄。

何をしても殺される。



だが、今はそんなのも、どうでもいい!!!



俺は腕時計を操作する。



「その腕輪……外して俺と、殺り合うか!??? いいだろう!!!」



キョッキの顔が醜く歪む。



勘違いするな。

俺は腕時計のタイマー機能で、一分をセットしてスタートさせる。



「人の脳は数分以内に蘇生すれば九割助かる。それ以上経過すれば、あっという間に蘇生は困難になる」



早口で呟いた俺の言葉に、意味が分からないという顔をするキョッキ。



「どれだけ時間が経っている? 恐らく残された時間は残り一分程度だろう。だから、俺を殺したいなら、一分後にしてくれ」



「一分? 蘇生? 何を言っているんだ?」




俺は首を振る。




「いや、もう蘇生出来る可能性は、残り55秒だ」



キョッキの顔が赤くなり、更に地面にめり込むような亀裂が走る。



「蘇生、だと? ハルカは死んだんだぞ? 蘇生魔法でも使えると? 冗談か? そんな魔法は聞いたことも……」



「あと、50秒。すまん、もうお前と長々話している時間はない」



俺は、横たわるハルカの傍に座り込む。

そして触診しながら情報収集(データコレクション)を再開する。


だが直ぐに気が付いてしまう。



──魔力だ。

身体中から魔力が抜け出ていく。



それは明確に、残酷な程に掌から伝わってくる。

急速に冷えて、固まって、溶けていくように!



俺は必死で、ハルカの全身をまさぐる。


以前に砂漠の洞窟で、ハルカの身体中を触診した事を思い出す。


だから、その差が──痛いほど分かった。

差異が、ありすぎた。


ハルカの身体は、まさに脱け殻のように、加速度を上げて変化している!



「漆黒! ハルカから、離れろ!!!」



“にゃん! ハルカが、なんで死んでるにゃん!“



いつの間にか、猫も追い付いてきたようだ。

だが、俺はそれを無視して言う。



「うるさい! 手伝え! 残り45秒! そ、そうだ、キョッキ、魔力封じの腕輪ないか! あれば、直ぐに出せ!」



顔を上げると、キョッキが目の前にいた。



「漆黒。お前、本気で一分で蘇生をしようと?」



“リョウスケ!? 何をしようとしてるにゃん!?“



俺は思わず叫ぶ。



「いいから! 早く! 答えろ! まだ、ハルカは死んでいない! 残り41秒! 腕輪持ってるなら寄越せって言ってんだろうがっ!!!」



キョッキは、正気に戻ったような顔で、そして慌てて首を振る。



「な、……ない」



ちっ!

持ってないのかよ!


俺はその返事と同時に、高速思考する。


とにかく、魔力だ!

この抜けていく魔力を止めなくては!

あの腕輪があれば、魔力を封じれたのに!


そ、そうだ!!!


俺は自分のローブを脱ぐと、それでハルカを包み込む。

このローブは、魔力風をカットする。

つまり、魔力を通さない絶縁体!!!



「ほ、本気で助けようとしているのか? ハルカは、い、生き返るのか?」



キョッキが、俺の横に回り込み、ローブを巻き付ける作業を手伝い始める。



「あと、35秒! 急げ!」



「なんだか分からないが、本気なんだな! ハルカは生き返るんだな!」



俺は頷きながら腕時計を見る。

ヤバい! 残り30秒!



「キョッキ! ハルカの頭の方へ行ってくれ! そして、気道を確保!」



俺はキョッキに人工呼吸をさせるつもりだ。

そして、俺は、胸骨圧迫(きょうこつあっぱく)、つまり心臓マッサージ!


これは元の世界の心肺蘇生法!


ここで、通用するかどうか分からない。

知識だけで実践なんかある筈がない!

だが、俺はハルカを助ける!



先ずは、とにかく、魔力だ!

魔力が必要だ!

俺にはないから、キョッキに頼むしかない。

ハルカの身体は、ローブを使って魔力漏れを出来る限り止めた。


そして、ハルカの魔力は、最も口から溢れ出る事も、俺は知っている!


そこが、最大のハルカの魔力出力場所ならば、口から、キョッキの強い魔力を流し込めば!



「残り28秒! いいか、ハルカの身体を、風船か袋だと考えろ! 口からお前の魔力を流し込むんだ! 強すぎても駄目だ! 袋を破らないように優しく!」



「な、なんだと!? ど、どう言うことだ!?」



ちっ!

こいつ!

マウストゥマウスを知らないのかよ!



「口づけしろ! ちゅうだよ! ちゅう! キスだよ! いいからとにかく、ハルカの口から、お前のありったけの息を送り込め!」



「く、口づけ!???」



キョッキが、俺を驚いた顔で見る。



「あと、20秒!!! 急げ! お前達、いつもちゅうちゅうしてるんだろが!!!」



俺は叫ぶ。

キョッキが、俺の言葉に何か言おうとしたが、勢いよくハルカに口づけする。



鋭く走る胸の痛み。

だが、そんなもの、どうでもいい!



「優しく息を吹き込むんだ! はい、1秒、離せ! はい! もう一度、1秒! よしっ! 離れろ!」



俺は素早くローブの中に手を突っ込み、ハルカの胸に手を乗せる。


よし!

魔力が入ってる!

魔力が、ちゃんと入ってる!



俺はそのまま肘を伸ばし、心臓へ刺激を開始する。

大体、5秒間に八回?

俺は持ちうる知識をフル稼働して、その通りに胸骨圧迫(きょうこつあっぱく)を行う。



ふん!

ふん!

ふん!



だが、ハルカの身体から、また魔力が弱まり始める。


駄目だ!

生き返る兆候は見られない!

残り10秒!



「キョッキ! また息を口から吹き込め! また1秒ずつ!」



今度は俺はハルカの身体に手を当てて、流れ込むキョッキの魔力を感じとる。

そして気が付く。


魔力が、肺と心臓の辺りで止まっている事に。


届いていない。

キョッキの魔力が、全身に行き渡っていない。



思わず俺は叫んでいた。




「ハルカァァ!」



動くはずも、反応するはずもないハルカを見下ろして、また俺は叫ぶ。



「聞こえてるんだろ! 頑張れ! 必ず助けるから! お前も頑張れ! ハルカァァ!!!」



俺はキョッキの口付けを止めさせて、また心臓マッサージを行う。



「ハルカ! 聞こえてるはずだ! 起きろ! 起きろ!!!」



俺の叫び声が、荒野に木霊する。



“リョウスケ……。ハルカは死んでるにゃ……。これに、何の意味があるにゃ……“



うるさい!

人は心臓が止まっても、細胞は生きている!

耳は聞こえてるって、医学的に根拠もあるんだ!



「ハルカ! 絶対に助ける! 絶対に助ける! お前はまだ、死んでいないだろうが! 絶対に助ける! 目を覚ませ!」



“リョウスケ。人は死んだら、甦ることは絶対にないにゃん……“



うるさい!!!

絶対に!!!



その時だった。





────ピッ。ピッ。ピッ。ピー。





その音に、俺は手を止める。




──俺の腕時計が、1分経過を知らせる音、だった。




俺はハルカの乱れた金の髪と、その白過ぎる顔を見つめる。


動かないハルカ。

もう、二度と動かない?

駄目、なのか?



俺はフラりと立ち上がると、キョッキを、思い切り突き飛ばす。



そして、ハルカの頭の横に屈み込む。



理屈は正しいはずだ。

知識も解析(アナリシス)も、絶対に、正しいはずだ。


魔力を入れて、心臓を刺激すれば……。

抜けていく魔力も、抑えたのに……。




「ハルカ。駄目だ。……死ぬな」




俺はハルカに口づけする。



冷たく、硬い唇。

顎を上げ、口をこじ開ける。

そこに、俺は、息を吹き込む。



頼む。

生き返るんだ。



──よく分からない。

ハルカが、死んだら、いなくなったら、何がどうなる?


分からない。

でも駄目だ。


死んだらダメなんだ。




──。



──。




「──かはっ!」




え?



何度目かの人工呼吸で、ハルカの身体が、びくりと跳ね上がった。



俺は、その様を、目を見開き、確認する。



ハルカは、黒いローブに包まれながら、四肢を震わす。



心肺蘇生法が、成功した!???



俺は、胸元から、治癒術が描かれたペーパーを取り出すと、ハルカの胸に貼ってやる。


淡いグリーンの光に包まれながら、ハルカの顔色に、血の気が戻り始める。


俺は、その姿を、呆然と眺める。




キョッキが、どしりと尻を落として呟く。



「ホ、ホ、ホントかよ……。い、生き返った……。ハルカが、生き返った!」



“う、嘘にゃん……。こんなことが、あるにゃんて……“




俺は、念の為に呼吸確認と心拍確認を終えると、キョッキの隣に、同じようにばったりと倒れる。



「ハルカ! ハルカ!」



横でデカイ声を出すキョッキに、俺はイラッとするが、まぁいい。



「ハルカが、生き返った!!!」



キョッキが起き上がり、ハルカに駆け寄り、抱き締める。




後は、意識が戻れば。

だが、もう大丈夫だろう。


俺は確信していた。

ハルカはちゃんと、目を覚ます。



短時間で蘇生出来た事もあるが、きっとハルカは自分の力で、生き返ったのだ。

言葉が、届いていたのだ。



今更、身体が震える。


はっ!

はっは!


とにかく、よ、良かったっ!!!



俺は、雲のない空を見上げながら、心の底からそう思った。




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