第76話 プロローグ① 1000年前
プロローグは、???&リョウスケ&ハルカで3部構成となります。
ここから先、仕事色が強めになりますが、今後もよろしくです!
すぐ目の前には、誰もが畏怖する黒い眼があった。
魔眼。
魂が吸い込まれるような漆黒の瞳。
「どうしたサクラ?」
私はハッとして慌てて答える。
「い、いえ! 何でもないでしゅ!」
工場長は漆黒の目を細めて微笑むと、私から顔を離して、また前を見た。
周囲には鎧姿の騎士達。
馬の嘶き、鎧の擦れる金属音、時折何処かで起こる鼓舞の声。
第9エリア遠征軍の熱気は、はち切れんばかり。
全員が、工場長と同じ方角を見ている。
目指していた敵地は、すぐそこだ。
左右に陣は広がり、三万を越える兵が士気を上げて号令を待っている。
私はその空気に飲まれ、ただ工場長の背を見つめたまま、立ち尽くしていた。
工場長の様子は、その中で、いや中心なのに、異様なくらいにいつも通りだった。
柔らかい雰囲気を身に纏い、ゆったりと戦局を眺める工場長の後ろで、私はただ立っているだけだ。
黒いローブの下に、鎧ひとつ身に付けていない。
ていうか、いつもと同じ服装なんだけど……。
大丈夫なの?
あの、いつも着てるお気に入りの真っ黒なローブって、魔道具でもないただの布ローブだよね?
これから、戦争なんだよね?
総大将だよね?
それに私、……本当にこんなところにいていいの?
私は一年前、腹をすかして道に倒れていたところを工場長に拾われた。
助けた理由は、特にないらしい。
意味もなく、孤児の私は助けられたという事だ。
私は工場長と何の関係もないはず、だ。
でも、分かんない。
なんで、この人は、その後も子供の私をそばに置いておくの?
まるで、秘書か親しい部下か、……家族のように。
でも、私は、いえ、ここにいる全ての人達が、工場長を絶対的に信じている。
シルバーグレイの髪をオールバックにし、黒き魔眼を静かに光らせ、遠くの敵地を見つめるこの人を。
敵は、私達の国の輸送隊を何度も襲撃していた盗賊……を操っていたセイロン国。
誰もが盗賊の仕業だと思っていたのに、それを見破ったのは、工場長の魔眼。
その後何度も和睦を得るために、セイロン国へ使者を送ったが全て無駄に終わり、逆に襲撃被害は増加した。
和睦という生ぬるい手段を取ろうとする工場長に、皆、不思議だったのだが、とうとう工場長は兵を集めて立ち上がった。
その本国たる首都が、敵勢が、数キロ先に広がっている。
でも、私達より、どう見ても数が多くない?
もっと、兵を集めてくるべきだったのでは?
「見ていろ。サクラ。そろそろだ」
工場長が呟く。
その魔眼は、全てを見通し、そして操る。
おおおおおおおおっ!
周囲で沸き上がる歓声。
敵地から、次々に紫色の狼煙が細く立ち登るのが見えたのだ。
工場長の言った通り、セイロン国の将軍の殆どが、マジック・カンパニーに寝返った!
私は、思わず口を押さえる。
すごいっ!
分かってたけど、やっぱりこの人、凄い!
「さて。この混乱に乗じてトドメの突撃といきたいところだが、シャドウが遅いな」
工場長が、また振り返って私を見る。
魔眼を柔らかく細めて。
まるで、家族を見るような眼。
私は、慌てて答える。
「シャ、シャドウ工場次長様ですか? まだ戻らないのでしゅか?」
その瞬間、私と工場長の間に、光が広がる。
シャドウ様!?
「お待たせ、マスター。指示通り、確認してきたわ」
何もないところから、湧くように現れるシャドウ様。
いつも工場長と行動を共にする工場次長だ。
この人、本当に人間なの?
ちょっと変人だし、人の体に入れるとか聞いたけど、魔法にそんなのあるの?
工場長が頷き、シャドウ様の報告が始まる。
私はその様子を少し離れて見守る。
綺麗だ。
同じ女性として、憧れを覚える。
シャドウ様の周囲に漂う紫色の胞子みたいな光。
髪も、睫毛も、唇も、切れ長の眸も、爪先も、シャドウ様は青紫色に染まっている。
半分魔石で出来てるんじゃないのって位に、人間離れした綺麗な人。
工場長と、……お似合いの夫婦みたいだ。
仕事してるとこ、見たことないけど。
そして、戦いの火蓋がきって落とされる。
結果の見えた、分かりきった戦いが。
工場長は、いつもそうだ。
何もかも、運命すらこの人は魔眼でねじ曲げ、思い通りに変えてしまう。
この戦争も、ただ当たり前に私達の勝利で終わるのだ。
始まる前から。
これから先も、その先も。
工場長の魔眼が、何もかも、決めてしまうのだ。
───。
───。
───この記憶は、赤星暦何年何月だったろう?
「サクラ。お前にお願いがある」
ある日の事だった。
それはなんの変哲もない日だったから、私は、それがいつだったか、忘れてしまっていた。
場所も、覚えていない。
いつも二人で散歩していた森の中だったか、夕食後の何でもない時間だったかもしれない。
本当に何でもない日に、工場長が私にある頼み事をした。
「もし、私の息子がサクラの前に来たら…………。頼めるだろうか?」
「え?」
息子さん?
私が?
そんな力、私にはないと思うけど?
「前から話していただろう? 私の息子だ」
私は、頷く。
工場長の故郷は遠い遠い国と聞く。
そこに息子さんが一人いるのは、工場長から時々聞いていた。
「とても頭のいい息子さんでしゅね?」
工場長が破顔する。
息子さんが本当に好きなのだ。
時々、私にだけ、色々と昔の話をしてくれる。
シャドウ様も知らない、工場長の故郷の話。
だから、私は、勝手に二人だけの秘密ってことにしている。
意味不明な言葉が多いから、相槌しか打てないんだけど。
「私に、息子さんだって分かりましゅか?」
工場長が、また笑う。
「分かる。分かるとも! なにせ、私の息子は、特別なんだ」
「特別? 特殊能力持ちでしゅか?」
珍しく大きな声で腹を抱える工場長に、私は赤面する。
な、なにか私は変な事を言っただろうか???
「いや、まぁ、そんなところだ。とにかく、特別だからすぐに分かる」
はぁ。
私は、頷く。
「それで、私の前に現れるのはいつ頃でしゅ?」
「まだなんとも……。いつになるやら。色々と異世界召還は、条件が厳しい」
「イセカイショーカン?」
まただ。
時々、工場長は私の知らない言葉を使う。
「時空間の影響で、100年先か、1000年先かもしれん。そもそも失敗する可能性も、ある」
私は、それを聞いて驚いてしまう。
工場長が、失敗する?
魔眼を持つ英雄が?
既に工場長の話の内容は、私の理解を越えていたから、ただ首を捻る事しか出来ない。
「工場長は、失敗しないでしゅ!」
工場長は、何も言わずに苦笑いを浮かべる。
「まぁ、おそらくは、息子は腕に黒い腕輪をつけている。……私の愛着していた腕時計をトリガーにし……それを身につけた時に……」
意味が分からない。
工場長のお願いは、私には理解できない。
この話も、どこまで冗談なのか本気なのかも。
それに、そんな頼み事、私には大任過ぎる。
でも、私はとりあえずはいつものように、分からないまま相槌を打っておけばいい。
そうすると、工場長は、私にだけの特別な笑顔をくれる。
「腕時計に色々と仕込んでおかないと……」
まだ何か独り言をしている工場長に、私は元気よく答える。
「はい、分かりましゅた。とりあえず、息子さんがきたら、工場長のお願い通りにしましゅ!」
意味が分からないけど、そんな力は私にあるはずないけど、まぁ、いいや。
工場長は、私の桃色の髪を優しく撫でて、満足げに頷く。
首元の銀のチョーカーが揺れる。
そして、特別な笑顔を見せてくれる。
微笑みを浮かべ、それから魔眼を細めて、私を見つめてくれるのだ。
──まるで、家族のように。
「ああ。よろしく頼む!」




