第47話 ハルカと新たな仲間。その1
( 任務二日目 )
“違うにゃん! 全然違うにゃん! 吾輩から見限ったにゃん! 分かったにゃん!? “
怒ったように、まくし立てる声が、頭で響く。
私の何気ない一言が、猫殿には気に入らなかったらしい。
だが、猫殿。
目が覚めたら1人だったというわけだろう?
リョウスケ殿は既に出国しているのだし。
それって、置いてかれちゃったとしか……。
“違うにゃん! 置いてかれたわけじゃないにゃん。最初からあんな男はどうでもいいにゃん。これからは吾輩、自由にやるにゃん“
昨夜から延々とこうして頭の中で響く声。
以心伝心という魔法らしいが、姿が見えないから騙されているような気がしてならない。
すでに滅びた種族の名前を名乗っているのも、私と面識があると言っているのも、胡散臭い。
だって、こんなに、にゃんにゃん言うような人に、過去に会っていれば、忘れるわけがない!
猫殿は、結局、リョウスケ殿とどういうご関係なのだ?
“契約してるにゃん!“
リョウスケ殿と契約!?
どんな契約だ?
“命も魔力もいらないから、力を与えるって感じにゃん?”
え?
そ、それ、契約なの?
意味が分からない。
なんか違う気が……。
無条件に協力してるだけなような……。
私は頭を押さえてため息を吐き出す。
ずっとこうだ。
聞けば何でも答えてくれるが、その答えはこんな風に、理解できない事ばかり。
しかし、猫殿は何処にいるのだ?
離れた場所から、魔法で私に話しかけているのか?
“ここにいるにゃん! 本当に見えないにゃん?“
そ、そばにいるのか?
私は、周囲を見回しながら、同時に雷察を使ってみる。
だが、やはり、無反応。
……やっぱり、騙されている気がする。
“吾輩は透明になったにゃん? ……でも、見えない方がいいにゃん。吾輩はもう可愛くないみたいにゃん。醜くなった吾輩は、ひっそりと生きていくにゃん……“
透明になった?
可愛くない?
なんか、段々、声が泣きそうになってるけど?
"たくさん食べすぎたにゃん……"
……やっぱり、謎、だ。
何を言っているのかさっぱりだが、それでも嘘はついていない気もするし……。
分からない……。
疲れたぁ……。
はぁ……。
「副団長! 準備出来たッキ!」
顔を上げると、部下達が集まって私を見ている。
「ハルカ副団長、ペーパーも髪の毛も五回分しかありません。方角だけしか分からぬ簡単な探索魔法陣ですので、失敗するわけにはいきません」
サンがずっと動かない私にしびれを切らしている。
私は立ち上がる。
「わ、分かった! すぐに行く!」
我々が、カンパニーを出国したのはつい先程。
そして今、街道を外れた空き地にいる。
夜中、馬を走らせ続けてターミナルゲートを出た我々は、ここで小休憩をとりつつ、サンの切り札をとうとう使おうとしているのだ。
我々は、ペーパーを中央に置いて円陣を組む。
だが、サンの策は……この声の主の言う通りならば……。
いや!
私は頭を大きく振る。
寝不足と緊張で、幻聴が起きているのかもしれない。
とにかく、任務を遂行しなくては。
「よし! サン、やってくれ!」
サンが少し心配そうな目を私に向けた後、地面に置いたペーパーの上に、髪の毛をのせる。
描かれた魔方陣が、ゆっくりと白く発光する。
魔方陣からゆらゆらと光の煙が立ち昇り、髪の毛の主の、方角を示す。
「この方角は……」
「……ウキッ? これは?」
我々は、魔方陣の指し示す方を見る。
「あっちはカンパニーッキ!」
「カンパニーに、漆黒がまだいるって事ッキ!? 戻ったッキ!?」
「じゃぁ戻る!? ウッキー!?」
私はサンを見る。
サンはじっと我々が進んできた道へ、顔を向けて思案している。
“だからムリって言ったにゃん?“
声がまた、頭の中で響く。
……やはり、幻聴ではない、という事か。
私は、屈みこむと、既に光の失せたペーパーから、黒い髪の毛を手に取る。
「サン。残念ながら、この策は失敗だ……」
サンが、怪訝な目で私を見る。
私は、猫殿から聞いた話を、念のため確認する事にする。
もし、その話が本当ならぱ、こうすれば……。
ゴシゴシと、黒く長い髪の毛を、強く指で擦る。
「な、何をしているのですか?」
覗き込んできたサンが、硬直して言葉を失う。
私の指が黒く汚れて、代わりに髪は、赤みを帯びた色へと変わっていた。
私は、サンへ髪の毛を渡して説明してやる。
「この髪の毛は、別人の物だな。墨を塗って黒くしたようだ」
「墨で? な、なんですと!?」
……声の主の言った通り、か。
色が変わった髪の毛は、リンクス三兄弟の手に移り、また騒ぎが始まる。
「黒く塗ってあるッキ!」
「他のもそうみたいッキ!」
「何だ? ウッキー?」
私は、それを無視して心の中で猫殿に呼び掛ける。
どうやら、貴殿の言った通りのようだな。
“だから言ったにゃん!“
誇らしげな猫殿の声。
やはり猫殿は、幻聴でもなく、嘘つきでもないようだ。
しかし、考えられない。
出ていく部屋に、こんな仕掛けをした髪の毛を残していくなんて。
猫殿がそれを言い当てたという事は、本当にリョウスケ殿は、それをしたのだ。
どうして、リョウスケ殿はこんな事をしたのだろうか?
“ハルカも知ってるにゃん? リョウスケはそういう奴にゃん“
え?
そういう奴?
“頭が良すぎるにゃん。意味もなく、そういうイタズラまでする奴にゃん。鼻唄を歌いながら、引っ掛かる奴がいればいいなーとかいってたにゃん。我輩、意味が分からなかったにゃんが、やっと分かったにゃん“
本当か!?
思わず耳を、いや頭の中の声を疑う。
リョウスケ殿は、そういう奴? なのか?
ふいに、胸が震える。
漆黒のレベルナイン……。
英雄の器と評される彼。
だが……。
……し、失礼だが、猫殿はリョウスケ殿をどういう奴だと思っているのだ?
“急になんにゃん? リョウスケはリョウスケにゃん。すごくわがままにゃん!“
わがまま……。
……私は、魔剣が欲しくて、だだっ子みたいな事ばかり言っていた彼の姿を思い出す。
確かに、彼はわがままだ。
“それから、人使いが荒いにゃん! 口が悪いにゃん! 強引にゃん! 勝手にゃん!“
徐々に熱くなる声に、私は眉をしかめるも、つい自然に口元がほころんでいく。
ついにクスリと笑ってしまい、慌てて私は、部下から距離を取る。
1人でこのタイミングで笑っていたら、正気を疑われてしまう。
サンも何やら腕を組んでいるし、リンクス三兄弟も髪の毛で騒ぎっぱなしだ。
しばらく離れて、考え事をしている風を装うか。
それにしても、わがまま、口が悪い、強引、か!
猫殿とリョウスケ殿との関係がハッキリしないが、どんな付き合いをしていたのかよく分かる。
そしてそれは、私の知る彼、そう、リョウスケ殿らしいと思える!
“でも、吾輩に言わせれば、リョウスケは子供にゃん? 弱いくせに優しすぎにゃん“
子供?
弱い?
優しすぎ?
私は思わず吹き出す。
猫殿は、面白い!
ずっと意味不明な話ばかり聞かされてきたが、それは猫殿の強がりも多分にあるようだ。
置いてかれちゃった猫殿の方が、子供みたいに私には思えるが!
“だから、違うにゃん! 吾輩が見限ったにゃん!“
……しまった。
……心を読まれるのは不便、だな。
私はその場で頭を下げる。
猫殿! すまない!
“べ、別にいいにゃん。いちいち謝らなくても“
だが、リョウスケ殿が優しいというのは、同感だ。
猫殿も私と一緒なのだ。
彼の事を……。
“何が一緒にゃん?“
べべべべべべべべべつに、なんでもないわ!
何でもないんだから!
“急に女の子みたいな言葉にゃん“
私は女だ!
それより、猫殿!
“にゃん?“
私と共に来てくれないか!
リョウスケ殿を探す旅だ!
“にゃ!?“
私は、この声の主、猫殿を信じることに決めた。
猫殿は、嘘はついていない。
それに、本当のリョウスケ殿を知っている。
私には分かる、分かるのだ!
私の心は、久しぶりに軽い。
早く、彼に会いたいと、そう思った。




