喫茶店への道
1
家を出て、玄関のトビラにカギを掛ける。
キーを引き抜くと同時に携帯電話が鳴った。
画面には、見覚えのない番号が表示されている。
通話状態にすると、
「コーヒーにミルクをいれますか」
第一声がそれだった。
少しだけ待ってみたが、それ以上は何も言ってはこない。
「……結構です」
それだけを言って、ボクは電話を切った。
途端に、再び携帯電話が鳴りだす。画面には同じ番号が表示されている。
電話に出ることもなく、ボクはその番号を着信拒否にした。
2
駅のホームでベンチに座り、電車を待っている。
十数分の待ち時間を潰すため、ボクは読みかけの本を開いた。
本に目を落としているボクのうつむきがちの視界の中に、白い物体がヒョコヒョコとはいって来る。
ハトだ。
クルックークルックーと鳴きながら、真っ白なハトはボクの足元にやってくる。
「コーヒーにミルクをいれますかぁ、コーヒーにミルクをいれますかぁ」
尻上がり気味な言葉で、ハトが流暢に話しかけてきた。
「……いらないよ」
ボクが優しく答えてやると、ハトはしばらくは黙っていたものの、すぐにまた同じ質問を繰り返し始めた。
背負っていたボディーバッグを開き、ボクは食べかけだった海外の『激辛スナック』を取り出した。
『激辛スナック』とは言うが、辛く痛く不味いと評判のチップスだ。
それを数枚、適当に砕いてハトの前に投げつけた。
ハトはなんの警戒もせずについばんだ。
何度も頭を下げて何事もなく食べつづけていたが、突然、ハトはカラダを震わせ始めた。
千鳥足になり、ホームをウロウロとし始める。
飛ぼうとするもうまく飛べず、ハトは線路に落ちてしまった。
そこへ、列車が来るという放送が流れ、まもなくホームに列車がはいって来た。
ボクは、本を読みながらゆっくりと電車に乗り込む。
3
歩道橋を歩いていると、真ん中あたりで目の前に男が立ちふさがる。
「コーヒーにミルクをいれますか」
黒い帽子をかぶり、黒いロングのトレンチコートを身に着け、黒いブーツを履いている。
顔を、目深な帽子と立てたエリで隠しているため、クチモトしか見ることはできない。
軽く一瞥して、一歩横に移動してそのワキを通り抜けてゆく。
歩道橋の階段を降りきったところにも男が居た。
先程男が居た歩道橋の真ん中を見上げると、そこにも男が居た。微動だにしていない。
「コーヒーにミ――」
ボクは言葉に一切耳を貸さず、男の帽子をめくり上げた。
途端に、糸が切れるようにコートは地面に落ち、目の前の男の姿は消えた。
歩道橋の真ん中の男もいつのまにか居なくなっていた。
ボクは残された帽子を深くかぶり、その場を去る。
4
市街地にある雑居ビルの一階――
そこには、ボクの行きつけの喫茶店があった。
ガラス越しに見る店内にお客さんの姿はない。
ボクが店にはいると、カランコロンとトビラに付いたベルが鳴った。
その音で、カウンターの向こうの、その下から店長の女性が顔を出す。
はいって来たのがボクだとわかると、
「……いらっしゃい」
おざなりな挨拶をして、再びカウンターの下に潜り込んでしまう。
気にせず、カウンター席に腰掛けて店長の作業が終わるのを待った。
五分ほど経ち、ようやく店長が立ち上がってきた。
「コーヒーよね」
店長が豆を挽く準備を始める。
「いや、きょうはココアがいいかな」
言いながらボクはかぶっていた帽子を店長に差し出した。
それを受け取ると、店長は、『仕方ない』と言わんばかりに大きくため息をついた。
「じゃあ、カフェモカね」
「純ココアで」
店長がボクに疑いと驚きの眼差しで見てくるが、おどけた仕草を返してみせた。
もう一度店長は大きなため息をつき、
「あなたはやっぱりそういうところがあるわよね」
店長はコーヒー豆を挽き始める。




