その捌
少女の瞳は、真新しいモノを見ているかのように純粋で、清潔だった。
短い人生の内に、食べたか食べていないかもわからぬモノを、少女は手にしていた。
「これ…魚の干物?」
「……。」
侘丸は首を縦に振った。
「…くれるの?」
「……。」
侘丸は、やはり首を縦に、強く、振った。
美雪は珠のような瞳で、彼の挙動を見つめた。
そして刹那、彼女は喜びに満ちた叫び声を上げた。
「ぃやったぁあ!英雄さんありがとう!」
無垢な少女は、ドタドタと足音を立て、姉の下へと走った。
「お姉ちゃん、英雄さんから干物貰った!」
「おぉ、良かったな美雪。」
夏樹は姉の顔で、美雪の頭を撫でた。
「じゃあそれは、夕飯に食うとするか。」
「うん!今日はごちそうだね!」
二人の姿は、侘丸が思い描いていたモノであった。
感傷に浸りながら思い描いた、彼女たちの姿そのモノであった。
「あぁ、そうだな。」
夏樹はそのままの顔で、しかし個人的な気持ちも交えた顔で、侘丸の方を向いた。
「礼のつもりかい?別にいいのに、さ。……ありがとな。」
侘丸は頭巾を取り、一礼をした。
侘丸がしたかったこと。
侘丸がしたかった、礼。
それは今、夏樹の感謝言葉によって完結された。
故に侘丸は踵を返し、主の下へと帰ろうとした。
……が、そんな彼を、少女が引き止める
「英雄さんはいつまでここにいてくれるの?」
いつまで?
侘丸にはその言葉の意味がわからなかった。
二人のことが頭にこびりついていたとはいえ、長居するつもりはなかったからだ。
いて『くれる』という言葉も、彼には引っかかった。
何故『いるの?』ではなくて、『いてくれるの?』なのか。
侘丸は考えながら、足を止めた。
「……。」
ここに、いたい。
やっぱり、
あと少しだけ、
ここに、いたい。
侘丸はそう思った。
だが、その気持ちを、言葉として発する術を、彼は知らない。
彼には、できない。
「……。」
彼は夏樹に倣い、無言で美雪の頭を撫でた。
「わ…。」
わしゃわしゃと鳴る音は、彼が無駄に力を入れていることを表していた。
「……えへへ。」
少女は頬を赤らめ、
「あ、あ、朝ご飯ができるまで、外で遊んでくる!」
アジを持ったまま、家を跳び出した。
「……?」
「照れてんだよ。男に触られることなんて、滅多にないんだから。……一人で遊ぶ場所なんて、限られてるのに、さ。」
侘丸は首を傾げた。
「けど、まぁ…。」
夏樹は改まった表情をしてみせた。
「ホントに、無事で良かったよ。」
夏樹は侘丸との距離を縮める。
「戻ってくるなんて普通思わないからね。アタシゃ、アンタの体だけが気がかりだったよ。」
夏樹は、侘丸との距離を、縮める。
「……けどやっぱり、さっきの美雪の姿を見ていると、思うんだよ。アンタがいる時の方が、美雪は楽しそうだ。」
彼女の顔は、美雪の姉の顔だった。
「美雪が楽しそうにしてると、思うんだよ。……ここにいてくれないか?」
『ここにいてもいい』ではなく、『ここにいて欲しい』と言う夏樹。
意味がわからない侘丸。
「……。」
「……つっても、アンタに何か『ワケ』があるのも知ってるけどさ。現にここ数日姿を見せなかったわけだし。だからまぁ、それが無理なのも知ってる。要は何を言いたいかと言うと、」
夏樹は侘丸の肩に手を置いた。
「たまには顔出してくれよ。」
夏樹は妹のことを思い、侘丸にそう告げた。
侘丸がいれば美雪は笑顔になる。
かつて、『ここにいてもいい』といったのは侘丸に対しての礼だった。
だが、今、夏樹は侘丸に頼んだ。
『ここにいて欲しい』と、頼んだ。
侘丸はその言葉の意味を考える。
「……。」
次の日の朝。
侘丸は姿を消した。
夏樹と美雪に見送られながら、
二人に手を振りながら、
侘丸は、主の下へと姿を消した。
たまに、顔を出そう。
侘丸は思った。




