その陸
侘丸が自室に戻ってから少し後に、料理は運ばれてきた。
普段なら刺身だの獣の肉などが運ばれてくるのだが、この時ばかりは琴弾が言っていた通りにわけが違った。
「……。」
盆の上には、皿にのった三枚のアジの開きがあった。
質もそうだが、量も少ない。
青年である侘丸が、こんなもので腹が満たされるなど誰が思うだろうか。
だが、それとは別に、侘丸には気になっていることがあった。
ここに戻ってくる途中も、戻ってからも。
そして今も彼の中で気がかりになっているのは、あの姉妹のことであった。
「……。」
別に僕は食に興味がある方ではない。
豪勢なモノを用意されても、別段嬉しいとは思わない。
だけど、今、目の前にあるモノが毎回出されたら、多少の不満を覚えるだろう。
『貧しい食事だ』、と。
でも…見てしまった。
本当の貧しさというモノを、あの村で見てしまった。
あの姉妹は草を食べていた。
得体の知れない、ただの「草」を。
琴弾様は僕に「許せ」と仰った。
質の良い飯ではないから、「許せ」と仰った。
けど…だけど。
あの二人は…草を食べていたんだ。
きっと近くの川で魚は獲れないのだろう。
それか、先日の盗賊が根こそぎ喰らってしまったのか?
いや、しかし、何にしても、だ。
あの二人に……美雪と夏樹に。
「質の悪い食事だ」と言って、このアジを渡したらどう思うだろうか?
「そんなことはない」「豪華だ」と言うだろうか。
………。
何を考えているのだろうか。
ただの暗殺者が、何を考えているのだろうか。
感傷に浸るなど、馬鹿馬鹿しい。
……しかし。
……。
わからない。
美雪と夏樹の姿が、頭から離れない。
家族の姿が、頭にこびりついている。
僕は二人に何をした?
貧しい中、僕を助けてくれた二人に何をしてあげた?
……結局何もしてあげれてないじゃないか。
自分の使命を忘れずに、主の下に戻った自分が暗殺者としての自分ならば。
二人にちゃんと何かお礼をするのが、「僕」じゃないのか…?
頭巾を取り、一人の男として、礼をするのが、本当の「僕」じゃないのか??
……駄目だ、わからない
でも、だけど。
いくら考えないようにしても、離れないんだ。
…それは僕が家族を知らないから?
だから捨てられたのに家族を知ってる二人のことが気になっているのか?
それともただ単に礼をしたいだけ?
……他の人間のことを気にしないのが、暗殺者としての使命じゃないのか?
僕は、何を考えている?
僕は、「僕」自身は、
何をしたい?
「……。」
侘丸は、アジを一枚だけしか食べなかった。
その日の晩のことである。
侘丸は姿を消した。