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侘丸春夏冬中  作者: 明るいあかり@ユリ
5/8

その伍

幾日も主の下を離れていた侘丸であったが、主はそんな彼を責めようとはしなかった。

むしろ、彼の姿を見て、安堵の表情を浮かべていた。

「お前が無事で何よりだ、侘丸。」

「……。」

そこは静寂な環境に建てられた、城の中だった。

侘丸、彼の主である大羽、そして大羽の側近である琴弾が今いるこの部屋はただただ広く、ただただ落ち着いていた。

沈黙を尊ぶ大羽らしいと言えばそれまでだが、静かなのは彼だけではなかった。

「珍しいな。どうしてこんなにも帰りが遅れた?」

「……。」

琴弾の口調は冷静さに満ちていた。

別に、彼は何も喋らない侘丸を糾弾しているわけではない。

「大羽様はずっと心配しておられたのだぞ?」

彼は主のことを思い、発言していた。

侘丸は琴弾の性格は知っている。

長年、大羽に仕えているから知っている。

故に琴弾の心中を察することは簡単だった。

だが、それでも、侘丸は口を開こうとしなかった。

いや、できなかった。

彼の主に跪いたその格好だけが、琴弾にとっての判断材料となった。

「……。」

「…まぁ、お前が言葉を喋れないのは知っている。何かやむをえない事情があったのだろう。」

琴弾は軽く息を吐くと、包みを侘丸に渡した。

「今回の報酬だ。とっておけ。」

侘丸は頭を垂れ、それを受け取った。

「あと、食事も用意してある。……本当はいつものように、お前を労って質のいいモノを用意していたのだが…。何分、帰りが遅いので家来たちに全て食べさせてしまった。腐ってもいけないしな。だからあまり良いモノではないが……許せ。」

「……。」

「後でお前の部屋に用意させる。下がっていいぞ。…次は大羽様の御心を乱すなよ。」

琴弾が言い終わると同時に、侘丸は煙のように一瞬にして姿を消した。

「…暗殺者というより、これではただの忍よのう。」

そんな奇妙で不気味な侘丸に怯えることなく、大羽は扇子を、余裕綽々と仰いだ。

「しかし、何もモノを言わぬのは、少々不便です。最近になってようやく意思が交換できるようになってきましたが。」

「そう言うな。あいつの生まれは知っておるだろう。」

かつて、あの川で。

赤子だった侘丸が捨てられていたあの川で、大羽は侘丸を拾った。

大羽がその胸に侘丸を抱いた時から、侘丸の声を聞いた者は誰もいない。

「…失礼しました。捨てられたことによる精神的な病、と皆も噂しております。」

身寄りのない子どもを、拾う。

大羽は一国の主だ。

その行為は酔狂とも解釈できるし、彼の大器ぶりを表している行為だとも言えよう。

「……琴弾よ。」

だが、主はモノを言わず、親を、家族を知らない侘丸を、

「わたしを笑うか?」

人殺しにした。

「あいつはこんな風に育てたわたしを。」

殺ししか生きる術を知らない、光を浴びることを許されないような、人殺しにした。

「わたしを罵るか?」

しかし、大羽にも正義があった。

彼は彼なりに、考えていた。

「偽善者ぶり、依頼された悪人を、あいつに殺めさせるわたしを。」

侘丸は、善人は殺さない。

大羽もまた、悪人しか殺させない。

『悪い奴に虐げられている弱者を、裏の正義が守る』

それが主である、大羽の思いであった。

今回の盗賊も、結果として美雪の村を助けることになった。

それも『正義』の賜物と言えよう。

だが、裏の仕事である以上、報酬はそれなりに貰う。

だから、彼は、自分のことをよく知る男に問う。

「琴弾。わたしを嘲るか?」

「……。」

侘丸の真似をして、琴弾は黙っているのではない。

ましてや、回答に困り、口を閉じているのではない。

琴弾は、呆れたのだ。

「…何を今更。」

琴弾にとって、主を蔑ろにすることなど。

琴弾にとって、主をコケにするなど。

万に一つも、ない。

「私は貴方様を笑いませんし、罵りませんし、嘲りません。貴方様に対する忠義は、例えようもないくらいに、大きなモノです。」

「ふ、この部屋よりもか?」

「はい。」

琴弾は当然のように、真っ直ぐな目で、それに答えた。

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