その参
倒れたままの男の死体を見やりながら、自分は何て愚かなのだろう、と侘丸は心の中で嘆いた。
盗賊たちを殺ろうとしたのは、もっと山の方だったハズ。
それが一人逃した所為で、こんな村の近くまで来ていたとは…!
しかも脇差まで取られて…、そうだ、脇差は!?
「探し物はこれかい、英雄さん。」
辺りを見渡す侘丸に対し、
「ほら。」
得物を投げて寄こしてきたのは、少女とは別の女だった。
年は自分より少し幼い、十七、八くらいか?、と侘丸は脇差を受け取りながら思った。
背負っているカゴは、少し軽そうに見えた。
「……。」
「これでこいつらをやっつけてくれたんだね、英雄さん!」
少女は死体を指差し、血が乾燥してこびりついている脇差を水晶玉のような瞳で見つめた。
その姿に、侘丸は怪訝な顔をせざるを得なかった。
英雄?
「こいつ……と、こいつの仲間たち、最近よくこの村で悪さしててね。暴れるわ叫ぶわ飲むわ歌うわ。小さな村だから舐められたんだろうね、きっと。」
「お兄さんはこの村を救おうと思ってくれたんだよね?」
女の説明で、男は合点がいった
それであのように光った目で僕を見てくる者がいたのか。
「覚えてる?」
少女がここに侘丸を連れてきた理由はそこにあった。
今の彼が、意識が不安定でないかを心配しての、行為であった。
恐らく自分がモノを言わない、言えないからそうしたのだろう。
侘丸はそんな少女の問いに、頷きで返した。
「覚えてるんだね!?いひー!」
ぴょん、と跳ねる少女。
「美雪、もう帰るよ。飯にしよう。」
「うん、お姉ちゃん!」
この女はこの子の姉か。
手を繋ぐ二人。
侘丸には家族がいない。
だがこの時、二人を見て侘丸は羨ましいとは思わなかった。
何故ならそんなモノ、知らないのだから。
「アンタもだよ、英雄さん。」
「……?」
「行く当てないんだろ?…ってかまず全快じゃないか。どのみち、英雄を蔑ろにしたら罰が当たっちまう。来な。」
歩き出した二人に侘丸は着いて行った。
ここで跳躍の一つでもして逃げ、主のとこまで己が足で走ることくらい、侘丸にはできた。
だがそれをしなかったのは、それこそ罰が当たると思ったからだ。
美雪に対して、バツが悪いと思ったからだ。
美雪は自分のことを英雄だと考えている。
英雄が家にいる、ということは美雪にとって心の財産となることだろう。
介抱してくれた手前もある。
自分が家にいた方が、今の美雪には礼になるのではないだろうか。
侘丸はそう考えた。
そんな侘丸と姉妹を、再び村人たちはじっと見つめた。
先程とは違い、彼らは同じ場所に、端の方に集まっていた。
それは俗に言う、井戸端会議に近かった。
「あれかい、例の男は?」
「英雄だ、英雄だ。」
「だけど何だあの格好は?まるで殺し屋じゃないか。」
「まぁいいじゃないか、助けてもらったわけだし。」
「でも不気味すぎるだろ。普通こんな、あるかないかもわからないような村助けるか?」
「それもそうだ。」
「けど顔はいいわね。」
「顔は関係ないだろ。」
「まぁいいんじゃない?結果的には英雄さ。」
「いや、あれは英雄じゃない、本当はきっとこの村も襲おうとしてたんだ、そうに違いない。」
英雄だ、違う、英雄だ、違う、英雄だ、違う。
その声たちは、耳をそばだてなくても侘丸たちに聞こえていた。
そしてそれは女を苛立たせた。
「あぁああもう、うるせぇな!」
美雪はその怒号に、思わず繋いでいた手を放した。
「ひそひそやってるつもりかも知らねぇけどよぉ…まる聞こえだっつーの!男も女もじじぃもばばぁもガキも揃いも揃って見っとも無ぇなぁ、おい!てめぇら助けてもらったんだろ!?だったらそれでいいじゃねぇか!?この英雄さんが倒れてるのに気づいた時もそうだ!助けよう、どうする、助けよう、止めておこう…バカか?悪い奴やっつけて死にそうになってるのを助けないなんてバカか!?んで目が覚めたと思えばアホ面下げてじろじろと…恥を知りな!」
村人たちは勢いに圧倒され、話すのを止めた。
それが余計に女を苛立たせる。
「ったく…女一人が大声上げたくらいで止めるんなら、ハナからするな!」