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氷の館  作者: 辰野ぱふ
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サルクネリ (2)

 マシウスは朝ちゃんと目が覚めるようになり、目が覚めると起きてみようと思うようになり、起きてみると部屋の外に出てみるようになった。地下に下り、坑道にもぐり、自分でも石炭や鉱石を見つけてみたいと思った。地下の地図をさぐり、新しく掘り進められる道をさぐり、ジムント、マシシと相談して仕事をしやすいような構造を考え出すようになった。そうすると悲しみを忘れ、集中することができた。

時にはまた、仕事上がりにジムント、マシシと三人で食事をすることもあって、そうすると、マシウスはサルクネリが恋しくなった。とくにジャイラの澄んだ高い声を思い出し、いてもたってもいられないような気持ちになった。

 マシウスはジャイラその人と言葉を交わしたいと思い、ジャイラの歌を自分だけのものとして聞きたいと思った。

 そんな時、ジムントが言ったのだ。

「この坑道には何かが欠けている。働く男たちが、活気づき、新たにまた次の石炭を探すという気持ちを続けられる何かだ」

 マシウスにはそれが何かはわからなかったし、何かが欠けているなんて思ったこともなかった。

「それには、音が必要なんだ…」

 とジムントは続けた。ほら、とジムントが差し出した文献には、ジムントの父、ユリウスが研究してまとめたことが書かれていた。

 地に眠る鉱石に反応する音。それは、その地方に伝わる音階に秘密があるという。

「その音をどうやって見つけたらいいのだろうか」

 とジムントは言った。

まず、その文献には音は『むー』と示してある。だが、音階はわからない。『鼻にひびく音』とある。マシウスはためしにやってみた。口を閉じて、『むー』と音を出して、出し方を変えて行くと、確かに鼻の中に響く音を探すことはできる。

『心を無にして、鼻から抜ける音を石面に反射させる』とあるのは、掘る本人が確かめなければならないということなのだろう。

『鼻の中に響かせながら、音階を変化させ、その音階の連なりを記憶する』

 というのは? 曲としてまとめるということなのではないのだろうか?

それでマシウスはピンときたのだ。その音階とはジャイラや、ほかの歌姫が口ずさむあのもの悲しいメロディーに違いないと。だれもが聞いたことがあって、口ずさむことができる音階だ。ジャイラが歌っていたのは、寒い氷の海で魚を獲ることを綴った歌詞だった。

マシウスがサルクネリで聞いた歌には、ほかにもあった。麦を育て収穫する歌、子どもを育てる歌など、歌詞はいろいろある。だが、内容は人が働き、何かを得るということに関係があるような気がした。その魚や麦に当たる部分を鉱石に変えて歌えば、いいのではないだろうか。

そう思っていると、文献の中に、鉱石を探す時の心得のようなものが箇条書きになっていた。それはまるで詩のようだった。それは、あの音階に当てはめて歌っても良さそうだった。

『光のない暗闇

 その中で光をさがすように

 石の中に光るものをさがす

 その光はひとつではない

 まとまりとなって、あるもの

 ものを起こす力となるもの

 そこに響く音を当て

 響きの違いを確かめる

 響きは空気を震わせて伝わる』


「父上、たぶん、その音階というか、伝えられている音に、心当たりがあります」

 とマシウスが言うと。

「うん。それはわしも見当がついているのだ。この場所に生きていると、自然耳にすることになる、あの音楽だということは。はっきりと名前がついているわけではないが、バルメコの歌とでも言ったらいいかもしれない」

 とジムントが答え、続けて言った。

「だけど、それ見つけたとして、それをここに運ぶにはどうしたらいい?」

「運ぶ?」

 それは運べるものなのか? マシウスにはわからなかったが、今、マシウスが願っていることを実現させることで、何か解決への一歩があるような気がした。


 マシウスはサルクネリに通い、ジャイラに花を贈った。

 グラシコ地方では花は高価なものだ。スーメルク山のふもとでは、温泉を引いた温室でいくつかの花を育てることはできるけれど、温室から外に出れば凍ってしまうのだ。マシウスが贈ったのはバラだったけれど、それを贈るためには、石炭のストーブが付いた温度調節のできるソリに入れて、揺らさないようにゆっくりナカ町に運ばなければならなかった。

 ジャイラはその花に感激した。

「こんなにたくさんの花を私に?」

 と、マシウスの目を見つめた。

「城に来てもらえないか?」

 とマシウスはジャイラの目を見つめ返して言った。

「お城って…、氷の館のことですか?」

 とジャイラが聞いた。

「氷の?」

「ええ。ぼんやり晴れの日にスーメルク岬の先に光って見える、あの館のこと?」

 それはそうだったが…。マシウスはこの時に、初めて自分の城が「氷の館」と呼ばれていることを知ったのだ。

「そこに来て、わたしのために歌ってもらいたい」

 それはマシウスの本当の気持ちだったし、ジャイラはその気持ちに答えたいと思った。

「わかりました」

 とジャイラは答えた。

 マシウスはバラの花がいっぱいに詰まったソリを、再びサルクネリのパブに向けた。その日、ジャイラが最後の歌を歌うことは皆に知れわたっていて、皆、もう、サルクネリでジャイラの歌が聞けなくなることを悲しんだ。

 その日の歌は、もの悲しい中に本当の悲しみを含み、そして、これからの生活を夢見るジャイラの希望も含まれていた。

「この歌なら大丈夫だ」

 とマシウスは思った。

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