サルクネリ (1)
サルクネリのパブは、ちょうどナカ町の中央にある。その近くには市場があり、そこで働く人、その市場に物を運ぶ人、スーメルクで働く人、城の地下で働く人、さまざまな男たちが、このパブに押し寄せてきていた。
入り口には、サルクネリが座っていた。マシシの兄弟みたいに、がっちりした大男で、頭のまんなかがハゲている。その周りを半分取り囲むように、固い黒い髪の毛がチリチリしている。
「お、これがマシウスか。いつか来るんだろうとは思っていたが、ずいぶんと来なかったな」
とサルクネリが言った。
その入り口で、マシシが二人分の金貨を払った。
「入る時にも金が必要。食べる時にも金が必要。まったく、サルクネリはがめつい商売をするんだ…」
とマシシが言った。
パブの奥にステージがあって、そこで歌姫が歌っていた。その日、その時に歌っていたのは、ラッラという人だった。
歌姫の名前は、ステージの上の木の板に書いてあった。
両足踏みのオルガンをフガフガと鳴らしているのは、また別の歌姫だった。その横に小さいスズのついた板を鳴らしている人もいる。その板にはたくさんの細いみぞがあって、そこをこすると、シャギシャギという音を立てる。歌の次にオルガン、スズ板となってその人の名前が同じ板に書いてあった。
ラッラの声はお腹の底からひびいてきた。マシウスとマシシが席に座る時には、陽気な歌を歌っていた。ほかの歌姫が手拍子をつけ、聞いている男の何人かは一緒に歌い、やはり手拍子を打っている。暗いオレンジ色の明かりがまたたいて、人の熱気が白いもやのように部屋の中に詰まっていた。
「こんな所にいつも来ていたのか?」
とマシウスは聞いた。
「まさか」
とマシシは答えた。
「君の気持ちは沈み過ぎたのさ。だから、景気というものをつけなければならない。その一つの方法がここにあるってだけだよ」
そしてマシシは続けて言った。
「まあ、なんていうのかな、わしは何かに揺さぶられるということがないんだ。なぜだかはわからんが。たぶん、チビでハゲでだれからも相手にされないからだろううと思うよ」
にぎわう人の間を、何か飲み物をおぼんに乗せて歩いている女性がいた。
「あ、それ、二つね!」
とマシシが言った。
「君、まだアルコールはやめておいたほうがいい。アルコールは揺さぶる気持ちを抑える時と、揺さぶっちゃう時があるみたいだからね。これは、カエデという木から取ったあまい汁をミルクで割ったものさ。悪くないよ」
それは分厚いジョッキに入っていて、ほんのり温かかった。
「寒いところだからいいんだ。こういう飲み物が」
とマシシはマシウスのジョッキに自分のジョッキをぶつけた。
「かんぱい!」
そう言ってマシシは一口飲んだ。マシウスはもう、何をどうしていいかもわからずに、ぼうぜんとしていた。
「さ。一口飲んでみてよ」
ケケケとマシシが笑った。
歌姫は次の歌を歌っていた。それはしんみりともの悲しく、遠い地の果てを思わずにいられないような曲だった。
「これは聞いたことがある」
とマシウスは言った。
「これは、この地方に伝わる曲だからね。皆、なんだか、どこかで聞いたことがあるようなメロディーだろ? 懐かしということを曲にしたんだな。たぶん。それかやりきれない、とか、それでもそれを続けなきゃいけない、とかそういう歌だな。たぶん」
マシシはペラペラとしゃべった。テーブルの間を何かを持って歩く人がいて、マシシはそれを呼び止めては何かを買った。
「ほら、これは知ってるだろ? よく一緒に獲った魚だ。お腹に小さいたまごが詰まっている。これを食べちゃうって、わしたちって、残酷だよな。いったい何匹の魚を食べれば気がすむんですか? ケケケ」
とマシシがまた笑った。
マシウスは、その魚に串を刺して、マシシの家の囲炉裏のふちに並べて焼いて食べた日のことを思い出して、言った。
「うまい」
その思い出と一緒に、その時の味もよみがえった。
「いいね。うまい。いい言葉だ」
ケケケとまたマシシが笑うと、マシウスのお腹の中から、忘れていた笑いが戻ってきているように感じた。
「ふふふ」
とマシウスが笑った。
ステージを見ると、ラッラの回が終わり、次の歌姫がステージに現れた。歌姫の名前の板が変わった。オルガンとすず板の人は変わらない。
次の歌姫、ジャイラはくるくるとカールした黒髪で、黒い瞳、声は高く澄んでいて、長く伸ばす音がマシウスの気持ちをからめとるようで、マシウスはうっとりと聞き惚れた。
そうやって、その日から、マシウスとマシシは毎日のようにサルクネリのパブに通うようになった。夜遅くなると、パブで夜明かしをして、寒く冷たい朝、少し明るくなるのを待って城に帰った。
マシウスにまた動こうとする気持ちが起り、一日一日と寝込んだ日の前の状態に戻っていくようだった。




