ソリ (1)
マシウスが何か考えつくと、いつもマシシはいい考えを付け加えた。
「頑丈なソリがあったほうがいい」
と言うと、マシシは、ケロリとして、
「それなら、ララシムの方の親戚筋にたのめばいいよ。彼らはスーメルクの人とは違って繊細で、手作業が得意、職人が多いからね」
「ソリはどうやって動かせるのかな?」
と言うと、
「灰色狼だろ」
と簡単に言った。
「スーメルクって、剣って意味だからね。スーメルク山が剣みたいじゃないのに、なんで剣なのかな? わからないけど…。山に行くと剣みたいに牙の光った灰色狼がいっぱいいるから、それで剣っていうのかもしらん。とにかく、灰色狼なら、寒さに強いし、力もある」
「どうやって捕まえればいいのかな?」
「そんなの、買ってしまえばいいんだ。どこかの親戚に動物馴らしの人もいるよ。なんだっているんだよ。スーメルクにはね」
灰色狼を育てるために、城の南側を改造することにした。ソリを引かない時には狼たちがそこで自由に歩き回れるように、一頭ずつの檻を広く作った。狼の餌としてララシムの里から、家畜が届けられた。
ララシム家が住む広い土地には、地下の火山の温泉を利用した温室があり、コーネリアの妹族がそこに住み、ささやかな野菜を育て、家畜を育てていたのだ。
最初にできてきたソリは二人乗りだった。
ちゃんと雪を避けるように屋根もついている。たくさん洋服を着こんで、ソリの座椅子に灰色狼の毛皮を敷いて出れば、コーネリアを連れ出しても大丈夫だろう。
ソリの乗り心地を試すために、マシウスはマシシとスーメルク山の麓を回った。
「やっぱり君はコーネリア様が言っていたことを気にしていたんだね」
とマシシに言われて、マシウスはいらっとした。
「それが息子の努めというものだろう。母上の希望をかなえるということが」
そういうと、マシシはケケケと笑い飛ばした。
「わしはそうは思わないけど…、ま、なんだっていいさ。君は気の済むようにしないと次に進めないんだからな。一つ一つ気の済むようにする必要があるんだな。まあ、それは悪いことじゃないよ」
マシウスは用心深く、自分でソリをうまく乗りこなせるように、しばらく練習をした。
その時にもいつもマシシと二人で出かけた。
「ほお。いい感じだね。すべり心地もいい」
マシシがそう言うと、マシウスも安心できるのだった。
自分がうまくソリを乗りこなせるという自信がついて、マシウスは今なら母を連れ出せる、と思った。
父にそれを伝えると、父は笑って言った。
「いいだろう。コーネリアを喜ばせてやれ。少し外の空気でも吸えば、元気になるだろうさ」
マシウスは、ぼんやり晴れの日を待った。母を連れ出すのなら、少しでも晴れている日の方がいい。
そして、やっとやってきたぼんやり晴れの日に、マシウスはコーネリアの部屋の扉をたたいた。
「だれ?」
ととんがった声が、中から聞こえた。
「マシウスです」
「あらあら、珍しいこと」
と言いながらも、母は侍女に扉を開けさせた。
「お母様、食事はされましたか?」
「ええ、とてもつまらない食事をしたわ」
と母はさびしそうに笑った。
「体調はいかがですか?」
「いつだって良いか悪いかわからない。気分は最悪だけど…」
とコーネリアが言った。
「今日、わたしは、お母様との約束を果たすために来たのです」
「あらあら。ずいぶんと大げさなこと」
「外に出ましょう!」
とマシウスが言うと、母は目を見開いた。
「え? 今日?」
「そうです、もちろん。だって、晴れの日を逃す手はありません。今日出かけなければ、またいつ晴れるかわかりませんから」
「マシウス…」
と母はマシウスを見つめた。
「ずいぶんと遅くなってしまいましたが、今日、やっとお母様を外にお連れできるのです」
「あなた、約束を覚えていてくれたのね」
「もちろんです。記憶とはそのためにあるものですから」
「うれしいわ」
「外は寒いですから、ちゃんと支度をなさって下さい。わたしは門の所で待っています」
コーネリアは自分の姿を鏡に映すと、
「どんなドレスがいいかしら?」
と侍女に聞き、身体を暖かく包み守ってくれる下着を着こみ、ジムントとの何回目かの結婚記念日を祝った日に作った、エメラルドグリーンの絹のドレスを着こみ、灰色狼の毛皮で作られた特上のコートを着込んだ。
「これでいいかしら?」
と言うと、侍女がうやうやしくひざまずき、
「おきれいです」
と答えた。コーネリアはそれで満足した。
城の入り口でマシウスが待っていた。マシウスの黒髪は肩まで伸びていたので、後ろで結んでいた。きりりと立ったその姿は、ジムントにそっくりだった。
「ジムント…」
とコーネリアは、口の中でつぶやいた。
マシウスはソリのとびらを開け、母を迎え入れた。
「おい、大丈夫? 気をつけてね」
とマシシがマシウスの後ろからそっと言った。
「大丈夫。もう何回も通った道を行って帰って来るだけだよ」




