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氷の館  作者: 辰野ぱふ
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マシシ(2)

「やあ、マシウス。ただいま」

 とマシシが言った。

 マシシは見慣れない丸い眼鏡をかけていた。

「お帰り」

 とマシウスは言いながら、なんだか違う人が帰ってきたように感じた。

「ケケケ、これ、いいだろう? バルメコで作ってもらったんだよ」とマシシは眼鏡をはずすと、

「いやあ、物がはっきり見えるってすごいことだね。今までわしはぼんやりした世界にいたように感じる。まあ、それでなんにも問題がなかったから、いいんだけどね」

と言って笑った。その後ろから、ラッラが顔を出すと、マシシはあわててラッラの元に走って行って、手を差し出した。ラッラはマシシの手を取り、ソリの階段を一段ずつ踏みしめるように下りた。ラッラは心なしか、ふっくらしたように見えた。そして、

「ただいま、帰りました」

 と言いながら、マシウスの前にひざまずいた。

 取り囲んでいる者がどっとどよめき、マシシたちを暖かく取り囲む空気に満たされた。

 ソリの後ろには、もう一つソリと同じくらいの箱がくくりつけられている。

 マシシはその箱を指さして、

「それ、開けてくれるかな? 中にいろいろ皆に見せたいものが入っているんだ」

 箱の中からいろいろなものが運び出されて行く。その中に、人よりも大きい、棺のような箱が運び出された。

「これは、君に。マシウス。このオルガン人形があれば、また坑道で音楽を流すことができるよ。もう、人が病気になることはないよ。これを部屋に運んで早く君に見てもらいたい」

 そして、ソリに乗っていたスーメルクの人夫たちが、棺を抱えマシウスの部屋まで運んだ。

「マシシ…。旅はどうだった?」

 とマシウスが聞くと、マシシはきょとんとマシウスを見つめた。

「どうって言われても…。そりゃいろいろあったよ。だからそう簡単には話せない。どうにか、ここにたどり着いて、今、やっと少し落ち着いたけど…。話すことがたくさんありすぎるから…、まあ…」

 とマシシが言い終える前に、

「ゆっくり、静かに、少しずつ? か?」

 とマシウスが言うと、マシシはケケケと笑い、

「まあ、静かにする必要はないさ。陽気に派手にやろう」

 そう言い、また笑いが起こった。

 その笑い声が起こった瞬間、マシウスはめまいにおそわれた。マシウスは見たこともない、知らない小さい家の中にいた。その光景の中に、小さい子どもたちと遊ぶ、細身の青年が見えた。子どもとぐるぐる回ったり、踊ったり、絵本を読んだりしている。なんなのだろうか? さっぱりわからなかった。

 動きを止めて、身体の震えを抑えているマシウスの様子を見て、マシシは驚いた。

「どうした? マシウス?」

 というそのマシシの声でマシウスはハッと我に返った。

「いや、何でもない」

「大丈夫なのか? なにか具合が悪そうに見えたけど…」

「何でもない。ちょっとした変化があったのだ。そのうちわかるよ」

 マシウスはさびしそうに笑い、マシシにうなずいた。

「まあいいや。おたがいに、たくさん話すことがありそうだね」

「そうだな」


 マシウスとマシシの後ろでは、ラッラがキミやアンジュや、そのほかのメイドに取り囲まれていた。キミは目を丸くして、ラッラを見つめていた。

「ええ、そうなの…」

 とラッラは言い、マシシの背中に呼びかけた。

「マシシ! あなた!」

 うん? と振り返りながら、マシシは頭の上まで真っ赤になった。ラッラがお腹をさすって「あなたから言って欲しいの」と目くばせしたのだ。

 マシシは、真っ赤になったつるつるの頭をなでながら、しどろもどろになった。

「いや…。なんと言いますか…。この、チビではげで目が悪くて何のとりえもないわしが、こんなことになるなんて…」

「そんなことはない。計算が得意だろ?」

「計算っていっても…、つまり数字だけはね、わかるんだけど…。それにはまず計算しなくちゃならないことが必要で、それがなければ計算も役に立たない」

 マシシの眼鏡がキラリと光った。

 その時、またマシウスはめまいにおそわれ、思わずマシシに捕まった。

 マシウスの目の前に、ゆりかごの中に眠る赤ん坊がいた。コーネリアとジムントがそれをうれしそうに眺めている。赤ん坊は、白いふかふかの布団の中で穏やかに、静かに眠っていた。

「おれか?」

 と、マシウスは言い、はっと我に返った。

「え? まあ、それでもいいなと思っているけど、もし、男の子だったら、マリユスにしようかなとも思っているし、女の子だったらコーネリアにしようかな、と思っているし…。ほかの歌姫の名前をもらってもいいかなとも思っているんだ。これからゆっくりラッラと一緒に考えるよ」

 とマシシは恥ずかしそうに言った。

「まあ!」

 とメイドたちがどよめいた。

「何が?」

 マシウスは何のことだかわからずに、皆をぐるりと見まわした。

 ジャギもメイドたちもラッラを取り囲んでフフフと楽しそうに笑っている。その笑いの秘密をマシウスに説明しようと思っている人は一人もいないらしい。

「いいよ、いいよ、マシウス。とにかく、ゆっくり、少しずつ、話そう。わしもゆっくり、静かに少し休みたいんでね。まずはさっきのみやげを見に行こう」

 マシシはマシウスの背中に手を回すと、マシウスを支え、うしろを振り返り「ケケケ」と笑うと、マシウスをいたわるように一緒に歩いた。

 二人の後ろでは、ラッラとメイドたちの、楽しそうな、華やいだ声が聞こえていた。

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