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氷の館  作者: 辰野ぱふ
25/26

マシシ(1)

 氷の館ではまた新たに鉱夫を集め、荒らされていた坑道を直し、壊されたトロッコを補修し、鉱夫たちの食事を用意し、いつでもオルガン人形を迎えられるように場所が作られた。

 マシウスは相変わらず、意味不明のめまいにおそわれたが、それをやり過ごすのに慣れ、また周りの者も、マシウスがふらつき身体を支えている時にはじっと見守り、気遣った。

 幸い、マシウスが倒れ込むことはなくなり、館の中の空気は前のように流れ、皆がそれぞれの居場所に戻り、確認し合いながら、過ごすようになった。


 マシシが帰って来た。

 マシシを乗せて行ったソリは館の車庫に眠っていたが、マシシが帰って来るというその数日前からマシシを下した場所に出向き、待機していた。そのソリの所までマシシとラッラがたどり着きそうだといううわさは、人づてに館まで届いていた。だけど、館に到着するはっきりした日にちはわからなかった。待機場所から館までは30日はかかるだろう。

 マシウスはめまいが起こるたびに、その光景の中に何か手掛かりがなかったっか? 自分の目の中に広がったことを思い起こしてみたのだが、はっきりはわからなかった。

 それがわかったのは、館の周囲から感じられるざわめきによるものだった。


 その日、マシウスは坑道にいた。まだ坑道を整備する仕事を中心に人は働いていて、発掘作業を始めてはいなかったが、鉱夫たちの間にはなにか成し遂げようという気力が感じられた。そのうちの一人の鉱夫と一緒に坑道を点検している時、マシウスはめまいにおそわれた。

「どうしました?」

 と続けて鉱夫は話しかけようとしたが、それがマシウスのめまいだと気が付いて、鉱夫は息をのんで、その様子を見守った。

 マシウスの目の中には、馬車に乗っているマシシとラッラが農村のような所を走っている光景が広がった。その両脇は広い畑で、緑色の草? でおおわれている。その馬車の後ろにもう一台の馬車が走っている。空には雲一つなく、明るい光で満たされている。

 運転席で馬をあやつるマシシの横にラッラが乗っている。マシシは相変わらず陽気に、「ケケケ」と笑っている。ラッラもそれに答えるように、恥ずかしそうに笑っている。

 「なにがおかしいんだ? マシシ?」とマシウスは声に出して言いそうになり、はっと現実に戻った。

 こういうめまいは夢に似ているものだが、たぶん夢ではない。きっとマシシとラッラがたどったどこかの場所なのだ。それを早くマシシに聞いて確かめたい、とマシウスは思った。

 マシウスがめまいから覚めたようなので、鉱夫はほっと一息ついた。

 そこにアンジュが走ってやって来た。

「マシウス様。館のベランダにお越しください」

 とアンジュは言った。

「なんだ?」

 とマシウスが言うと、

「とにかく来ていただきたいのです」

 とアンジュは急かすようにマシウスを促した。マシウスにもそのアンジュの気持ちの高まりが伝わった。マシウスの鼓動は強くなっていたが、それを抑えるように胸に手を当てて、足元を確かめながら、アンジュの後を着いて行った。

 ベランダにはジャギが立っていた。

「マシウス様。マシシ様が、スーメルクに入られたことは間違いありません」

 とジャギが言った。

 マシウスがベランダに立つと、遠くで人のざわめきが聞こえた。

「人が浮き立ち、ざわめいていると、伝わって来るものなのですね」

 とジャギは言った。

 ベランダからは、暗く冷たい雪と氷ばかりのスーメルクのいつものような風景が見えた。そして、確かに、ざわめきはだんだん近づいているように思えた。

「マシシを迎え入れる用意はできているのか?」とマシウスが確かめると、「はい、もちろん」とジャギが答えた。

 それから、ざわめきがもっと近づき、マシシたちのソリのザックザックという音が館のすぐ下に聞こえ、ソリの形がはっきり見えるまで、マシウスはそこに立っていた。冷たい風にさらされているというのに、心の中に火が灯っているように、不思議と寒さを感じなかった。

 

 館の門が下りて、その門が溝にわたる橋になると、ソリが館の中に入って来た。館にいる者が集まり、皆でマシシとラッラを迎え入れた。ソリを操っていたがっしりとしたスーメルクの男が下り、ソリの扉を開けると、マシシがひょっこりと顔を出し、飛び降りた。

 待っている人たちの間から思わず笑い声が起こり、張り詰めていた空気が和らいだ。


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