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氷の館  作者: 辰野ぱふ
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失われた右目(2)

 葬儀が進んでいる間にもめまいはやってきた。目の前が一瞬暗くなったと思ったら、その黒く曇った空に、おびただしい数の黒い鳥が舞っている。その下に少女が立っている。少女は黒いドレスを着て黒い帽子をかぶっている。顔は見えない。いったいどこの誰なのか、見当もつかなかった。

 そうやって何度も失われた右目の中に稲妻が走るようになると、マシウスには衝撃が起こった時の変化がわかるようになってきていた。それはどこからやってくるものなのかはわからない。だけれど、その間は何もできないし、時間が止まってしまったような感覚になる。だが、ふと現実に気が付きさえすれば、光景に飲み込まれたままになっていることはない。その時だけ立ち止まって、その光景が過ぎ去るのを待ちさえすればいい。

 マシウスは用心深く、自分のその変化を観察し、周りの者が不安に思わないように、気を付けるように心がけた。


 葬儀がすべて終わり、ほっとすると、マシウスは深く眠った。

 夢の中で、若かりし頃のコーネリアに出会った。

 黒くつややかな髪はくるくるとカールしていて、赤いドレスがよく似合った。何人もの青年が次々にコーネリアの前に現れ、ダンスに誘った。コーネリアは陽気にケラケラと笑い、その一人ずつと踊った。

 そこに集まる若者たちの中にジムントがいた。ジムントはコーネリアを誘えず、じっとコーネリアを見つめていた。コーネリアはふと、ジムントのことに気が付きながらも、次々に相手を変えて踊っていた。

 ふと音楽が止み、コーネリアは踊り疲れ、履いていた靴を脱いだ。そして、ジムントが立っていたあたりに目を走らせた。ジムントはもういなかった。

 次の音楽が始まると、コーネリアはまた若者たちに囲まれてしまった。なのに、どうだろう。手を差し出されてもコーネリアは踊ろうとしないのだった。


 朝、目が覚めてからも、マシウスは舞踏会の夢にとらわれていた。コーネリアがたくさんの人と踊って、疲れてしまっただけというような、何のもりあがりもない夢だった。なんなのだろうか。今、コーネリアとマシウスは寄り添うように岬の墓所に眠っている。もう踊ることも動くこともない。きっと二人はただ、ずっと寄り添って眠り続けるのだろう。

 不思議と落ち着いた気持ちになって、マシウスは朝の用意を整えた。ドアがドンドンと叩かれ、アンンジュがうれしそうに何かを持って来た。

「マシシ様からお手紙が届きました」

 とアンジュは小さい箱をマシウスに差し出した。

 マシウスはそれを受け取り、箱を開けようとしたが…、ふと気が付き、皆を集めるようにと言った。

 ジャギ、キミのほかに館で働く人たちが食堂に集まったところで、マシウスはマシシから送られた小包を開けた。

 そこには巻貝が入っていた。だが、それを巻貝だと知るものが誰もいなかったので、皆、なにか不思議は宝石のようなものなのか? わからず、人から人の手へ箱は回された。

 マシウスが手紙を読んだ。

『マシウスへ

 元気でやっていますか?

 わしも、ラッラも元気でバルメコ地方に着きました。

 バルメコ地方には汽車が走っています。汽車と言ってもわからないかな。

 ソリよりも長く大きな車体がいくつもつながっているのです。それが灰色狼や動物の力を借りることもなく、機械仕掛けで動くのです。遠くまで速く走ることができます。

 バルメコ地方では、機械で動くものがほかにもあります。時計などの機械もすぐれたものがあるし、町は栄え、にぎわっていて、おいしいお菓子を売る店もあります。

 そのお菓子を送ってあげたいが、日にちがかかることを考えると食べるものを送ることはできないから、ラッラと海岸で見つけた、貝殻を送ります。

 この貝殻の中には生物が住んでいたのですよ。それは海の中で生活している生き物です。その生き物がいなくなって、生き物の外側だけが、海岸にたくさん残されているのです。

耳に当てて下さい。海の音が聞こえます』

 ひとまずここまで手紙を読むと、皆は「おお」と声をあげて、貝殻を耳に当てては、「聞こえる!」「ええ? どの音?」などと言い合いながらつぎつぎに手渡して行った。

 マシウスがこの間見た海辺の光景、あの時、マシシとラッラが見つけていたものが、たぶんこの貝殻というものなのだろう。

 一通り貝殻が回って、皆の興奮が少し落ち着いてから、マシウスは手紙の最後の部分を読んだ。

『今、わしとラッラはオルガン人形ができるのを待っています。機械仕掛けの物を作る職人がくふうをこらして、ほかにも機能をつけ足してくれました。 早くこれを君に届けたいよ。

 あと何日でできるだろう。できたら、すぐにでも持って帰りたい。それまで元気で待っていてください』

 いったい、オルガン人形とはどんなものなのか。そう思ったとたん、またマシウスはめまいにおそわれ、目の中に一瞬、そのオルガン人形が組み立てられている工房の光景が広がった。木わくの窓から光がさしている机の前に誰かが座っている。マシウスはその機械職人の背中を見ていた。手先の方は動いているようだが、白髪まじりの頭がじっと動かない。職人はパイプの音を調整していた。パイプにふいごから空気を送り、パイプは『ぷー』と音を出した。その音でマシウスは現実に戻された。

 マシウスが急に手紙を読むのをやめて、めまいにおそわれているのを、皆が見守っていた。

「何か見えましたか?」

 とジャギが聞いた。

「いいや…」

 そう言ったとたんに、マシウスはまためまいにおそわれた。

 長い箱がいくつも連なって走っている。それが汽車というものなのか。その箱は長い2本の線の上を走って来て、止まった。そして、マシウスとラッラが、大きな荷物を持って、その箱の中に乗り込もうとしていた。

 マシウスはふらつく足を踏ん張り、テーブルに手をついて身体を支えた。

「マシシはもう、帰えって来ようとしている」

「いつでございますか?」

「それはわからないが、ここへ向かう旅に入ったということだろう」

 皆がうれしそうにどよめいた。

「マシシが帰って来るまでに、また坑道で仕事ができるように、用意を始めよう」

 皆はそれぞれに、手をたたいたり、「わかりました」と答えたりした。

 その日は夜まで、館の中には浮かれたような、暖かいような空気が流れ、皆が皆、自分のやることに、精一杯の力を注いだ。

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