暗い日々 (1)
マシシとラッラはいくつもの荷物を用意してソリに積んだ。雪があってソリで走ることのできる所までは、このソリで行き、その先はどうするかまだよくわかっていなかった。でも、マリユスとギャバが行ったことがあるのだから、道はあるのだろう。きっと行く所まで行けば、その先に続く方法があるのだろう。
旅の用意がすっかり整うと、マシシはマシウスの部屋の扉を叩いた。
返事はなかった。
マシウスの食事を持って来たアンジュにマシシは聞いた。
「どうだい? マシウスの様子は」
アンジュはマシウスの部屋の扉を開けながら、
「どうぞお入りなってください」
と言った。
窓の鎧戸は閉め切ってあるし、その上、ビロードのカーテンも全部閉め切ってあるので、部屋の中は真っ暗だった。
アンジュは小さいランプを点けた。
「マシウス様、マシシ様がおいでです」
マシウスの身体は布団に埋まるようになっていて、こんもりと盛り上がっているだけで、起き上がる気配は感じられなかった。
「マシシ様の結婚のパーティーの日に、すべてを閉じるようにとおっしゃって、カーテンもなにもかも閉め切るようになったのです。それからずっと起き上がってもいらっしゃいません」
「困ったな…」
「でも、どうにか食べていただいています」
「そうか…」
マシシはそう言いながら、布団の上にこんもりともりあがったマシウスの胸のあたりに手をやった。
「マシウス、わしは行って来るよ。ここにいいても、わしには何もしてやれないからね。君にもステキなパートナーができればいいんだが…」
マシウスはぴくりとも動かなかった。
「まあしょうがない。わしは旅先から手紙を書くよ。きっとひと月かふた月はかかるだろうと思うけれどね、帰って来る。約束する」
そういうと、マシシはアンジュの手を取り、
「マシウスのことはたのんだよ」
と言った。
「かしこまりました」
と言いながらアンジュは泣いていた。
「なんだか、マシシ様がいなくなると…、お屋敷の中がもっと暗く、悲しく、寒くなってしまうようで、こわいです」
「大丈夫だよ。帰ってくるんだから」
マシシはとぼとぼとマシウスの部屋を出て行った。
マシシのソリを見送るために、皆が館の門に集まった。ジムントがマシシの肩を抱き、
「からだに気をつけて、行ってきてくれ」
と言った。
そのほかの者はなるべく笑おうと心がけてはいたが、どことなく悲しげだった。
「それじゃあ、とにかく、マシウスのことをよろしくたのみます」
とマシシはジムントを見上げて言い、ソリに乗り込んだ。
ソリで行ける所まで行ったら、ソリは館に引き返して来ることになっていたので、ソリをあやつるスーメルクの人夫が二人乗り込み灰色狼にむちを入れた。
皆、マシシのソリが見えなくなるまで門の所でいつまでも見ていた。
それからしばらくして、ジムントが倒れた。館の中で働く者たちは、皆、暗い気持ちにおそわれていた。
マシシは旅に出て行ってしまったし、マシウスは起きて来ない。ここにきてジムントが倒れてしまったのだ…。いったいどうしたらいいのだろうか。執事のジャギ、アンジュ、キミが声をひそめて話し合った。
「ジムント様が倒れたことは、マシウス様に伝えた方がいいだろう」
とジャギが言うと、アンジュが言った。
「ほんとうにそうでしょうか? 今、こんなに暗い中で、さらに暗いことを伝えたら、マシウス様はどうなってしまうのでしょうか」
「でも、伝えなければならない」
とジャギが言った。
「あたしには伝えられません」
「わかった、わたしが伝えよう」
ジャギはアンジュ、キミを伴って、マシウスの部屋入った。
三人はマシウスのベッドの横にひざまずいた。
「マシウス様…。ジムント様が倒れられました。どうぞ、お顔を見せてあげてください。お声をかけてあげてください」
マシウスの身体が少しだけ動いた。
「今、ジムント様とお話しにならなかったら、もう話す機会はなくなるのかもしれません。どうぞ、わたしたちにお力をください」
マシウスがむっくりと起き上がった。
「なんということだ…」
マシウスはうちひしがれ、そして、また寝込んだ。
坑道では、監督する者がいなくなり、食事の用意も遅れがちになるし、何をどう進めたらいいかわからない鉱夫たちの間で、悪いうわさは広まっていた。
「おい、このままここで働いていてもしょうがないぞ。ここは閉鎖されるようだ。何も支払われないぞ」
とある鉱夫は言った。
「ほんとだよ。いったいどうなっているんだ? 飯もまずくなったし、冷めてるし、何か変だぞ」
とほかの鉱夫が言った。
「おい、せめて自分たちで掘った物は持って行こうぜ。それだって、金に換えられるかどうかわからないけどな、何もないよりはましだからな」
その鉱夫の言うことに賛同した男たちは、坑道を荒らし、持って行けるものは全部持って行くことにした。
「おい! 何するんだ!」
と、古くからここで働いているスーメルクの親戚すじの者は、これを止めようとした。地下では争いが起こり、それをなだめることのできる者はいなかった。何人かの荒くれ男たちは、地上階の部屋も荒らし、価値があると思われる物を探し、盗んで行った。スーメルクの心優しい男たちは、立ちはだかり、たたきつけられ、なすすべもなく、そこに立ち尽くした。




