結婚式
ラッラにとって、マシシの花嫁になるということは、もう、まったく考えも及ばないことだった。マシシはチビで目が悪くつるつるにはげていて、妙な笑い方をする。
ラッラはこれまでにも自分の花嫁姿を思い描くことはあった。その相手は? それはわからなかったが、きっときりりとしていて、自分より背が高く、がっしりとしていて、会った時に心がときめいてわかるものなのではないのだろうか。ただそんな気がしていただけなのだけれど…。
サルクネリに到着したソリのバラの花の中に埋まるように乗っていたマシシを見ても、ラッラの心はときめかなかった。
最初にこのソリに乗った時はどうだったろうか。
その時は、順番に氷の館に迎え入れられる歌姫を見ていて、ただ、「ああ、自分の番が来たのだな」と思っただけだった。やはりその時にも心はときめかなかった。
何か、自分に決められたお役目というものがあり、それに従わなければならないと、そんな気持ちがあるだけだった。
マシウスには気品があった。そして、立ち姿はきりりとしていて、ラッラより背が高かった。また、ぼんやり晴れの日に見る館はいつも神秘的に輝いていて、自分の手が届かない場所という気がしていた。
その館の中に入ってみたい。マシウスのため、鉱夫たちのために歌ってみたいと思った。
ソリの中からマシシが手を差し出した。
なにがどう違うのかはわからないが、ラッラはその時、悲しみに襲われた。そしてマシシの手を取ることができなかった。
「まあ、いいさ。ゆっくり、静かに、少しずつ、わかることもあるだろう。ケケケ」
その笑い方を聞いて、ラッラはさらに悲しくなった。
マシシはなんだかうれしそうに、ラッラをソリの中に引き入れた。ラッラはどうすることもできなかった。ラッラは花の匂いをかぎ、その花の中に埋まる幸せだけを思った。
ラッラには想像できなかったような豪華な結婚式が開かれた。館の者が整列し、サルクネリからも歌姫や働く人たちが招かれた。ラッラの故郷からは、両親と弟たち二人が招かれた。
葬儀の時のように楽隊が音楽を奏で、豪華なごちそうが用意された。
ラッラはマシウスの姿を探したが、マシウスはどこにもいなかった。
結婚の誓いがおわり、地下の広場で食事がふるまわれた。坑道で働く男たちも、その日は仕事を休み、一緒に宴に加わった。
楽隊はしじゅう陽気な音楽を流していたけれど、ラッラの気持ちは沈んで来ていた。自分から来るとは言ったのだけれど…。最初にここにやって来た日もこんなふうに悲しみにうちひしがれていて、そしてすぐに声が出なくなってしまったのだ。
「どうした? ラッラ、あまり楽しそうじゃないね」
とマシシが楽しそうに言った。
ラッラは無理に笑顔を作った。自分から望んだというのに、後悔の気持ちが生まれてきていて、でもそれではいけないと、それを打ち消す気持ちが生まれて来ていて、これまでにないような気分になり、笑い方を忘れてしまったような気がしていた。
「まあいいさ。ゆっくり、静かに少しずつ、わしの奥さんになってくれれば」
そう言って、浮かれて踊っている人の中に入って行くマシシの背中に、ふと寂しさが見えたような気がして、ラッラの心は痛くなった。
「ラッラ、おめでとう!」
とミューリが声をかけた。
「あ」
と一言言ったあと、ラッラの言葉は詰まり
「り、が、とう」
と消え入りそうな声が続いた。
「どうしたの? 花嫁なのに悲しそうね」
「なんだかね、最初にここに来た日のことを思い出すの。あの日、ここに向かうのが地獄のように思えたのよ」
「今も悲しいの?」
「わからない」
ミューリはラッラの背中に手を回した。
「帰りたいの?」
ラッラはしばらく考えた。
「いいえ、帰りたくはないの」
「じゃあ、大丈夫よ。きっといろいろなことが急に変わったから、とまどっているだけだわ。最初はだれだって不安だもの」
ミューリにそう言われると、ラッラの心は少し楽になったような気がした。
「ねえねえ、新婚旅行にはバルメコ地方の方に行くんですってね?」
「ええ。そうなの。あと、数日でここを離れるのよ。うそみたいだわ」
「きっと、そんなことも不安のタネになっているのね」
「そうなのかもしれないわね」
「そんな、長い旅に出ることができるなんて、あたしはうらやましいな。今まで見たこともない場所や物を見ることができるのだから、それはすごいことだわ。帰って来たら、たくさん話を聞かせてね」
ミューリの声はラッラをもっと楽にした。
「そうよね…。でも、まるで自分の結婚式のような気がしないの。なんだか、夢の中にいるみたいだわ」
「ほんとね。でも、きっといいことがたくさんあるわ。そうに決まってる」
「うん。そう思うことにする」
二人は抱き合って、別れを惜しんだ。
「あなたの健康と幸せを祈っているわ。いつでも」
「ありがとう」
ふと見ると、マシシは陽気に、お客たちに酒を注いで回っていた。今日は主役だというのに、まるで手伝いに来ている人みたいだ。
ラッラはふとおかしくなり、ミューリに誘われるまま、陽気な音楽に合わせて、一緒に働いた歌姫たちと手をつなぎ、踊ってみた。さらに身体が軽くなったように感じた。これから旅に出ることに、希望が持てるような気がしてきた。




