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氷の館  作者: 辰野ぱふ
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マシウス (2)

 マシウスがしばらく家を出て、親戚の所を遊び歩いて氷の館に帰ると、父も母もいつもマシウスを探していた。

「どこに行っていたんだ! マシウス!」

 と父のジムントはマシウスを呼んだ。

「この城の地下にはたくさんの資源が埋まっている。地下に坑道を掘って、燃料になるものを探すぞ! おまえも働くんだ」

 と父は言い、

「どこに行っていたの? マシウス…。あなたがいてくれないと寂しいわ。今日はどこで何をやっていたのか聞かせてちょうだい」

 と母のコーネリアがねだった。

 そのほかにもコーネリアは、マシウスを見つけると「本を読んでちょうだい」とねだり、「もし外に遊びに行くことがあるのなら、わたしも連れて行ってちょうだい」と言った。

 マシウスは青年になるに従ってもっと活動的になり、すぐに外に出かけて行ってしまうようになった。コーネリアはそのことを寂しがり、マシウスの姿が見える時には、片時もそばを離れたくなかったのだ。

 マシウスが獲って来た魚を喜び、どうやって獲って来たのかを聞いて、

「ああ、わたしも一緒に魚を獲りに行けたら、どんなにいいかしら」

 と言うのだった。

 マシウスはそんなコーネリアを喜ばせたいと思い、いつもコーネリアをどこかに連れて行ってあげたいとは思っていたけれど、その当時のソリはうすっぺらだった。交通手段に使われるものではなく、高いとこから低い所に滑って行くだけのものだった。遠くの国から運ばれて来た薄い板で作られていて、屋根もなかった。

マシウスの館はジョンキョン湾を見下ろす高台にあったから、ある所まではソリで滑り降りることができる。滑り下りた後のソリは、城の下男が回収に来る。マシウスは頑強な足を持っていたので、いつも城までの上り坂を苦もなく歩いたが、コーネリアにはそんなことできないだろうと思った。

それに、下り坂の途中のどこかで止まってしまったらどうなる? ソリは氷にはりついてしまうだろうし、下男が回収来るまでソリの上で待っていたとしても、寒さで身体が凍えてしまうだろう。特に雪の日だったら? コーネリアの具合が悪くなってしまう。

 マシウス一人ならどうにでもなるが、コーネリアを外に連れ出すのは難しいことだった。

「お母さま、今度は一緒に出かけましょう」

 マシウスはコーネリアを喜ばせるためにとそう言ってはみるのだけれど、そんなうすっぺらなソリに母を乗せて出かけるわけには行かなかった。

 家にいればいるで、だれかしらが何かをマシウスに教えるためにやって来ていたし、マシウスはいつも忙しく、ゆっくり休み時間を取ったことがなかったし、そんなことができるということさえ、想像したことがなかったのだ。


 氷の館の地下で工事が始まると、父はそれにかかりきりになった。父の部屋に行くと、父は地下の図面を開き、入り口をどうするか、どこをどう掘るかを考えていた。

「すごいぞ、マシウス」

 と父は目をギラギラさせて言った。

「ここの地下は宝庫のようなものだ。ここから燃料を掘り出すことができれば、ここは世界の中心になるぞ」

 マシウスが父の仕事を手伝うようになると、マシシも一緒にマシウスと働くようになった。氷の海ではマシシはあまり役に立つことがなかったけれど、坑道の設計を具体的に進めるのには、マシシの計算の力が役に立った。

一日の仕事を終えた男どもが地下の洞窟から城の方に上がって来ると、いつも、もう食卓には食事が整えられていて、父に使えている何人もの執事やメイドが、うやうやしくジムントの次の言葉を待っていた。


 いつの頃からだろうか、食卓にコーネリアの姿が見えなくなった。

「お母様はどうしたのですか?」

 とマシシに尋ねると、

「コーネリア様は、一人で先に食べたよ」

 とケロリと言う。

「皆で一緒に食べればいいのに…」

 と言うと、

「こんなところで、わしらの話しを聞いたって、コーネリア様は楽しくないよ。女は音楽を楽しみ、子どもの成長を楽しむものさ」

 とマシシは言った。

「じゃあ、おれが成長すれることが楽しいんだね?」

「そうだよ。たぶん」

「だけど…、マシシ…、成長ってどうやってわかるのかな?」

「さあ? 背が伸びればいいんじゃない?」

 とマシシは言い。

「だからさ、わしは背が伸びなかったからさ、わしの父上も母上も、わしのことを見ても、ちっともうれしい顔をしなかったからね」

「へえ…」

 マシウスはなんだか変に思った。だって、青年期を過ぎてからは、もうマシウスの背だって伸びそうもないのだった。もしかしたら、マシシの兄弟のスーメルク人のように、たくましく、大きくなればいいのだろうか? でもなんだかそれも違うような気もしたし、自分がそうなれるか? というと、なれないような気がした。

 父の仕事を手伝うのは楽しかったし、やりがいがあった。息抜きがしたい時には、マシシと一緒にマシシの家に帰り、氷の海に出かけた。

 食事の席にコーネリアがいないことは、「あたりまえ」のことになり、そのうち気にならなくなっていた。


 ある日、地下での仕事を終え、いつものように、ジムント、マシウス、マシシが話しながら上の階に上がると、廊下にコーネリアが立っていた。

 コーネリアはやつれており、髪には白髪が多くなり、昔あったようなつやがなくなり、ごつごつの身体が、黒いビロードのドレスの中に埋まるようだった。その目は暗く、鋭く憎しみに燃えていて、数人のメイドがコーネリアの周りでうろたえていた。

「コーネリア様、さあ、お部屋に戻りましょう」

 と執事が言った。その執事の言葉をはねつけるように、コーネリアが「ジムント!」とどなった。

 ジムントは陽気に、「おお、どうした?」と答えた。

「どういうことなのかしら。何日もお顔を見せないし…、あなたは何もかも独り占めする気なのね」

「コーネリア様、さ、お身体にさわります。どうぞ…」

 執事がコーネリアを連れて行こうと手を差し出すと、コーネリアはその手をはらい、

「マシウスはなんてうそつきに育ったのかしら! ジムントの手先になって私をここに閉じ込めておく気なのね!」

 そう言うと、だれも寄せ付けず、自分の部屋に戻って行った。

「気にするな」とジムントは言った。「気の迷いだ」と。

「そうそう。女の人ってね、そんなところがあるんですよ。うちの母上だってね、いつもいらいらして、わしのこと、コケにするんですから」

 とマシシが言った。

 いつもうれしそうにマシウスの話を聞きたがっていた母の姿は、いったいどこに行ってしまったのだろう。マシウスの目の前で暗く大きな扉が閉ざされてしまったように感じた。

 その日の夕飯もいつものように豪華な食事だった。父とマシシは明日からの仕事のことを楽しそうに話していたが、マシウスの心には母の言葉がとげのように刺さっていて、陽気にふるまうことができなかった。

 食事が終わり、部屋に向かうマシウスにマシシが言った。

「マシウス…。君、気にしてるだろ? コーネリア様の言葉を」

「いや、別に…」

「わかってるって。こういうことはね、時間が解決してくれるんだ。忘れることだよ。コーネリア様は、君が元気にしていれば、また元気になるってことだよ」

「そうかな?」

「そうさ。そうに決まっているだろ」

 そう言われてもマシウスの心は晴れなかった。


 それからもマシウスは仕事にも励んだけれど、板きれではなく、金属を使った頑丈なソリを作ることを考え始めた。頑丈なソリを作ることができれば、コーネリアを外に連れて行くこともできるのではないだろうか。

 マシウスは自分が嘘つきだと思いたくはなかった。コーネリアを外に連れ出し、喜ばせてあげたいと思っていたことは、本当のことだった。ただ、どうやればいいかがわかっていなかっただけだ。

 今なら、次にどうしたらいいかがわかる。わかったなら、それを実行するだけだ。

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