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氷の館  作者: 辰野ぱふ
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最後の歌姫 (3)

 マシウスの待っているソリに乗ると、バラの花香りがむせかえるように詰まっていた。

「やれやれ、あの娘はそう簡単に話が通じない」

 とマシシは困ったようにマシウスに言った。

「何が不満なんだ?」

「ラッラはどうしたのかと聞くのだ。館に連れて行かれた歌姫は戻って来ていない、と詰め寄られてね…。でも、まあ、ラッラを連れてくれば、それから考えるってことだから、明日はラッラを連れて来よう。そうすれば来るかもしれないし…。今度は…、どうなのかな? そう簡単に行かないかもしれないな」

 それからソリは館に向けて出発した。

「この花はどうするんだ?」

 とマシウスは聞いた。

「さあて。このままでも大丈夫じゃないのか? そのままソリの中の温度を下げないようにしておけば、明日の夕方までは持つんじゃないのかな?」

 マシウスはむつっつりと黙ったままだった。その静けさが重くたまって来る前にマシシが口を開いた。

「ねえ、マシウス。明日、ラッラをサルクネリに連れて戻しに来たとして…、館に連れて帰るのはほかの歌姫にしないか? ミューリは手ごわそうだ。ほかの歌姫なら大丈夫かもしれないよ」

 そう言っても、マシウスは答えなかった。

 ソリの中には、重たい空気がどんどんたまって行くようだった。


 次の日。マシウスは部屋から出て来なかった。マシシが呼んでも、起きようともしない。夕方になって、パブに行こうと誘ってみても、起き出してこない。

 マシシは次にどうしていいものか、考えた。とりあえず、ラッラをサルクネリに戻したほうが良さそうだ。

 マシシは前の日に用意したバラの花がいっぱい詰まっているソリにラッラを座らせて、二人でサルクネリへと出かけることにした。

 ソリの中でもラッラはまだ泣いていた。でも、少し休んだからだろうか、かすれるような小さい声が出るようになっていた。

「すみません、マシシ様。あたし、なんのお役にも立てなくて…」

 そんなことばかり言っている。それをずっと聞いているとマシシもなんだかつらいような気持ちになってくるのだった。

「しょうがないよ。誰にもできることとできないことがあるんだ。また、サルクネリで歌い出せば、きっと君の声も戻るだろうさ」

 そう言っても、ラッラは泣いてばかりいる。

「でも、あたしの代わりにミューリが館に行ったら、ミューリの声が出なくなってしまう…」

 そう言って泣きくずれるのだった。


 サルクネリに着くころには、あたりはすっかり暗くなっていたが、マシシの心もすっかり暗くなっていた。

「さあ、下りて…」

 とラッラに言っても、ラッラは中から下りようとしない。

「どうしたんだ?」

 と聞くと、

「ミューリが代わりに行くなら、あたしは下りられない」

 とめそめそしている。

「大丈夫だよ。ミューリは行かない!」

 そういうと、

「本当ですか?」

 とラッラの顔が一瞬、パッとほころんだ。

 マシシは言葉に詰まり、こくんと首を縦にふった。すると、ラッラの声は急に元のように出るようになり、

「ありがとうございます」

 とぺこりとお辞儀をし、サルクネリの控室に帰って行った。

 その後ろ姿を見て、マシシは考えた。これからまたミューリと話をするかと思うと、もっと暗い気持ちになってくる。なんだか、自分は悪いことをしているような気がしてきた。

 でもいったい何が悪いんだ? ちゃんとバラを用意して、きれいな部屋を用意して、毎日ごちそうが食べられるし、坑道で歌うことだってちゃんとした仕事だ。サルクネリにだってお礼の金は払っているし…。だいいち、今まで迎え入れた歌姫たちは最初は喜んで来たではないか。無理やりに連れて来たわけではないのだ。

「とにかく、今の若い歌姫はわがままで、手に負えなくなってきたんだな」

 そうポツリとつぶやくとマシシはあきらめて、バラだけが詰まった馬車を走らせて城に帰って行った。


 城に着くと、マシウスはまだ寝込んでいた。

「やれやれ」とマシシはつぶやいた。何もかも順調に、うまくいっていたというのに。いった何がいけなかったのだろうか。わからない。

 でも、そろそろ次の方法を探した方が良さそうだ。それにはまず、マシウスに元気になってもらう必要がある。

 マシシはとぼとぼと自分の部屋へ帰り、これまでにまとめた、坑道の記録をもう一度読み返してみた。

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