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氷の館  作者: 辰野ぱふ
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新しい歌姫

 マシウスはむっつりとしていた。いらいらと部屋の中を歩き回り、そしてぽつんと言った。

「まったくなんだって、人は動かなくなってしまうのだろう」

 その問いにマシシが答えた。

「そんなことは考えてもしょうがないよ。コーネリア様は事故に遭った。ジャイラは病気になった。ただそれだけだよ」

 マシウスは坑道に通い、せっせと働いてはいたけれど、もうちっとも楽しくもなんともなかった。そのマシウスの気持ちを反映するように、鉱夫たちもむっつりと働いていた。

「また、サルクネリに行こう」

 とマシシが言うままにマシウスはまたサルクネリに通うようになった。


 サルクネリの活気はいったいどこからくるのだろうか。お酒を飲んでもマシウスは楽しくならず、むしろ、悲しい思いが呼び起こされた。

 サルクネリでは、あの物悲しい歌が流れたとしても、それはただ悲しい歌にはならない。同じ旋律、同じ歌詞なのに、ジャイラが歌っているうちにそれはどんどん悲しい歌になり、重い歌になり、鉱夫たちの気が滅入るようになり、そして、ジャイラの心も重く悲しく閉ざされていったのだ。

 同じ歌だというのに、最初はそうではなかったのだ。

「また、始めからやり直せるだろうか?」

 とマシウスが言った。

「え? 何を?」

 とマシシが聞いた。

「ほかの歌姫に歌わせるんだ。あの、坑道で」

「そりゃ、君が望めばなんでもできるさ。また花を贈ってみたらいい」

 マシウスはまたしばらくサルクネリに通った。いったい、どんな歌声がいいのだろうか。

マシウスはいろいろな歌姫の歌を聴き比べ、城に帰るとオルガンを鳴らし、自分でも歌ってみた。

 部屋の中をぐるぐると歩き回り、歌に関する本を読みあさり、考えに考えた。


 ある日、いつものように気難しい顔をしてマシウスはサルクネリのパブにいた。その日の歌姫は、ダリダと言った。

 白いつやつやの肌、明るい茶色の髪の色で茶色い瞳。がっしりとした身体で、太くかすれた低い声で歌う。

 ふと、マシウスはこの声ならいいのではないか、と思った。

 いったい何がどういいのかということについては、ちっともわからなかったのだけれど、

「この歌姫を今度は城に迎えようと思うのだが…」

 とマシシに言ってみた。

「いいんじゃないかな?」

「ただそれだけかい?」

「ほかに何があるの? わしも悪くはないと思うよ。悪くないならいいということだろ?」

 そして、マシウスはジャイラを館に迎えた時のように、またダリダに花を贈るところから始めた。今度はうまくいくようにと、心をこめて。


 ダリダのために用意された新しい部屋には、Wの文字を型どる星を飾った。

 新しい生活の始まりはいつもときめきに満ちていた。次にどうしようか、何をしようかときらめくような思いがわいてくるようだった。だけれど、その生活が同じように続くうちに、それは色あせてくる。

なぜなのだろうか。わからない。

でもそれが続くうちに、マシウスの気持ちはまたいらいらとして、トゲトゲと厳しいものになり、坑道から流れてくる歌を聞くことが苦痛になるのだった。

 ダリダの顔を見るのも辛くなり、一緒にいると苦しくなる。そうなってくると、ダリダの声も詰まって来て、だんだん歌も重くなり、苦しくなり、歌えなくなってくるのだった。

 そうなると、マシウスはまた城の外に出かけたくなるのだ。サルクネリのパブで活気のある中で酒を飲み、マシシと話し、違う歌姫の声を聞くと、一時は気が休まる。その気持ちを長く続けておくことは難しかったが、それでも出かけないよりは出かけたほうがましだ。

 

 とうとう、また、ダリダの声が出なくなった。

 もう、マシウスはダリダの様子を見に行くこともしなくなった。

「マシウス様、どうぞ、ダリダ様に会いに行ってください」

 とキミが膝まずき、マシウスにお願いした。

「いや、わたしが行くことはできない」

 とマシウスはきっぱりと言った。

「ダリダ様は、毎日泣いておられます。ジャイラ様のようには穏やかにしていられません。せめて、ダリダ様の家族か誰かをお呼びください」

「じゃあ、勝手にすればいい」

 キミも泣いていた。

「ここで泣くな。わたしにはほかにやることがあるのだ。それはたくさんの人のことを思うことで、簡単なことではない。ダリダ一人にかかわってはいられないのだ。わたしが寝込むわけにはいかないのだ」

 マシウスは、コーネリアと出かけ、崖から落ちた日のことを思い出していた。もう、思い出したくもないし、それに続く暗く打ちひしがれた日々のことももう思い出したくもないのに、ダリダがそれを思い出させる。


「しょうがないなあ」

 とマシシが言い、ダリダが望むように、ダリダの家族を城に呼んだ。

 ダリダの父親を連れてマシシがマシウスの部屋まで来て、その扉を叩いた。

 父親も泣いていた。

 マシシは父親を外に待たせて、部屋の中に入った。

「マシウス、せめて、お父さんに会ってやったらどうだろう」

 とマシシは言った。

「だめだ。会えない」

 と、マシウスは言った。

「そう。それなら、しょうがないね」

 マシシまでが悲しそうな顔をして、そう言い、マシウスはいらいらした。

「おれが言ったって、何の役にも立たない。声をかけたって病気が治るわけじゃない」

 マシシは、やれやれという顔をして、マシウスの部屋の外に出ると、ダリダの父親に金貨を渡し、うやうやしく礼をした。

「どうしようか? ダリダを連れていくかい?」

 マシシがそう尋ねると父親が跪いて言った。

「とんでもない。ダリダはこの場所に身を捧げたのです。それなのにお役にも立てず、泣いてばかりいる。マシウス様の気が滅入るのも当然です。せめて命がある限り、ここにお仕えさせてやって下さい」

「ふう。まあ、そう言うのなら、そうしようか」

 マシシは父親の願いを叶えることにした。どちらにせよ、もうダリダには返事をする力は残されていなかった。

 そうやってダリダの小さい命の火が消えるまで、マシウスはダリダの元に一日も現れることはなく、また以前の日々のように坑道で仕事をして、気が滅入る日にはまたマシシとサルクネリのパブに通った。

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