プロローグ
1時間2万円
それが僕の彼女の値段だ。所謂、風俗嬢。
サラリーマンの給料一か月分を、1日で稼ぐ。そして、使う。
でも、あの日、彼女は店から消えた。掲示板は、滝のごとく流れた。いなくなった、ナンバーワン風俗嬢。
僕は理由を知っている。僕の元へやってきたからだ。
「あのっ、僕が支えるから、僕と暮らしませんか?嫌なんでしょう?こんな仕事…」
あの日は、3回目の指名の日だった。相変わらず、僕は彼女のテクニックを持ってすら、達せなかった。相変わらず彼女は、綺麗で、優しくて、シャワーに濡れた髪が、輝いていた。
「いいんだよ、拓哉君だってしたくないんだよ。風俗嬢となんか…彼女としたら大丈夫だって」
彼女は笑っていた。少し寂しそうに。
「ごめんなさい」
「大事な初めてだもん、大切な人としたいでしょ?だからよかったんだよ」
長い髪も、大きな目も、やわらかい体も、全部僕に注がれていた。この瞬間だけで、今まで生きてきた人生の、どの瞬間よりも幸せだと思った。
「大切ですよ、ゆきさんのこと」
でも、僕の呼ぶ彼女の名前は、偽りの名前。それでも、あなたはあなたで、今僕の前にいて、僕の身体に触れていて。
「ありがとう、でもそうゆうことじゃないの」
淋しそうに、僕の胸に顔を埋めた彼女の髪を、僕はそっと、のつもりがぎこちなく、撫でた。
「わかってくれるよね?ごめんね、こうゆう仕事だから、誰のことも愛せなくて」
仕事。その響きが僕の胸を、切り裂くように響いた。
「そうですよね」
うん、とうなずく彼女の唇に、触れながら、仕事じゃなかったら、と言いかける。
「本当は、私だって、好きな人と愛し合いたい、普通に暮らしたいのにな」
これは引き金だ。彼女がひいたんだ。そう、ここでなんていえばいい?
男だったら言えるだろ。僕が言うんだ。
これは僕の一生を変える言葉だ。僕が言わないでどうするんだ。