赤錆(あかさび)
声はよく知っている近所の加藤のおにいちゃんだった。あの自転車はおにいちゃんのもので、防波堤にいる僕を丸い小窓から見ていたのだそうだ。おにいちゃんは高校を卒業してもうすぐ遠い町へ行く予定になっている。
中に入ると部屋の真ん中に渦巻のような階段があった。一段一段は三角のようで三角じゃない、変形の鉄板で出来た階段はぐるぐると上に伸びていた。そんなことを覚えているのは、僕を呼んだのが加藤のおにいちゃんでほっとしたからだろう。階段を見上げている僕におにいちゃんが話しかけてきた。
「これは螺旋階段だよ。赤いのは錆だ。潮風は鉄を錆びさせるし錆はぼろぼろはがれ落ちるのさ。服が汚れないようにそこに座るといい」
見まわすと階段の二段目に潰れた段ボール箱が敷かれている。僕がそれにすとんと腰かけるとおにいちゃんは言った。
「ここは昔、僕の秘密基地だったんだ。もう来れなくなるから、さよならしに来たんだよ」
「この上にはなにがあるの?」
「ここより小さな部屋さ。汚れた台に壊れた機械が乗っているだけだ。僕が基地にするずっと前からこの灯台は使われていないからね。だあれも来ないから基地に出来たんだけど」
「行ってみてもいい?」
「危ないよ。階段は錆びて脆くなっているし、なにより手が錆で汚れてしまう。一人でここに来たことが知られたら叱られちゃうだろ?」
そう、防波堤に一人で来ちゃダメなのは僕だけじゃない。学校でも生徒みんなに禁止している。おにいちゃんもそうだったんだろうか。
「ねえ、君はどうして防波堤に一人で来ちゃいけないのか知っている?」
低い声がそう耳元で囁いた。