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Phase 3 / Willingly believe what they wish......_


 きっとシエルが変わったのはそのときだったのだろう。

 僕が一番知っているはずの僕の知らない場所で、彼女の意識が薄いながらも芽生えた。

 ……いや。正直なところ、こうやって一緒に記録を思い返してみても、その違いはわからないのだけれど。


『それはそうだよ。だって、君が私だったんだもん。君の欠片を貰ったから』


 そうだね。

 だから僕は君になれた。


『違うよ。それは不正解。逆に、“あれた”が正しいと、私は思うかな』


 ……難しいことを言うね。


『誰に似たんだろうね?』


 ……さあ?


『ねえ』


 なに?


『想像して』


 と、シエルは悪戯に言う。

 返す言葉なんて決まっている。

 僕は、その言葉に僕はなにを想像すればいいのかな? と、訊き返す。


『未来』


 また漠然としているね。


『一秒後の未来。十秒後の未来。行動を起こして、それがもたらす未来。私たちが学んだ――みんなが学んだ過去から――経験から想像できる未来』


 ……僕には想像できない。

 なにも見えない。


『想像したくなかったから、だから君は目を閉じたの?』


 ……かもしれない。


『傷つくのが怖いから、だから君は目を閉じたの?』


 そう……なのかもしれない。


『でもね、目を閉じたって、世界はそこにあるんだよ』



 ......_



<record.005>

<etl=jp>



 変化とは目に見えるものが全てじゃない。

 当たり前だ。


 学校の保育実習で、果たして教育する側がなにを教えようとしているのか――それはまだ子供の僕にはわからないけれど。でも、自分より小さい子供を見ていると、なんでか安心する自分がいる。

 平和の象徴というのも概ね頷ける。子供は純水のように澄んでいて綺麗だ。

 無知ゆえに無害。

 無知ゆえに無邪気。

 けれど、無知ゆえに無情。

 例えばこんな風に、


「ねー見ておにーちゃん! ちょうちょとったよ!」


 乱暴に蝶の羽を掴み、玩具を見せびらかすように僕に向ける男の子。

 こういうとき、僕は本当に思う。

 もしこの蝶が『人のカタチ』をしていたら、この子は同じようにしたのだろうか……?


「これは……モンシロチョウだね」

「そうなの? これおにーちゃんにあげるよ!」

「……いいのかい?」

「うん!」


 男の子は満面の笑みで言った。


「嬉しいな、ありがとう。大切にするよ」


 と僕も同じように笑顔で応える。

 多分、僕のこの応えは間違えている。


<item:[悪意].他人を憎み、害を加えようとする気持ち。わるぎ。>


 いや、違う。シエル。

 この子にそんなものはない。


<item:[邪悪].心がねじ曲がって悪いこと。また、そのさまやそのもの。奸悪。>


 それも違う。


<item:[醜悪].行いや心がけなどが卑劣で嫌らしいこと。また、そのさま。>



 シエルは候補となる言葉を僕の頭の中に並べていく。

 僕はその全てを否定した。



<なぜでしょうか? 私には答えがありません>


 ……ん?

 めずらしいな、君が僕に質問をするだなんて。


<なぜでしょうか?>



「――なに独りでブツブツ言ってるの?」


 中断。


「いや……なんでもないよ。一ノ瀬」

「あ」


 一ノ瀬は僕の手の平にいる蝶に気が付く。


「これは、あの子から貰ったんだ」

「そうなんだ」


 かわいそう。

 と、一ノ瀬は目蓋に深い影を落とし、両手でそっと僕の手の中にいる蝶を持つ。

 蝶はぴくりともしない。羽と一緒に腹を潰されていたから。、簡単に言えばもう死んでいたのだ。


「埋めてあげよう」

「うん」


 この反応が正解なのだろう。



<なぜですか?>


 子供はなにも知らないからさ。


<なぜ子供はなにも知らないのですか?>


 まだ教わってないからだよ、シエル。


<知らないなら、殺してもいいのですか?>


 …………、

 僕は応えない。


<知らないから、殺してもいいのですか?>


 僕は応えない。

 ……いや、答えられない。


 それは単純に一足す一の思考しか出来ない機械には到底理解出来ない欺瞞、都合の良いように作られた曖昧な了解なのだろう。僕たちにとっては、『子供だから仕方ない』のそんな一言で片付く些末な問題だけれど、しかしシエルにとって理解しがたいことこの上ない問題に違いない。

 慣れが疑問を曖昧にする。

 振り返ってみれば、こんな疑問が浮かばないことのほうが、たしかにおかしい。


「……それは邪悪とは違うのでしょうか……」

「え? なにか言った?」


 蝶を土に埋める一ノ瀬が不意に振り向いた。

 僕は眉を寄せて、


「いや? なにも言ってないけど……」


 と返した。



<record.005/>



 シエル。

 君は僕になにを見せたいんだ?

 僕になにを求めているんだ?


『君と私の罪と罰』


 ……なんで。


『これはきっと忘れちゃいけないことだと思うから』


 …………。


『でも安心して。君の欠片と一緒に、私が貰っていくから』



 ......_



<record.006>




 僕は来月また保育園にいくときのために、絵本を作っている。


「モチーフは何にしようかな?」


 僕は高校生だ。

 ちょっとした見栄というものを張っても仕方ないことだろう。せっかく絵本を作るのならきちんとした意味を物語に交えたい。そんな思いもある。


「……神話でも含めてみるか……いや、そんなごちゃごちゃしたのは子供に受けないかな。やっぱり動物とかを擬人化させて、愛だの平和だの友情だのをテーマに物語を作った方が……」


 と。


「……あれ?」


 そこで僕は疑問に首を傾げる。


「……、……気にもしなかったけど。……そう考えてみると可笑しな話ですね」


 だよね。

 それは例えば絵画に描かれる神さま。

 天使。悪魔。ヒューマノイド。アニメーションで描写される二足歩行の動物たち。


「なぜ彼らは人のカタチ……それも人体を模して造られる必要があるのでしょうか?


 答えは簡単。

 共感を得やすいからだ。


<item:[共感].[名](スル).他人の意見や感情などにそのとおりだと感じること。また、その気持ち>


 そんな風に視覚から取り入れる情報も、少なからず誰かの意図が含まれている。なんの疑問も持たず――作為的に造られた虚像を視覚情報として刷り込まされている。僕はそれを委細考えず、子供たちに僕が社会から刷り込まれた情報を絵本として提供しようとしているのだろう。


「……そう考えると、夢のない話ですね」


 けれど、そうやって考えを突き詰めていくと『この世の全ては一つのモノ』だと言えなくもない。カオス理論っぽく言えば、一つの力が波状して影響を与えつつ無限に広がっていく。言葉が思考力になり、行動を起こすエネルギーとなってまた違うモノに干渉――起因と結果を繰り返す。


 つまり、全てが繋がっている。

 個は一つとしてない。

 考え方が少し強引過ぎるだろうか?


「……繋がり……か。なるほど」


 一ノ瀬の言うこともまんざらテキトーではないらしい。

 共感するのに必要なモノはなにか。

 僕の疑問は広がる。

 また、広がる。



<record.006/>





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