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Phase 1 / You are(not) alone......_



<record.000>

<self-knowledge>

<That is silly>

<It is not sympathized>

<record.000/>

<record.012>



 まどろみの中。

 シエルは、僕を呼ぶときに決まって、


『ねえ』


 と、優しく甘えるような声で、僕に語りかけてくる。

 僕はきっとその声に安心していたんだと思う。それが何時からかは分からないし、それが何時から解らなくなってしまったのかも、すでに分からないのだけれど。

 僕は思い出をなぞるように想い、そして言葉を返す。


『君は――私と初めて出会った日のこと、覚えてる?』


 うん。

 覚えてるよ。


『嬉しい』


 でも、あのときはまだ、シエルはシエルじゃなかったよね。


『そうかな?』


 そうだよ。


『本当にそう思う?』


 うん。

 きっとそうだと思う。

 少なくとも、僕はあのとき、シエルのことをシエルだなんて思っていなかったし、君をこんな風に特別なものとして想うようなこともなかった。



 ......_



<record.001>



<Monday April.04,A.D.2102/>

<xxx-xxxxxx area-xx / japan / at 16:02>

<etl=jp>



 僕はそれを見降ろしていた。


 自動歩道から外れた、いまだ商店街の名残のある街路地の間。それをゴミと認識したのか、円錐状の掃除ロボットが千切れた少女の腕を吸い込もうとガンガンと体当たりしている。

 透き通るような白い肌、肘から先が千切れた腕。

 転がる、人間の腕。


「…………」


 周囲には人があふれ――機械に大半の仕事を奪われつつも、いまだ人間らしくビジネスにいそしむ姿があった。もちろん、その全てが仕事とはいかないだろうし、休日を楽しむ人間もそれは多くいるだろうと思う。

 けれど、誰一人としてそれに目をくれる者はいない。


 ふと見――そして反らす。


 慌てるようなことも、叫ぶようなこともせずに、ただ、反らす。


 彼女が人間の形をしたモノ。

 ヒューマノイドだと認識しているからだ。


(これが人間だったら……あの人たちも叫ぶんだろうか……?)


 そんなことを考えつつ、僕は眼下に横たわるそれを再度見た。

 白と黒のフリフリしたドレスを纏う“少女”――俗に言う、ゴスロリというやつだ。

 千切れかけた腕から血の代わりに白いオイルが溢れていて、かろうじて繋がっているその断面からはコードがいくつも糸を引いている。長い白髪、人口毛髪は埃で煤けていて、きっと綺麗だったであろうその姿はボロ雑巾のように、まるで用済みになったから捨てたとばかりに放棄されていた。


(……たしか……ヒューマノイドの不法投棄は、犯罪だったよな……)


 僕は右手首にはめてある腕時計型の携帯端末からコードを取り出し、横たわる少女をうつ伏せに倒した。人と変わりのない重み、質感に僕は少し嫌な気分になる。

 恐る恐るうなじにある人工皮膚で覆われたソケットを外して、プラグを差し込むと、やがて個体情報を読み取った端末は、三次元映像ホログラフを表示させる。


(……AS社、HSN-4545C072……。C……中国製か……あれ?)

(ストレージに記録が残ってる……?)


 浮かび上がった映像には、見慣れない拡張子が付いたファイルがあった。

 開こうとホログラフ・パネルを操作してみる。けれど、セキュリティが邪魔をして開けなかった。どうやら重要なシステムファイルだったらしい。


(……この女の子は、なんで捨てられているのだろう?)


 そんな些細な疑問に首をひねる。

 僕は周囲を見回した後、ファイルを端末にコピーしてその場から立ち去った。その際に、周りの人たちの目を気にすることはなかったし、殺人現場の被害者のように横たわるそれを同情的な目で見ることもなかった。



 僕は理解していた。

 彼女が共感するには程遠い存在で、『人間の形をしたモノ』なのだと、ちゃんと理解していたんだ。



<record.001/>



『ねえ、ひどいよ』


 シエルはとても悲しそうな声で言う。

 僕にはそれが、彼女の気持ちとは関係のないところで、とても嬉しく思えた。彼女の不機嫌な声を聞くことが、僕にとってこれが初めてのことだったからだ。

 恋人の意外な一面を見れたような幸福感。

 そんな余韻に浸る時間も、もう残り少ないのだけれど。


『……でも、そうかもしれないね』


 うん。

 こんなに近かったのに、僕はシエルのことを何一つ知らなかったように思う。

 いや、何一つ知らなかったんだ。


『後悔してたりする?』


 ちょっぴりね。

 シエルはどう?


『私はしてないよ』


 本当に?


『ちょっぴりしてるかも』


 僕は笑った。

 こんな風に彼女が曖昧な感情を出力することも、僕にとっては本当に新鮮だったからだ。

 それは知らないんじゃなく、気が付かなかったんだろうな、と今更になって想う。



 ......_



<record.002>


<Sanday April.05,2102/>

<xxxxxx high school xxxx Area-?? / japan / at 11:26>

<etl=jp>



 春休みが終わり、今日は三学期の始業式だった。


 HRの時間、投射機から映し出されたホログラフの教諭が決まり切った定型文を語るなか、僕はぼんやりと窓の外を眺めている。

 見える街並みには桜が目立ち、街の到るところに設置された受電パネルが陽光を照らし返し、きらきらと輝いて少し眩しい。


 二十二世紀ともなれば、空飛ぶ車や、ビルとビルを繋ぐパイプのような道路が空を埋め尽くし、エネルギー問題や環境問題とも無縁で、街にはアンドロイドが行き交う。そんな未来を過去の人間たちは夢想していただろう。けれど、現実変わったものといえば、電柱がなくなって空が広くなった程度だ。

 幸か不幸か、世界というものは百年やそこらじゃ、劇的な変化はしないらしい。


 うとうとと、窓から降ってくる陽気な日差しに、目蓋が重くなる。

 なんでも百年ほど昔には、この桜の時期に入学式が行われていたらしい。


<この国も元々は諸外国と同じように九月新学期と定められていました>


「…………」


<しかし、明治初期に社会システムが会計年度に連動する事になり、暦年初との乖離が進み四月・九月に二分されていた高等教育機関等の入学も四月入学が制度化されるに至った、とされています>


 HRの退屈な時間を耐え抜くとやっと昼休みを迎える。

 僕は足早に屋上へ行き、独りうめいた。


「……ねえ、なんで僕の頭から声が聞こえるのかな?」


<正確に言えば私は音声を発してはいません。ETLテキストを日本語に変換して、あなたの脳に伝達しています。限定的な思考性音声と取って頂ければ解りやすいかもしれません>


 と、流暢な合成音声が頭に鳴る。

 同年代くらいの女の子の声だ。


 いま、僕の頭には、もう一つの人格が宿っている。

 それは昨日のことだ。

 僕は路地裏で見つけたヒューマノイドのデータを持ち帰り、家でNLOインプラントに直結接続した。見慣れない形式、それはETL言語(Entireness Transfer Language)であり、NLO技術で使われる制御言語だった。


<ニューロ・リンク・オペレーティングシステム、通称NLO(Neuro Link Operating system)とは、人間をコンピュータに見立て、その上で知識・経験・技術などのプログラムを動かすOSです。

 私はあなたのインプラントIA補助AIアプリケーションとして機能しています>


「IA……知能増幅ね。それはわかるし、ありがたいけどさ」


 言って、僕は耳の後ろにある端子に触れる。

 これは耳の裏――頭蓋骨に埋め込まれた機器に繋がっていて、そこからナノマシンによって形成された疑似シナプス(脳と神経の接続部)を通り、脳へと接続されている。

 つまり、NLOを使えばPCなどの機械と“人間をリンクする”ことが可能ということだ。


<2050年代に軍事用として開発されたNLOは、本来、戦争に向かう新兵に経験豊富な老兵の知識や技術を書き写すために作られました。また、その利便性が一般に普及しはじめるまでに、そう時間は掛かりませんでした。

 疑似神経を人工的に構成することで、本人が持っていない知識や経験を丸ごと伝達できる技術は、政治や民間企業にも多く使われることとなりました。そういった流れに伴い、人間を機械的に見ることによる人権問題や、宗教問題も多く取り上げられるようにもなりました>


 淡々と、彼女はそう告げる。

 自分の頭の中で声が聞こえてくる――というのは、なんだか気味の悪いものがある。


<私の声が不快ですか?>


「……いや、そうじゃないけどさ。頭の中に違う人格がいるみたいで、戸惑うっていうのが正直なところかな」


 僕はバツが悪くなって、癖っ毛な頭をくしゃくしゃと掻く。

 人間は感情をそのまま伝えることができないから、言葉を使い、仕草、動作で感情を示す。

 けれど、直接つながっている彼女には、その必要がない。


 僕は腰を降ろし、綺麗な青空を仰ぐように寝そべる。校舎の屋上は高いフェンスで囲われていて、まるで檻の中から空を見上げているようだった。


「……そういえばさ。まだ君の名前を訊いてなかったよね」


<私に名前というものは存在しません>


 間髪を入れず、彼女は即答した。

 僕の思考はソフトと直結、並列化している。彼女は僕が抱く疑問に対し、前もって答えを用意しているのだろう。そして僕の思考や疑問を入力に、彼女は答えを出力する。だから、反応は人間のそれよりずっと早い。


「じゃあ、僕がつけていい?」


<それは必要なことなのでしょうか?>


 頭の中に響く透明感のある少女のような声は、感情を持たない機械の声だ。

 昨夜、初めて彼女が話しかけてきた段階で僕はそれを消すこともできた。それはインプラントのデータを消すだけの簡単な作業、数回タップするだけで手間もかからない。

 でも、僕は消さなかった。

 彼女が人間じゃないとちゃんと理解していても、人間のように会話することができる――僕には彼女が、心も魂も持たない存在には思えなかったからだ。


「誰かを呼ぶときに名前がないってのも、やりにくいものがあるだろ。それに僕は君のことをなにも知らないし」


 だから僕は歩み寄ろうとした。


<知る必要があるのでしょうか?>


 けれど、夢想したような返事は返ってこなかった。

 頭の中の彼女はただ、単調に真実を告げる。


<好きなように呼んで頂いて構いません。しかし、あなたは一つ勘違いされています。私に魂はありません。私はあなたが抱いた疑問を入力として機能するソフトであり、一貫した人格に裏付けされているわけではありません>


 と。


<私に心はありません>


 とも、付け加えて。

 いまさらな言葉を返されて、僕は苦笑いを浮かべた。


「……わかってるよ。うん、わかってる。けどね、人間ってのは名前を付けたがる生き物なんだ。君と違ってね」


 少し皮肉っぽく言ってしまったかもしれない。

 僕だってその程度は理解しているつもりだ。


 けれど、それは理性での話であって、本能的に腑に落ちるような簡単な話じゃない。

 電気信号でしかない彼女を認識し、意味をつけることで価値が生まれる。ペットとして買った犬が可愛がられるように、人間は名前をつけて、それが自分にとって“特別なもの”だ、という認識をする。

 犬や猫などのペットと同じように、ロボットがヒトというカタチを得て“反応を返す”ようになってから、人間のロボットに対する反応が変わった。人間のように言葉を返す彼女に名前をつけようとする僕のこの行為も、それと同じことだろう。


 透き通るような空を見上げ、僕は言う。


「……シエル……」


 この空の景観だけは千年も前から変わっていない、そんな気がした。

 僕は確認するように、もう一度彼女に言う。


「これからは君のことをシエルって呼ぶよ。いいかな?」


 彼女からの反応はなかった。



<record.002/>





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