女神アヴィス1
「こ、ごれ持ち帰る」
「そだそだ!」
「女、おんな!」
「一発やるべ」
「「「…………そだな」」」
何やら話し声が聞こえる。
気が付けばウィザーは緑の葉が生い茂る木の枝の上に豆粒ぐらいの大きさのまま浮いていた。
空は青く太陽の日差しが温かくここからなら遥か遠くまで見渡せる程の高さがある木だ。
その枝にスーと降りると豆粒ぐらいのウィザーが突如脹れると本来のウィザーの姿に戻る。
身長2メートル程、肌は少し日焼けをしてるぐらいで体格も良く筋肉質だ。
長い銀髪が風に揺れその瞳は野生的で意思の強さを感じさせる。
ウィザーは木の下から聞こえる声の方を見ると4人の人らしい生き物が裸の白い少女を囲み覗いて様子を伺っていた。
その4人全員はウィザーが知る人とは違う風貌だが会話からして男らしい。
その肌は緑色で肌は汚れ、背も低く猫背で布らしき物で腰を隠し手には剣や木棒など持っている。
それに体から出ている黒い靄、そこに魔力を感じてウィザーはここは自分が知っている世界の人間ではないと確信した。
更にその男達が今にも襲いかかろうとしている裸の少女を見るとこちらはよく地球で見かけた姿をしている。
男と女では姿が違うのかと思いながら少女を見つめると既に汚された痕がうかがえ大量の男の精がかけられていて酷い状態になっていた。
どうやら犯され捨てられた少女をこの男達が見つけたようだ。
その少女は身長や外見を見るに地球にいた時に知り合った少女、唯と同じ位の年齢に見える。
幼さの残る顔と金色の髪、目は開いているが茶色の瞳は曇り何も映してはいない。
絶望で諦めているのか少女は目の前の男達に反応せずピクリとも動かない。
フンと鼻を鳴らし興味を無くしたウィザーは少女から視線を外す。
ウィザーは少女を無視して周りを観察しようとすると木の下から喧嘩のような声が響く。
「お、おでが1番さき」
「馬鹿ゆうな!おれが見つけた!」
「……どっちでもいいからやれ!」
「俺は最後でもいいべ」
どうやら裸の少女をめぐり喧嘩を始めたようだ。
くだらない争いには興味が無いウィザーは周りを見るとここはどこかの森の中らしい。
多数の緑の木が並び遠くに街らしき建物が見える。
更にその先、遥か遠くに見える高い山。
そしてその山から左右に伸びる光の壁らしきものまで見えた。
その景色を見て別世界に来れたと実感する。
先ずは情報だろうと視線を街に合わせる。
かなり遠くにあるがあの程度ならウィザーの足なら10分もあれば着くだろう。
ドシン!ドシン!
「!」
ウィザーの座る木の枝が揺れる。
下を見るとウィザーが居る木に少女をめぐり喧嘩を始めた男達が木にぶつかったようだ。
「おでが強いだから先にやる!」
「ぐぐ、俺だ!」
ドシン!ドシン!ドシン!ドシン!
「…………五月蠅い!!!」
「「「「!!!!」」」」
森に響くウィザーの怒声、喧嘩をしていた男達がその声のした方へと視線をやると木の枝に座る裸の大男がいた。
「ふん!」
「グエ!」
「ギャア!」
いかにも怪しい裸の大男を見て男達が殺気を放つのを感じたウィザーは木の枝から飛び降りて下にいた男達2人を踏み潰す。
石を投げても届かないであろう高さから降ってきた大男の重みで潰れた2人の緑の男は首が折れ、口から大量の血を流す。
いきなり目の前に降ってきた裸の大男が仲間を2人殺した事に驚いた残りの2人がウィザーに飛び掛かる。
「ガア!」
「オオ!」
「五月蠅い死ね。ファ……ウィンドカッター」
「「あ?!」」
森の中で火は不味いと考えたウィザーは風の刃を飛ばした。
少しは成長したらしいウィザーだが相変わらずその威力は凄い。
目の前に迫った2人の男達達を風魔法で分断し殺したがその向こうの木まで斬り倒した。
森に響く複数の倒れる木の音。
この結果、少し広い空き地になった。
4人の緑の男達の血の臭いが立ち込めるここを去ろうと足を動かそうとすると。
「……あ、殺さな、いで。私は抵抗、しませんの。命だ……けは……私は何で、もしますの」
弱々しい声でウィザーに問いかける少女。
まだ幼い体、乱暴された痕跡、顔は腫れ全身が汚れていた。
襲ってきた男達の血の臭いとは別の悪臭にウィザーは顔をしかめる。
裸の少女はぎこちなく笑いウィザーにその股をひらく。
「……ど、どうぞ…なの」
それをウィザーは黙って見つめた。
これで3度目だ。
自分はこの手の場面に遭遇する機会が多い。
ウィザーは苦笑いすると少女の体の汚れを落しその傷を治してやった。
「……洗浄ヒール」
そうウィザーが呟くと少女の体が淡い青い光に包まれ体の汚れや傷が全て元の健康な状態に戻った。
汚れていた肌は白く、金色の髪は輝きを取り戻した。
少女は痩せていて胸も薄く手足も細いが可愛らしい顔立ちをしている。
汚れ傷ついた少女の回復を一気にやり面倒を省きたいと考えこの場で創造したオリジナルだ。
「え?」
自分に起きた変化に驚いた少女が立ち上り自分の体を触る。
絶望と凌辱された苦しみ、死の恐怖など薄れ更にあの気持ち悪い体液や嫌な臭いが無くなり痛かった体の傷も治っている。
「あ、あの……」
自分を治してくれた裸の大男を少女は勇者様かと思い見つめた。
銀髪の凛凛しい顔をした男の人。
なぜ裸なのか分からないが自分を襲うつもりは無いようだと思った。
治した後も話をしないウィザーにどうしようかと少女がオロオロとしていると。
「お前、飯は作れるか?」
「え、はい!できまふっ……できますの!」
「そうか。ならそれが礼でいい」
「え?……だ、ダメですの!命の恩人です。もっと何かをさせてください!」
ウィザーの言葉を聞いて必死に自分にすがり付く少女にどうしたものかとウィザーが悩む。
だいたいこれで何とかなったので同じ様にしたのだが今回は違うようだ。
「……とりあえず離れるか」
「……はい」
裸の大男と裸の少女は血の臭いと男のアレの臭いが漂うこの場で話すのはさすがに気持ち悪く二人は頷くとすぐにこの場を離れた。
「ここは魔物の森ですの。魔物が沢山いるから、本当に知らないのですか?」
「知らん。それよりユフィは飯を作るのが上手いな」
「あ、ありがとうございます。でもそれはウィザーさんが用意してくれた食材が凄いんですの」
目の前に火をおこして焼いた肉とパンがある。
これはウィザーがアイテムボックスから出した物をユフィが調理したのものだ。
その他にも野菜や塩、コショウなど高価な物を惜しげもなく出してユフィに使わせた。
肉も野菜もパンも調味料もいままで見たこと無いくらい上質な物で不思議な容れ物に入っていた。
ウィザーさんは何者なのかと食事をしながらユフィはチラチラとウィザーを見て考える。
あの現場から少し離れ落ち着いて話せる場所へと到着した2人は直ぐに服を着た。
ウィザーもユフィもそれに気がついたのはこの場所に着き改めて向き合った時に気づいた。
悲鳴を上げ近くの木に隠れる少女。
それを気にせずウィザーはアイテムボックスから本来の姿用のスーツを取り出し着る。
だが少女の方は自分の荷物も無くなっていて着られる物が無い。
何時までも木の陰から出てこない少女を見てウィザーは変身したとき用の白いシャツとズボンを少女に渡した。
サイズは当然大きいが肌を隠せるシャツとズボンを履きベルトを締めれば恥ずかしさも和らいだ。
おずおずと顔を赤くした少女が木の陰から出でウィザーに頭を下げる。
やはり少女にはサイズが大きいようでシャツはぶかぶか、ズボンも丈があっておらず裾を幾重にも折り畳んでいた。
それでも裸よりはましになり落ち着いたのか少女が話し出す。
「私の名前はユフィですの。この森には貴族様の護衛で来ました。ここは魔物が出る森で森の入り口付近の場所は弱い魔物しか現れないからレベル上げに丁度よくて仲間と供に来ていた。本当なら新人が護衛依頼なんて受けられないのに仲間の…………ダンという男の子が貴族様から直接依頼を受けたって喜んで私に言ってきた。ダン…………信用していたのに……ウウ……」
少女……ユフィがダンという仲間を思いだし涙を流す。
その者がユフィをあのような状態にした者の一人なのだろう。
「……グス、それでダンと一緒に街を出てこの魔物の森の入り口で貴族様とその護衛らしい人達2人とゴフリン退治に来たの。ダンの話だと貴族様が魔物退治をしたいと言ってダンに声をかけたらしいの。サイスの街は大きくて私みたいな者でも差別が少ないから…………冒険者にもなれたし」
気になる個所が多々あるがとりあえず最後まで話を聞くことにした。
「そしてあの場所で…………襲われたの。ダンは戦士で私は魔法と弓を使えたから後衛担当だった。ダンと貴族様のお供の一人が前衛で前に居て私は貴族様の横で話をしていてその貴族様わの後ろを守るもう一人の護衛の人が居た。私のような者がなぜ貴族様から声をかけられるのかわからなかったけど……突然、私の体が横に倒され貴族……様と、後ろに居た護衛の人に押さえられて…………ダンに助けを求めたけどダンは一緒に居た護衛の人からお金を貰って笑ってた………私はパニックになって泣き叫んだけどみんな笑って、笑ってた。そして貴族様がわ、私の服を破い……て……ウウウ……犯された」
そこまで言ってユフィが顔を伏せると金髪の長い髪が顔を隠すがその小さい肩が小刻みに震えているのをみると思い出した恐怖に耐えているようだ。
「それで終わりか?」
「…………はい。気づいたら目の前にゴフリンがいて、でも死にたくなかったからゴフリンの苗床でもいいかと思ってました。もしかしたら逃げる機会があるかもって…………馬鹿ですよね、魔物に巣まで連れ去れたら助かるはずないもの………そして頭の霧みたいものが晴れたらウィザーさんがいましたの」
「そうか……」
少し長い沈黙の中でウィザーのお腹がなった。
グゥ~!!
「…………プッ、アハハ~」
「ふむ、飯にするか」
「アハハ、はい。任せてください」
それから2人で準備をして座って食事をしている。
悪い人ではないようにユフィは思う。
大きい服はユフィの体を隠してくれるがチラチラと胸元が見えてとても恥ずかしい。
もしウィザーが襲ってきたらと…………思って首を横に振った。
もしそうなら全裸の時に襲っただろう。
体についていた汚れを落とし綺麗になったユフィを見てもウィザーは反応しなかったのだから。
そして考える。
ユフィのような忌み子を普通の人間と同じに扱うウィザーの事を。
「あ、あのう~」
「ん、なんだ。足りないか?」
「い、いいえ!十分にお腹一杯です!」
「なら、なんだ?」
「は、はい。ウィザーさんは何故私のような忌み子に優しくしてくれるのですか?」
「忌み子?なんだそれは」
「えっと……私はハーフエルフなんです」
これを見たウィザーの反応が気になりながらもユフィが腰まである金色の髪を触り耳をだす。
小さい可愛らしい耳を見てもウィザーはなにも反応しない。
「…………どうですの、わかりましたか?」
どうやら耳がその証しらしいが意味がわからないウィザーは首を傾げる。
「その可愛らしい耳がどうした?」
「ひゃい!……可愛らしいです……かね?」
ポッと頬を染めたユフィが恐る恐るウィザーを見つめる。
「あの、耳が少し長いですよね。これは人間とエルフの間の子供の証しなんですの。ウィザーさんは違うみたいですがこの世界では他種族の子供は忌み子として嫌われています。本当に知らないんですの?」
「知らん。それよりも魔物とはなんだ?」
「…………えっと、魔物です」
「だからそれは何者だ」
この世界の常識を知らないような発言をするウィザーにユフィは困惑する。
忌み子も魔物も何処にいてもこの世界の常識なのにウィザーは平然と聞いてくる。
もしかしてウィザーは世間と隔離され育てられた王子様?なのと変な方へと考えてしまう。
どう答えようかと焦ってしまうユフィを見てウィザーが聞いた。
「魔物の特徴は?」
「……魔物の特徴は体から黒い魔力がうっすらと見えることです。その魔物の体内には魔力を蓄えた魔石がありそれを売ればお金を貰えますの」
「冒険者とは?」
「…………街ごとにある組織です。そこに登録すると仕事が貰えお金を貰えますの」
「貴族とは?」
「………この国の偉い人ですの」
「この世界の名は?」
「世界ですか?……この国の名前はガウン王国ですの。他にも国はありますが……あっ!確か女神アヴィス様の名をもらいアヴィスと呼ばれてますの」
「…………女神アヴィスだと?」
「はい!遥か遠くに見える山の山頂に住み、人はそこには行けないですが人を守る壁を築いた女神様ですの」
女神と聞いてピクリと体の何処かが反応した。
その女神を殺せとウィザーに囁く。
「ウ……ウィザーさ、ん」
「……なんだ?」
「いえ、なんでもないですの…………」
「で、その壁は光の壁の事か?」
「ええ、そうですの。あの光の壁が魔物を統べる魔族の進行を阻んでいるのですの。表アヴィスと裏アヴィスと呼ばれてますの」
「表がここで裏が向こうか?」
「はい」
「なら魔物は何処から来る?」
「……それは謎ですの。でも女神様が私達の為にわざと光の壁を越えさせているとの噂もありますの」
「わざとか?」
「はい。魔物は魔石の他にも肉、骨、皮と使い道が多いです。上質な物ほど強い魔物で死ぬ危険もありますがそれを使い強力な武器や防具や薬など様々な事に使われ来るべき魔族との戦争に使われるますの」
「魔族との戦争?」
「そうですの。いつか来るらしいですよ?」
最後に残った肉を頬張りこれからどうすかを考える。
目指すは女神の住む山だがもっと強くなりたい。
このアヴィスには魔力が満ちている。
空気と同じ様に存在していてとても面白い。
「そういえばユフィは魔法を使えるんだったか?」
この世界の魔法が気になったウィザーは先程のユフィの言葉を思い出してたずねた。
「はい!まだまだですが魔法を使える才能がありました。両親は亡くなったけど亡き母から魔法を教わりましたの」
「そうか、見てみたいな」
「そうですか?……ではあの木に…………見えない風の刃よ敵を倒しなさい。風刃!」
その場で立ち上がったユフィが手を目標の木に向けて何かを唱える。
するとユフィの手から魔法が放たれた。
「はあ、はあ。どうです?杖が無いから魔力を多く消費したけど上手くできましたの」
魔法1発で肩で息を乱しているユフィに何とも言えない顔をする。
魔法が当たった木を見ると木皮が削れ魔法が当たったと示しているがその威力はウィザーと比べると弱い。
まだユフィが新人だからと見るべきかこの世界の魔法使いが弱いとみるか判断がつかなかった。
「……風の魔法を放つ前に唱えたのは?」
「え?……呪文ですが何か変ですの?」
「…………風刃!だったか?」
「え?」
座ったままのウィザーが手をユフィの目標だった木に向けウィザーが魔法を放つ。
ようは風刃とは風魔法でウィンドカッターと同じだ。
結果と効果は同じなのでユフィが言った魔法名でウィザーは魔法を放った。
ドシン!
「え~?!」
ウィザーが放った風刃はスーと木を通りすぎ傷をつけずに木を斬り倒した。
それを見て驚くユフィ。
ウィザーは地球で魔法を使った時よりも魔力の消費が少ないことに内心で喜んだ。
「な、なんですの?呪文は!杖無しなのにあの威力は?ウィザーさんは何者ですの!」
「俺は俺だ。アレぐらい普通だろ?」
「い、いいえ。そんな事はないですの!私が見た中でも一番の魔法ですの!冒険者の中にも凄い魔法使いは居ますが呪文も唱えずにあの威力の魔法を放つなんていないですの」
目を輝かせて興奮するユフィを見てこの世界の魔法使いのレベルは低いのかと落胆するがこのユフィだけの話を聞くだけではなく確かめてみるかとウィザーは思った。
「そうか、なら街に行くか」
「え?」
「お前も帰らなければならないのだろ?俺もこの世界を見てみたいからな」
「…………あの~」
「なんだ?」
何故か下を向き不安そうな声をだすユフィを不思議そうに見つめる。
「で、弟子にしてください!」
大きい声をだしウィザーに深く頭を下げる。
「弟子?」
「はい。ウィザーさんの魔法を見て私も強くなりたいんですの!」
ウィザーを見つめるユフィの瞳には強い意思がみえた。
だが我流でこの世界の住人でもないウィザーには魔法をユフィに教える事などできるはずもない。
「無理だな。俺の魔法は俺だけが使える物だ。人に教える事などできない」
「…………それでも強くなりたいんですの」
「復讐をしたいのか?」
否定しても強く自分を見つめるユフィに聞いた。
あの様な目にあわせた者に復讐するのは当然だとウィザーは思う。
「そ、そんな訳が…………ないです。た、ただ強くなりたいんですの」
真っ直ぐに見つめるユフィの瞳の奥に一瞬だが暗い炎が見えた。
口では否定してもその心の奥では復讐を望んでいるかのようだ。
「いいだろう。魔法を教える事はできないがユフィを強くする事はできるかもしれん」
「あ、ありがとうございますの!レベルを上げてウィザーさんの負担にならないようにしますの!」
「レベル?なんだそれは」
「………レベルも知らないんですね。レベルとはその人の強さを示すものですの。レベルが高いほど強く、レベルが低いほど弱い。冒険者になるとそれがわかるカードが貰え…………ア~!……カード、無くしましたの……」
レベルというものの説明中に大声をだし落胆するユフィ。
それほど大事な物なのだろうか?それがわからないウィザーは「どうしよう、どうしよう」と慌てるユフィを見て聞いた。
「それは大事な物だったのか?」
「………そうなんですの。カードは冒険者ギルドで再発行できるのですけど、紛失したら罰金で大金を払わなければカードを作ってはもらえませんの」
「冒険者になるときも大金を払うのか?」
「……いいえ。冒険者資格審査はありますがお金はかからなかったですの。身分証明にもなるので無くさないようにと受付のお姉さんに言われてたのに……うう」
「ふむ、身分証明か。俺も冒険者になるかな」
「え?」
「よし。街に行くぞユフィ!」
「え?え?…………アッ、待って下さい!置いてかないで~」
颯爽と歩きだすウィザーの後を慌てて追いかけるユフィ。
身分証の大事さを地球で学んだウィザーは立ちはだかる者を全てなぎ払い街まで進んだ。
本来なら3~4時間ほどで街にはつくはずがウィザー達が街に着いたのは1日後だった。
「お、重いですの」
「ユフィ!お前、生きてたのか?」
「え?」
この街の門番らしき武装をしたオジサンが重そうな袋を引きずるユフィを見て驚いた声をあげ近づきてきた。
街はウィザーの身長の5倍はありそうな石造りの壁で囲まれていた。
地球ではお目にかからなかった風景にウィザーの気分も高揚する。
「お前は死んだってダンの奴が言っていたがさすがは忌み子、しぶとく生きていたのか。それに何だその変な服は?」
「……はい。この人に助けてもらいましたの。この服もウィザーさんに……」
それを聞いて門番が珍しそうに石の壁を見ている変な服を着たウィザーに声をかけた。
「おい、お前は誰だ?この町の者ではないな。わざわざ忌み子を助けるなんて変わり者はこの街にはいない」
「…………」
「そんなのは知らん。俺は俺のやりたいようにやる」
「はん!善人気取りか?まあいい、この街に入りたいのなら身分証を見せろ」
「今は無い。これからもらいに行くところだ」
「………私も無くしました」
[じゃあ1人銀貨一枚だ。身分証があれば通行税が銅貨5枚だったんだがな。ユフィもわかってるな。冒険者カードを無くしたからにはタダで街には入れないぞ!]
ジロリと2人を見つめ威嚇する門番にユフィはびくびくしウィザーは平然と佇んでいる。
「金は無い」
「ハッ!馬鹿かお前達は、金が無いなら去れ。ここは文無しや忌み子が気安く入れる所じゃないんだよ」
シッシと手を振り森の方へと促す門番にイラッとしたウィザーがユフィの引きずっていた袋をその門番に投げつけた。
「痛っ!なにを……しやがります」
いきなり袋を投げつけられた門番が怒り、腰に差してある剣に手をかけるが袋からこぼれた物体を見て顔がひきつり声から勢いがなくなる。
なにやらデカイ袋を引きずっているいるなとは思っていた。
ユフィの倍はあろうかというと物が詰まっている袋だ。
おおかた採集した草や花だと思っていたら魔物の一部が袋一杯に入っている。
少なくても大小合わせれば20体分はあるだろう。
レベルが低いユフィではまず無理だろうからこの男の仕業だと察した門番は迷いをみせる。
暴れられたら怪我じゃすまないかもと。
躊躇う門番にウィザーは言った。
「これを売れば金になるだろう。それで支払う」
「………わかった。人を冒険者ギルドにやり査定させる。規則だから街の中には入れさせないがここで査定してもらう。それでいいか?」
「ああ、構わない」
「はい」
2人が頷いたのを見て門番は門の中に居る仲間に伝えた。
しばらく待っているとさっきの門番と赤い髪のほっそりとした体型の女性がやって来た。
「あ、ジュンさん」
「本当に生きてたんだユフィ。ダン君がユフィはゴブリンに襲われて死んだって一昨日伝えにギルドに来たのにどうなってるのよ?」
どうやら知り合いらしい2人のやりとりを眺める。
ジュンと呼ばれた女性は若くユフィより5以上は歳上に見える。
動きやすそうな服に赤色の長い髪に気の強そうな目が印象的だ。
身長はウィザーの胸ぐらいだから170センチぐらいだろうか。
胸はユフィと同じく薄く痩せ形だが女性としての魅力は鼻の下を伸ばしてジュンを見つめている門番を見ればあるのだろう。
それと門番から感じたユフィに対しての蔑みの気配を感じない。
ジュンと話すユフィの方も気を許している感じがある。
「まあ、いいわ。先に査定をしましょう。あの袋よね?」
「そうだ」
チラリとウィザーを見てジュンが袋を開けて中を見る。
「嘘!虹色鳥の羽に巨爪熊の爪、それに赤目狼の瞳にハイオークの金○とC級の魔石が3……D級が8………E級が16……森の奥に入らないと………2金貨」
「…………はい?」
「だから2金貨!あんた達が狩った獲物なのになんで驚くのよユフィ!」
「えっ……だって……」
「………貴方が一人でこれを?」
「そうだが、問題でも」
「…………ないわ。門番さん、はいこれ2人のお金ね。申し訳ないけど査定したお金は冒険者ギルドで渡すからついてきて」
「………確かに受け取った。通っていいぞ」
「そう。あ!ユフィはこれを着てついてきてね。死んだって報告されているユフィが生きて戻ってきたと彼に知られるとまずいからね。門番さんも暫く内緒でお願い………これは調査が必要だから。行くわよ2人とも!」
「は、はいですの」
「………」
門番はジュンの迫力に圧され頷き3人を通す。
地面に置いてある袋を軽々とジュンは担ぎウィザーとユフィに着いてこいと言って街へと向かった。
街に入ると好奇な視線を向けられた。
大勢の人間が行き交う中でもウィザーの姿は珍しいのだろう。
大きい袋を持つジュンを先頭に見慣れぬ服を着る大男とジュンから渡されたローブを頭まで覆う小柄な人が並んで歩くのは確かに怪しい。
この街の名はユフィが言ってたサイスというらしい。
数多くの魔物が住む森から王国を守る為に造られた街。
街全体を囲む巨大な石壁、魔物の素材を生かした武具。
食料も人が大勢集まり活気があるので商人なども多く集まっているらしい。
その為に冒険者も一流どころが揃い街の戦力としても冒険者ギルドの影響力は強い。
このサイスの街を治めるているはカージナルスという伯爵で貴族にしては珍しく武闘派で自前の騎士団の一軍を率いて街を治めている。
このカージナルス伯爵、冒険者ギルドのギルドマスター、商業ギルドのギルドマスターの3人が協力して事にあたっている為にこの2人のギルドマスターは伯爵に次ぐ発言力があるらしい。
だから門番もユフィの事は誰にも話しはしないだろうとジュンが歩きながら語るのをサイスの街並みを見ながら聞き流す。
石畳の道、レンガ造りの建物、通行手段も馬や馬車が目立つ。
街行く人々の服装も日本で見た服より古くさく感じた。
そんな街の様子を観察しながら歩く。
先頭を歩くジュンがそんな話をしてくるがそんな話には興味はなく、ウィザーは黙ってついて行く。
その理由は身分証の為だけなので。
大通りを真っ直ぐに進んでいくと前方に大きい建物が見えた。
「…あれが冒険者ギルドなの」
「ほう。まあまあだな」
冒険者ギルドの正面には剣や鎧、ローブ姿の人など様々な武装した人間が目につく。
「……アレはなんだ?」
「へ?……ああ、獣人ですよ。知りませんか?人間より身体能力が高く戦闘向きの人が多いんですの。特に虎獣人や狼獣人の方は力も強く素早いんですの」
冒険者ギルドに出入りする獣人を見る。
ほぼ人間のような姿なのだが頭部にある動物の耳、尻には尻尾が生えていた。
「ほら、こっちから入るわよ」
冒険者ギルドの正面ではなく隣の建物と隣接する狭い道に入っていくとギルドの裏手にあたる場所に出入口があった。
頑丈な扉がありジュンが鍵をさして開け中へと入る。
それに続いてウィザー達も中に入るとそこは倉庫になっているようで解体作業をしているギルドの人間らしき者達が魔物を解体している。
その内の一人にジュンは担いでいた大袋を渡した。
「これお願いね」
「はい!」
「さあ、上で話を聞きます」
ジュンに着いていき2階に上がると誰もいない部屋へと通され椅子に座らされた。
部屋の中はシンプルで出入口は1つ。
窓、カーテン、机、書棚、椅子にテーブルしかない。
「じゃあ先ずはユフィの話を聞こうかしら」
「はいですの。実は…………」
ウィザーの横にはユフィが、テーブルを挟み正面にはジュンが座る。
ここに来るまでに聞いた話をもう一度ジュンに話す。
「………そう、ダンがね」
「うう、私はどうしたら……」
「そうね。先ず、冒険者ギルドを通していない依頼については自己責任ね。言い方は悪いけどユフィの甘さが原因だからこの件でギルドは動かない」
「……はいですの」
「ただ……ダンが虚偽の報告をギルドにした件はダンに話を聞かないといけないわね。それとユフィは本当に乱暴されたの?」
「え?」
「私にはユフィが乱暴されたようには見えないのよね。前と変わらない様子だし、男に乱暴されたのに助けられたとはいえ、ウィザーさんも男なのに怯えをみせずに平気そうにしている。私も同じような女性をそれなりに見てきているけど昨日の今日でユフィほど平然としている人は見たこと無いわよ?」
ジッとジュンに見つめられてユフィも困惑した。
言われてみればそうなんだがウィザーから治療をされてから暗い感情は殆どわいてこなく単純に怖くなかった。
そんなユフィの様子を見てジュンは銀髪の体格の良いウィザーに視線を向ける。
いろいろな人を見てきたがウィザーほど変わった服を着ている人は見たことない。
清潔感があり上流階級の人が着るような服を着ている。
はいている靴も特注の見知らぬ革で出来ているようでどの様な人物であるか見えてこない。
実際、ジュンはこのギルドのNo.3に位置している。
冒険者ギルドを統括するギルドマスター、事務系の副ギルド長、受付統括のジュン。
荒くれの男達にも怯まず話すジュンは二十歳そこそこで抜擢された逸材である。
なのでジュンはユフィよりもウィザーの方が気になっていた。
「あの……襲われたのは本当なの。理由はわからないけどウィザーさんの側なら安心できて……その」
「う~ん。とりあえずユフィの事はダンにも話を聞かないとね。後日また話を聞くことになるけどいいわね?」
「はい」
「それとユフィの冒険者カードの再発行だけど3金貨いるわよ」
「……ええ~!!」
「それは高いのか?」
「た、高いですの……私がこの街で1ヶ月生活するのに2銀貨あればなんとか生活できるの。ギルドが支援している宿で安く泊まり食費も1日2食にして後は冒険に必要な物を買えば蓄えなんて今の私には無理ですの」
そう言うと顔を下に向け絶望の表情をするユフィ。
この世界の通貨の価値を知らないウィザーにピンとこない。
そんなユフィにジュンが助け船をだす。
「まあ、そうね。だから冒険者ギルドが貸してあげるわ。ユフィが受けた依頼料の3割をギルドへの返金にあててね。もし逃げれば……奴隷落ちよ?」
「は、はいですの!ありがとうございます。ハーフの私にそこまで……うう」
「じゃあユフィにはこの件の契約書を書いてもらうから、それが終わったらカードを渡すわ。次にウィザーさんの番ね。ウィザーさんにはまず査定したお金、2銀貨を引いて1金貨と98銀貨を渡すわ。本当なら1割は手数料で貰うけど今回はサービスよ」
ジュンはウィザーが見えるように目の前のテーブルの上に金を置いていく。
1と刻印してある金色の金貨1枚と10と刻印してある銀色の銀貨9枚の1と刻印してある銀貨8まいが置かれた。
この世界では百枚単位で貨幣価値が上がるようだとウィザーは推察する。
「ああ、受け取ろう。それと俺も冒険者カードが欲しいのだが」
「え?…ウィザーさんは冒険者ではないの?それであの量の魔物を………こほん、わかりました。冒険者登録には最低限の腕が……ってウィザーさんは大丈夫ね。だってあの数の魔石と素材を狩ったんだから。ですが規則でギルドが指名した者と試合をしてもらう事になっていますがいいですか?」
「ああ、構わない。相手は殺してもいいのか?」
「……ダメです。腕試しなので」
「わかった。善処しよう」
「はあ~。今いるのは誰だったからし………あ、ユフィのカードはウィザーさんの試験の後で一緒に渡すわね」
「は、はいですの!」
「では準備をしてきます。試験の用意ができたら呼びに来るのでこの部屋で待っていてください」
「わかった」
椅子から立ち上がり部屋を出ていくジュンを見送る。
部屋には2人だけとなったのでウィザーは確認したかったことをユフィに聞いた。
「ところでユフィ、奴隷とはなんだ?」
ジュンが言っていた奴隷落ちという言葉が気になったウィザーはユフィに尋ねた。
となりに座るユフィが驚いた表情をする。
「奴隷をしらないんですの?ウィザーさんはどこの出身なのですか本当に不思議な人ですね。奴隷とはその身全てを買われた人の所有物になり、人権も何もない物扱いになる事ですの。借金、犯罪者、戦争、孤児、誘拐など人を売り買いして金を儲ける商売があるんですの。私のようなハーフは更に狙われやすいんです。なにせ世間での扱いは奴隷より少し上ぐらいですから」
「それはどうやって言うことを聞かせるのだ?」
「奴隷には主人の言うことには逆らえない魔法道具を使い言うことを聞かせるんですの。逆らえば体に痛みや悪くすると死ぬらしいです」
「ふ~ん。つまらんな、そんな者に価値があるのか?」
「奴隷は結構な需要があるらしです。魔物の囮り使ったり鉱山で重労働とか……それにわ、私のような者のか、体………をその……」
最後の方は言葉を濁して恥ずかしがっているユフィだが言いたい事はわかった。
それをこの目で見たからだ。
ソファーに座り体をモジモジと動かしているユフィを面白そうに見ていると部屋のドアが開きジュンが戻ってきた。
「お待たせ。ん?どうしたユフィそんなにモジモジと体を揺らして……トイレ?」
「え?……ち、違いますの。これはその~……」
「?」
「もう準備はできたのか?」
「ええ、ギルドの地下の訓練場でウィザーさんの審査をするので着いてきて」
「わかった」
「あ、私も見たいですの」
ジュンに案内をされ冒険者ギルドの地下訓練場についた。
ギルド正面の受付の脇に地下に下りる階段があり冒険者なら誰でも利用できるらしい。
地下とは思えないほどの広さの訓練場で高さも5メートルはありそうだ。
長身のウィザーでも窮屈には感じなかった。
その訓練場の中央に1人の魔法使いぽい白いローブを着て手には宝石みたいに輝く白い杖を持つ女性が居た。
歳は30才ぐらいの美人で黒髪に黒の瞳、こちらを見て微笑む姿は優しそうだがいままでに見た人間で一番の気配をを感じた。
「マスター、連れてまいりました」
「マスターだと?」
「わわ、私知ってますの。この冒険者ギルドのギルドマスターで、このアヴィスで3人しかいない魔導師の内の1人。白の魔導師ユリ様ですの!」
「そうよ。勇者の末裔でこの国最強の魔導師ユリ・カネシロ様!かつて女神アヴィス様の結界を超え表アヴィスの国々を侵略していった魔族の一軍を国の垣根を超えて纏め、魔族軍を倒した勇者トシヤ・カネシロ様の子孫の中でも最強の名を頂くユリ様よ!」
声高らかに目の前の女性を紹介するジュンなのだがユリと呼ばれた魔導師は恥ずかしそうにアタフタしている。
「ちょっとジュン、その紹介は恥ずかしから止めなさい。その人、何の反応もしてないじゃない」
確かにウィザーは何の反応も示さなかった。
元より知らない世界で知識もなくドヤ顔で紹介されても反応のしようがなかった。
ただユリと呼ばれた目の前の魔導師の顔には日本人の面影が確かに見える。
こちらを見据えるユリの顔を正面から見ると黒の瞳、長い黒髪、顔立ちも整っていて日本人らしさの可愛さもみえる。
無言で見つめるウィザーにユリはニッコリと笑いウィザーを自分の近くへと招く。
「コホン、もう紹介はいいですね。ジュンの話では貴方は既にCランク相当の力があるとか、今回の試験はそれに相応しいかどうかを見る試験です」
「Cランク?」
「ええ、複数の魔物に囲まれても一人で倒せるぐらいの腕はあるのでしょう?Fは冒険者見習い、Eは初級冒険者、Dは一人前の冒険者、Cは中級、Bは熟練、Aは上級、Sは人を超えた冒険者、SSは……化け物ですね」
「そうです!このユリ様もSSの冒険者で40才になるのに未婚で化け物……」
「ジュンは死にたいのかしら?それに私はまだ36です」
「………すみませんでした!」
ウィザーの後ろで全力で頭を下げるジュン。
それを見つめるユリの瞳は冷く怒りのオーラを発する。
「それで試験の内容は?」
「………そうでしたね。ジュンの処分は後にしましょう。試験は単純です。私の攻撃に耐えられれば合格です。異例ですがCランクのカードを渡しましょう」
「……耐えるだけか?」
「アッ!いえいえ、ウィザーさんも攻撃してきて良いですよ。ただ……無理だと思いますけど。武器も好きな物をどうぞ」
そう言われ訓練場を見渡す。
壁には剣や盾、槍や弓などあるが、武器など使った事がなない。
だがこの展開も本で読んだ覚えがあった。
多くはFランクから驚異的な存在感を発揮し1年以内にSまで上り詰めていた。
皆が見守る中でウィザーは武器を手に取り確認する。
どれも軽く弱々しい、剣は振ると折れそうだし槍も同じ。
盾はウィザーの趣味に合わず弓は魔法を使える為必要ない。
ここに有るのは一般的な武器のためにウィザーにはどれも合わなかった。
そんな中で錆びた金槌があるのが目に留まる。
「ほう」
それを手に持ち振る。
明らかに人間では持ち上がらない大きさと重量。
全長2メートルほどで握り部分は黒い皮が巻かれ手が滑るのを防ぐ。
鉄でできているらしいその大金槌はただ殴り叩くだけの為に造られた無骨な物だがウィザーの身長と同じぐらいの長さがありこの中では1番手にしっくりときた。
「これでいい」
その大金槌を軽々と振りユリの元へと戻る。
「……力だけはあるようですね」
ユリはウィザーが持つ大金槌を見て思い出す。
今はこの街にはいない武器職人のドワーフ族の友人が造った大金槌で彼の最高傑作だと笑って言っていた。
その重量から誰も使えずついには錆びさせてしまったのだが………。
「まさかそれを使える人間が現れるなんて彼は何て言うでしようね。では準備はいいですか?」
「ああ」
「では、魔法でこの場を強化します。魔法障壁発動!」
ユリが訓練場の床を手に持つ白い杖の先でトン!と突く。
すると杖先から訓練場全体へと白い輝きが満たす。
「…さあ、いいですよ。どれだけ暴れようと私以上の力がなければ傷一つつかない障壁を展開しましたから」
「ふん、お前の力を試してやろう」
大金槌を肩で担ぎゆっくりとユリへと近づく。
それを見ても微笑みを絶さないユリがゆっくりと呪文を唱えた。
「氷よ我が敵を穿て…氷杭」
ユリを中心に冷気が舞いユリの頭上に3つの氷の杭が生まれた。
白杖を前に突き出すと3つの杭が同時にウィザーへと向かう。
風を切る早さで迫る氷の杭を面白くなさそうに見つめるウィザーは手にした大金槌を無造作に振るうと氷の杭が3つ同時に砕け散った。
「……やりますね」
「つまらん。もっと見せてみろ」
振るった大金槌を再び肩へと乗せ心底退屈そうに欠伸をするウィザーを見てユリは更に魔力量を上げる。
「静寂なる冷雪、絶対なる零度をもって我が敵に死を……氷檻」
ユリを中心に試験場が凍る。
試験場の地面が氷りウィザーへと迫る。
それを平然と見つめるウィザーの体が氷に包まれた。
「ウィザーさん!」
「はあ、やっぱり凄いわユリ様は、今の魔法は中級魔法氷檻。あの魔法範囲内の全ての敵を凍らせる」
2人はユリが作った魔法障壁の外でこの試験を見守っていた。
魔法障壁の外まではユリの魔法の影響は無いが中は真っ白に染まっている。
そして氷に閉じ込められたウィザーの姿も見てとれた。
「フフフ、もう終わりですか残念ですが試験は……え?」
ピキ!
氷の中のウィザーは身動きはしていない。
だがその回りの氷に亀裂が入る。
ガコン!
「それが本気か?」
氷が割れ中から出てきたウィザーに傷は無い。
何事もなく平然としているウィザーに初めてユリは恐怖が沸いた。
「……まさかあの魔法で倒せませんか、なら本気で行きますよ。凍れ凍れ太陽よ凍れ、深淵なる地の底より這い出る……え?」
「遅い!」
「キャア!」
いつの間にかユリの目の前に大金槌を振りかぶるウィザーがいた。
それは目にも止まらぬ速さで振り下ろされユリに迫る。
ギン!
大金槌がユリに当たる直前で何かに阻まれる。
透明な盾がユリを守り大金槌を止めたかに見えた。
ユリは驚いたが念のために張っていた魔法盾が身を守ったと思った瞬間にそれは砕け散ると大金槌はユリの左腕に当たりその腕をもぎ取る。
「ユ、ユリ様~!!」
「ヒッ!」
驚愕の表情で叫びジュンが魔法障壁を叩く。
ユフィは驚いて声がでない。
「グッ……貴方は何者ですか?」
「そんな事はどうでもいい。それよりもっとだ」
「え?」
「もっとお前の力を俺に見せろ」
「ま、待ってください。ユリ様はもう戦えません。試験は合格ですからもう止めてください」
悲痛な叫びが魔法障壁の外から聞こえる。
ジュンが見つめるなでユリの左腕から大量の血が噴き出ている。
「ええ、合格よ…クッ」
「ユリ様!早く魔法障壁を解いてください!」
「うるさい!いつ止めるかは俺が決める。再生」
障壁を叩くジュンを一睨みしウィザーは呟くとユリの左腕が光り噴き出す血が止まると白い腕が生えた。
「「「えええ!!!」」」
驚く3人にウィザーが告げる。
「さあ、やろうか。その効果は7分。それまで誰も邪魔をするな」
魔法障壁の外の2人はウィザーから放たれる殺気に怯え素早く頷く。
ユリは血だまりの中で立ち上がるとウィザーに向き直る。
「……貴方は何者ですか、人体の欠損を完璧に治すなど神殿の高位司祭クラスですよ。それにこんな簡単に一言だけで魔法発動させるなんて……まさか、勇者様なのですか?」
「そんなのは知らん。それより立ち直っているなら行くぞ」
再び振り下ろされる大金槌。
それからの7分間は地獄の時間だった。
ユリが魔法を唱える事を許さないウィザーはユリの体を簡単に破壊する。
右足が吹き飛び治ると腹に穴があく。
首以外のユリの体は5分間ウィザーにもてあそばれた。
「………はあ、はあ」
「ふむ。もう限界か、これ以上は血が足りなくなるか。なら最後だユリ、お前のもつ最高の魔法を俺に見せろ」
白いローブは原型を無くし、ユリの白い肌を露骨に晒す。
ローブで体つきまではわからなかったが華奢な体つきに豊満な乳房、括れもあり足もスラッとしている。
なぜこれで結婚できないのか不思議な事だ。
自身の血が女性としての大事な部分を隠してはいるが白い肌と赤い血がより彼女の美しさをかもしだしている。
「はあ、はあ、はあ。一つお願いがあります」
「ん、なんだ?」
「私が貴方に傷をつけられたら私に貴方の子種をください」
「なに?」
突如意味不明な事を話すユリに首を傾げる。
これだけ拷問のようなウィザーの攻撃にもユリの精神は耐えた。
そして決意の瞳を宿しウィザーを見つめる。
「結婚してとは言いません。私は勇者の末裔としての誇りがあり、私以上の男性を求めてきました。母や祖母は血を残す事の方が大事だと無難な男性をと言いますが私はそれを受諾できなかった。既に勇者の血は弟の子供に受け継がれています。才能が無い弟ですが勇者の血は後世に残るので私は自由になり家を出て冒険者ギルドのギルドマスターを任され最高ランクSSまでなるとこの世界に居る男性に興味は失せました。
同じクラスの男性も何人か居ますが負けると思う事はありませんでした。ですが貴方には敵わないと私の人生で初めて感じた。だから私は貴方の子種が欲しい。貴方とわたしの子ならきっと初代様と同じく最強の存在になるはずです」
真剣な瞳でウィザーを見つめ続け両者ともその視線を外さなかった。
障壁の外の2人もこの展開に言葉を失う。
「それでお前の本気が見れるならいいだろう。だが子供が出来るかは保証しないぞ?」
「ありがとございます。それでも私は貴方の子供が欲しい。初めてです、これほどまでに男性に惹かれるのは……これが恋ですか?不思議です心が満たされるようです。この熱はきっと私の子宮にも届くはずです。ウィザー様、ユリ・カネシロ参ります。………全てを溶かす灼熱の炎、時を凍らす深淵の凍結、その全てを包む混沌の風雷……」
「ま、待ってください!ユリ様!この街を消滅させる気ですか!」
「え、え?」
切羽詰まった声を上げるジュンに状況を理解していないユフィが戸惑った顔をする。
その2人の視線の先には膨大な魔力を吹き出し苦悶の表情を浮かべるユリの姿があった。
「……お待たせしましたウィザー様。これが私の全力でございます……爆雷の薔薇」
炎、氷、風、雷。
ユリが差し出した杖の先から宝珠のように輝き現れる野球のボールぐらいの玉。
それは赤、白、緑、黄と目まぐるしく色を変えウィザーに迫る。
その玉から感じる尋常ない魔力に自然とウィザーの口元に笑みがこぼれる。
「ハッハ~!素晴らしいぞユリ」
ウィザーは手に持っている大金槌を振り上げると迫る魔法の玉にありったけの魔力を注いだ大金槌を振り下ろした。
大金槌とユリの魔法がぶつかる。
ウィザーの至近距離で爆発するユリの魔法。
それは一瞬でウィザーを包むように覆うとウィザーの視界は闇に染まる。
そして暗黒の中で輝き咲く薔薇のような物が見えたと思ったらその薔薇を包むように迫る炎、雷、氷の風がウィザーに向かってきた。
灼熱の炎が肌を焦がし、雷が肌を切り裂く。
そして思考さえも凍らすほどの冷気が爆発し白く染めた。
膨大な魔力が魔法障壁を駆け巡りユリの魔法障壁に亀裂がはしる。
「……凄い」
「ウィザーさんは?」
白く染まった障壁内は中にいる2人の姿を隠している。
一向に収まることのないユリの魔法にジュンは動揺した。
「ど、どういうこと?なんでユリ様の魔法が収まらないの?」
「え?」
「わからないのユフィ。攻撃系の魔法は発動すれば後は結果を残し消えるだけ。このように存在し続ける事なんてないのよ。それにこの魔法はユリ様の最大の魔法、一瞬で全てを破壊する攻撃魔法なのよ。ユリ様の魔法障壁がなければこの街が消し飛ぶほどに」
「………じゃあまだ結果がでてないのでは?」
「え?」
「だってウィザーさんが中にいるの。あの人が黙って殺られるはずがないの」
「ば、馬鹿いいなさいよ!この魔法を受けて生きてるな…ん…て」
2人が見つめるな中で魔法障壁の中から黒い影が伸びる。
いつの間にか手にしていた大金槌が金銀色に輝いている。
「………ミスリルとオリハルコンの大金槌。あのドワーフ……あんな物をゴミ同然にここに置いとくなんて……」
白を斬り裂く金銀の大金槌。
それはユリの魔法の核というべき魔力の塊を押し潰しながら地面に激突した。
「おら~!!」
パキン!
普通の人は感じる事のできない魔法の核、それが砕けるとユリの放った全ての魔法が訓練場から消失した。
ユリの魔法はその最大級の威力を発揮する前にウィザーの手によって止められた。
だがその余波はウィザーの体に傷跡は残した。
その様子を離れて見つめるジュンとユフィは呆然として、ユリはウィザーの足元で裸で倒れ意識を無くしているがその表情は笑みを浮かべている。
「ユ、ユリ様~!」
「ウィザーさん!」
ジュンは倒れているユリに近づくと息をしているのを確かめて安堵する。
そして彼女を抱えると一目散に訓練場を後にした。
「……ウィザーさん?」
意識はあるが黙ったままのウィザーに心配そうにユフィが声をかける。
「ククク、いいなこの世界は。これが楽しいということか、この世界に来て正解だった」
「ウィザーさん?」
「ああ~、ユフィか……ククク、腹が減ったな飯にしよう」
「…………はい。ご飯にいきましよう。だけどその……服が……それと体の傷は治したほうがいいですの」
「服と傷?」
ユフィに指摘され体を見ると上半身の服は無くズボンもボロボロだった。
両腕を上げて見ると腕は焼け裂傷もしていた。
相変わらず見た目ほど痛みは感じない体だと思いながら回復魔力を使う。
あれだけ大金槌に魔力を注いだがまだ自分の持つ魔力の限界がみえない。
とりあえず両腕と体の治療すると瞬く間に傷が癒えた。
アイテムボックスから服などを取り出し着ると金銀に輝く大金槌が近くにあるのを拾い訓練場の壁に立て掛ける。
あのユリの魔法に対して無意識に魔力を注入したが結果的に面白かったからいいかと大金槌から視線を外しユフィを従えて階段を上がる。
ただ魔法とは違い直接攻撃する事に楽しさも覚えた。
上に戻ると大勢の冒険者が見えるがジュンの姿はない。
仕方なくウィザーとユフィはギルドの外へと出て飯屋に向かうことにした。
ユフィの薦めで安く旨い飯屋に着くとすぐに注文をして平らげる。
ユフィは姿を隠すためのローブを羽織、頭まで隠してウィザーの正面に座る。
店の人間もユフィを邪険には扱わず金さえ払えば問題なく美味しい飯が食えたと話すユフィ。
テーブルに積まれる皿の数が30枚に届こうかというときに店の人間が来て一先ず精算してほしいと言ってきた。
「幾らだ?」
「は、はい。お連れさんも合わせて銅貨128枚だから………1銀貨と28銅貨です
」
ユフィが安いと言うだけあって一皿3~5銅貨だった。
ウィザー自身はそこそこの飯が食え腹は満たされた。
ウィザーは店員に1銀貨と50銅貨を渡すと適当に残りの金で料理を頼む。
店員も金がある客とわかり笑顔で奥に消えた。
「あの、ウィザーさんはこれからどうするのですの?」
「カードを貰えばこの街に居る必要はない。だがお前の武器や防具、借金を返さないと動けないか……」
「………うう、すみませんですの」
シュンと項垂れるユフィ。
「金などあの森に行けば幾らでも稼げるだろ?」
「え?……ですが借金は5金貨ですの……ゴブリン一匹5銅貨、採取依頼も合わせても森に入ってすぐの場所しか行った事のない私には厳しいですの」
「なら奥に行けばいい。お前を鍛えるには丁度いい」
「え?………わ、わかりましたやりますの!」
「そうと決まれば次は武器や防具を買いに行くぞ」
「は?……ですがお金が……」
「ふむ。なら貸しだな、森にいる間はお前が飯を作れ」
「え、それで良いんですの?」
「構わん。喰ったら行くぞ!」
十分に腹を満たしたウィザーはユフィを連れ武器や防具が売っている店へ向かう。
念のためにユフィが一度も利用した事のない店へと入った。
さすがに姿を隠したままでは装備品を選べないのでユフィはローブを脱ぐとあからさまに店の店員の態度が変わった。
「チッ、ハーフかよ。金はあるんだろうな?」
「……はい」
「ふん!ならこいつでいいだろう?」
防具屋の店員が差し出したのはボロボロの中古の皮の鎧だった。
「いえ、その……後衛なので皮の胸当てとか皮の籠手とかが……」
「アア!生意気だぞハーフのくせに、お前に売れるのはこれだけだ有り難く10銀貨だしな」
「そ、そんな……中古でボロボロの鎧なんていらないですの。それに10銀貨なんて高すぎるの」
そんな2人のやり取り見ていたウィザーが店内を見渡すと店員が薦めるのと同じ新品の鎧が5銀貨で売っている。
「おい、ユフィが言っているの売れ」
「はあ!なんだと、ハーフなんかに………はい。私めにお任せをお嬢さんこちらへ」
「え、え?」
急に態度を変えた店員に戸惑いつつも着いていく。
店の奥で話し合う2人が戻ってくるとユフィは真新しい防具をつけていた。
皮の胸当てに皮の靴と腕を守る防具も付けこれで8銀貨だった。
店を出て次は武器屋に向かう。
その間、ユフィはウィザーをチラチラと見る。
「なんだ?」
「えっと……あの人に何かしたんですの?」
急に態度を変えた店員の事を言っているのだろう。
「さあな、奴の良心が咎めたのだろう?」
「………ありがとうですの」
同じようにユフィの事など知らないであろう武器屋に着くとさっきと同じ態度だったのでさっさと済ませる為に魔眼を使う。
ユフィは腰にショートソードを手にはショートボウを持ち矢筒と矢を30本購入して店を出た。
後は魔法用に杖を購入するために魔法具屋へと向かった。
店に入ると短いのは指輪からウィザーの背丈ほどある杖まで多様にある。
「あの……腰にさせるぐらいの杖が欲しいですの」
「フフ、嬢ちゃんは冒険者かい?」
「はい」
「ならこれなんてどうだい?」
この店の主人は黒のローブを羽織る人間の老婆だった。
ただこれまでと違いローブを脱いだユフィに普通に接している。
その老婆が差し出したのはシンプルな銀の指輪だった。
「え?…指輪型は高いですの魔法を使うのには便利ですけど………」
「50銀貨だ。品質もまあまあの物だし、弓を使うお嬢ちゃんにはピッタリの品物だと思うがの」
「まあ、そんなんですけど………」
ユフィの顔が強ばる。
防具に8銀貨、武器に10銀貨使った。
月に4銀貨ぐらいで生活をしていたユフィには考えられない金の使い方でハッキリと言ってこんな大金の掛かった装備を身に付ける事の無かったユフィの足が震える。
自分では判断がつかないのかユフィは視線をウィザーに向けるとそこに頷くウィザーの姿を見た。
「………か、か、買いますの」
「ホホホ、ありがとねお嬢ちゃん。そちらのお方も何かいるかい?」
「そうだな、回復薬はあるか?」
「あるよ。ヒールポーションとマナポーションがあるがどっちだい?」
「両方2づつくれ」
「ホホホ、あいよ。ヒールポーションは1つ10銅貨、マナポーションは1つ30銅貨だから指輪の代金と合わせて50銀貨と80銅貨だね。値段が安い奴だから効果は軽傷と魔力を少し回復するだけだよ?」
元よりユフィ用に使うつもりのウィザーはそれに頷き金を老婆に払う。
老婆はそれを受け取ると親指ほどの大きさの緑と赤の小瓶を袋に入れてウィザーに渡す。
「緑はヒールポーション、赤はマナポーションだよ。それにしてもお客さん達は珍しいねぇ」
「何がだ?」
「普通は値段を値切るんだよ。それをこちらの言い値で買うのにちょっと驚いてね」
「ふ~ん。そういうものか?俺はそれで良いと思ったから買っただけだ。そう言うお前さんもハーフのユフィに普通に接しているのには驚いたぞ」
「ホホホ、商売人が客の姿を見て値段を変える馬鹿が嫌いでね。私はそんな馬鹿になるのは嫌なのさ」
老婆がそういうとユフィは驚いた表情をしたがウィザーはそれを聞いて頷いた。
店を出て冒険者ギルドに戻ると1階受付にジュンがいた。
「あ!待ってたよ2人とも。ごめんねすぐにカードを用意するから2階のあの部屋で待ってて」
ジュンが直接声をかける事から訝しげにこちらを見る冒険者達がいるがウィザーは構わずギルドの2階へと上がる。
それにユフィも続いて部屋に入るとソファーに座りジュンを待った。
しばし待つと2人しかいない部屋にジュンが入ってくる。
2人の正面のソファーに座ったジュンがカードを2人に手渡した。
「ユフィはわかるから説明は要らないよね。ウィザーさん、このカードのここに魔力を少し流してみて」
「ん、こうか?」
運転免許証ぐらいのカードの隅に金色の小さい丸が書いてある。
そこにウィザーは魔力を流すとカードが一瞬発光して光が消える。
「うん、それで終わり。そのカードには名前と発行したギルド名とランクが書いてあるだけだけど中身は情報のかたまりだからなくさないでね」
「情報?」
「ええ、そのカード中に受けた依頼や魔物の討伐数、そして金の受け渡しもそのカードだけでできるから重い金を持ち歩かなくてもいいのよ。それに身分証にもなるからどこの国でもそれで仕事ができるし立ち寄った冒険者ギルドで金もおろせるから大事にしてね。ね!ユフィ」
「は、はいですの!」
「うんうん。ユフィはランクFでこのギルドで5金貨の借金をしてるから約束通りに依頼料から3割を返済にあてる。ウィザーさんは……」
どこか言いにくそうにするジュンを見てウィザーは自分のカードをみるとCランクになっている。
「……さすがに前例が無いからユリ様を倒したとはいえCランクからでお願いします」
「ああ、構わない」
申し訳なさそうに頭を下げるジュンにウィザーはランクに興味がないのでぶっきらぼうに答えた。
「それと……ユリ様がその……」
「ん、なんだ?」
更に言いにくそうにするジュンに首を傾げる。
「ユリ様がウィザーさんに着いていくので待ってて欲しいと………」
「ん、なんでだ?」
何故ユリが着いてくるのかと不思議に思っていると。
「ウィザーさん。ユリ様との約束なの。ウィザーさんに傷を負わせたらこ、子種………」
「ア~、そうだったな。ユリはどうした?」
あの時の約束を思いだし手を叩くとこの場に居ないユリの事を尋ねた。
「ユリ様はウィザーさんの回復魔法のおかげで怪我は無いですがその、血を大量に流されたので貧血で寝ています。起き上がり通常通りに戻るまで1週間、それと必死に引き留めていますがユリ様はギルドマスターを辞めると言っています。その引き継ぎなどで1週間は自由に動けませんのでそれまで街にいて欲しいと言ってと頼まれました」
2週間?ウィザーは横に居るユフィに何日だと聞くと14日間だと答えた。
1年360日で12ヶ月あり、月は1ヶ月30日で1週間は7日だった事から地球とほぼ同じ暦だと判明した。
そして今は4月9日。
ユリが合流するのは4月23日となる。
「わかった。約束通り2週間は待つがそれ以上かかるなら俺はここを出ると伝えろ」
「わかりました」
「それと宿だが」
「あ!それならユリ様の家があるのでそこを使ってくださいと言われてます。ここから離れていますが人通りの少ない静かな場所ですよ」
「あのう、もしかしてあの屋敷ですの?」
「知ってるのか?」
「はい。なぜか街外れにある立派なお屋敷ですの」
「えっと……そこはユリ様が結婚したら住む為に購入した屋敷なんですけどその本人があまり使わずに10年以上そのままで………手入れはしてますのでウィザーさんにぜひ使って欲しいとユリ様がその………」
「それは………何も言えないの」
「ふむ。そこで良いぞ」
「本当ですか!ユリ様も喜びますよ。それとウィザーさんが試験で使用した大金槌も持っていて下さい」
「ええ~!あれは一財産ですの、ギルドで保管すればいいですのに?」
確かにオリハルコンとミスリル金属を使用した一級品の武器である。
希少な金属を惜しみ無く使用した武器などその価値は天井知らずの値がつくだろう。
「……そうなんですけどアレ、元の姿に戻ってるんですよね」
「え?」
「だから見た目が古びた大金槌になったんです。それをギルドで保管するとしても理由が………魔力量の多い職員がウィザーさんのように魔力を流してもあの姿にならないし重し、ぶっちゃけあの姿を見たのは訓練場に居た私達だけなのでだったらウィザーさんに差し上げるとユリ様が……」
チラチラとこちらの顔色を伺うジュンにすぐに頷く。
ユフィと共に見た武器屋では満足のいく獲物は無かった。
それでもいいかと思っていたがアレが使えるのなら楽しみも増えると考えて承諾したのだ。
早速、ウィザー達は訓練場へと行き大金槌を持ち上げアイテムボックスにしまう。
ギルドでの用も済んだのでユリの屋敷へと移動した。
ギルドから歩いて30分ほど、因みにこちらの世界も1日が24時間だ。
賑わいをみせる大通りを抜け閑静な場所に着く。
場所的には悪くはないが建物は少なく閑散としていた。
その中で異様に存在感のあるユリの屋敷が見えた。
「なぜここはこんなにも寂しいのですの?」
中心部にも近く開発が進めば賑わいそうな感じがする。
「あ~、この土地の大部分がユリ様の物だからよ」
「ええ~!!こ、この建物が無い一帯がですの?」
「ええ、この屋敷もこの広い土地の一部なのよ。なんでもユリ様がこの街のギルドマスターになるのにあたり王様が動いたとか何とか……」
「ふん。寝るところがあるならそれでいい。それに明日から森に入るから準備をしとけよユフィ」
「え、え?聞いてないですの」
「は?……なんで森に行くのよ?」
「ユフィの修行だ」
「ちょっと待って!ユフィの件をダンに聞いてないのよ。ギルドにも姿を見せないし、あいつ何処に行ったのよ!だからそれがハッキリとするまでユフィには街に居てもらわないと」
「……なら2日時間をやる。それまでにこの件を片付けろ」
「……わかったわ。ギルドの総力を上げてダンを捕まえてやるんだから!」
ジュンはウィザーに屋敷の鍵を渡し急いでギルドへと帰った。
ユリの屋敷は高い壁が周囲を囲み西洋風の家で2階建で広くいくつも部屋があり風呂も付いていた。
聞いていた通りに清掃もしてあるようでゆっくりと風呂に入り食事をして2人は別々の部屋で寝た。
翌朝、ウィザーは街の市場に出かけ大量の食料を買いに行った。
アイテムボックスにはまだ日本の食料が入っているが現地の食材にも興味が沸いたせいだ。
見たことの無い肉や野菜、果物などを大量に買い込みホクホク顔で屋敷へと戻る。
ダンのせいで外に出歩けないユフィは屋敷で留守番。
昼近くになり二人分の昼食の準備を支度をし始めたころに屋敷のベルが鳴り来客を告げる。
ユフィは手を止め玄関にいくと荒い息を吐くジュンの姿があった。
「どうしたのですか?そんなに慌てて」
「はあ、はあ、はあ。ユフィ、ダンが死んでいたわ」
「え?」
「街の外に出ていた冒険者が複数剣で刺されているダンの死体を見つけたのよ。剣は粗悪品で物取りだろうと判断されて街の守備隊から冒険者ギルドに連絡がきたのよ。彼は身寄りはないしギルドメンバーだから私が直接引き取りに行った。装備品は剥ぎ取られ財布は無し、ただダンに抵抗した痕が無かった事から顔見知りかもって説明をされたわ」
「………そう、ですか」
「ユフィ、これは口封じかもしれない」
「え?」
「あなたは貴族からの依頼をダンがそれを受けて森に行ったと言ったわよね。そして襲われダンがその貴族からお金を貰っていた………ユフィ、その貴族は誰なの?」
「し、知らないの。私みたいな者が貴族様と会う機会もないし………」
「じゃあ何か特徴は覚えてない?」
「………茶色の髪でぽっちゃりしていてダンより少し年下みたいに見えたけど」
「ダンとユフィは同い年よね。ダンは16才……14歳ぐらいの男性で髪は茶色でデブの貴族………」
「…………」
屋敷の玄関で考え込む2人の背後から買い物から帰ってきたウィザーが鉢合わせた。
「なんだ?」
「あ、おかえりなさいなの。実はダンが死んだってジュンさんが知らせに来たの」
「ほう、死んだのか」
「ウィザーさん。貴方は何か見てないですか?」
「知らんな。俺がユフィを見たのは既に汚されゴブリンといったか?その魔物に犯される寸前のユフィの姿だけだ」
「そう……ユフィ、これは忠告よ。できるだけ身を守る術を身に付けなさい。相手は口封じにダンを殺す事を躊躇わないほどの奴等よ」
「………はい」
「私も少し注意をしてみるわ。さすがにこの街にはもういないでしようから姿を隠して街を出歩く必要もないでしょけど………あのローブはあげるから外に出るとこには羽織って目立たないようにね。念のためよユフィ」
「はい。ありがとうジュンさん」
「ふう~。とりあえずギルドとしてはこの件は終わりよ。ダンは死にユフィが襲われたのもギルドを通していない依頼だから自己責任。ウィザーさん達は森へ行くのでしょ?行くならギルドに張ってある依頼を幾つか受けて行ってもらえると助かるわ」
「そうか、なら適当に受けておくか」
「ありがとう。ユフィ頑張りなさい」
「は、はい!」
ジュンは去り残った2人は昼食を屋敷で食べ冒険者ギルドへと向かった。
ユフィはフル装備で、ウィザーは身軽過ぎるスーツ姿だ。
ギルドに入りランクC~Fの依頼書が張ってある場所にたむろしている冒険者が数人いるが構わずウィザーとユフィは依頼書を見て剥がす。
討伐依頼から採取まで20枚ほど剥がすとそれを受付に持っていく。
それを見ていた冒険者達は苦笑いをする者、あからさまに馬鹿にした笑みを浮かべる者、見たことのないCランクの男に対して観察する者が居た。
受付に居た女性職員は見慣れぬ大男のウィザーに驚きつつ依頼書を受け取る。
20枚もの依頼書を持ってくるのにも驚いたが、大男から受け取ったCランクのカードには全クラス受容可の特別印があった。
勿論、カード内にこっそりと書かれているのでウィザーは知らない。
(何者なのよ!)
ハーフの少女はよく見かけたことはある。
同じくらいの男の子とパーティーを組んでいた。
簡単な採取やランクに合った依頼を受けていた覚えがあったが大男の方は体格はりっぱだが、着ている服を見ると冒険者には見えず初顔でウィザーと書いてあるカードの名前を見ても知らない冒険者だった。
内心の驚きを表にださずに受付の女性職員は仕事を済ますとカードを2人に返す。
「依頼に書いてある物はあちらの受付にて査定します。問題がなければ依頼達成でお金も向こうで貰ってください。それとパーティー登録はなされますか?」
「…………パーティー」
受付の女性とユフィから視線を受け考える。
ダンが死亡しているのでユフィのパーティー登録は解除されている。
少なくとも暫くは一緒に行動をするのでそでもいいかと頷く。
「ではウィザー様とユフィ様でパーティー登録をします。パーティー名はどうしますか?」
受付の女性に問われユフィを見るがフルフルと首を横に振られウィザーに任せる意思をみせる。
「そうだな、アルカディアにするか」
「………アルカディアですの?」
「ああ、俺の生まれた世界の言葉だ。意味は理想郷」
「………理想郷」
ウィザーはこの世界に来て感じた事を、ユフィは言葉の意味を聞いて夢見るように呟いた。
「知らない言葉ですがその名前で登録をしておきます」
女性職員は慣れた手つきでパーティー名を登録すると2人を送り出した。
まだ昼を過ぎたばかりで明るい。
武器、道具、食料は全てアイテムボックスに入っているのでこのまま森へと向かっても問題はなかった。
ユフィにその事を問うと緊張しながらも反対しなかったので魔物の森へと向かう。
魔物の森へと出る街の門を通るとあの門番が居た。
今回は2人とも身分証である冒険者カードを持っているので絡まれる事もなく街を出た。
街から森まで凡そ4時間ばかり平野を歩く。
昨日の戦いの疲れも見せずに
森まで続く整備された道を進むと色々な気配を感じた。
ウィザーの膝ほどの草が生えている街道沿いは子犬ぐらいなら姿を隠せる。
「ユフィ、右から3匹何かが来るぞ」
「え?」
「気配は弱いからユフィに1匹任す」
「は、はい!」
ウィザーの見つめる先を目で追い腰のショートソードを抜くと構える。
すると草を掻き分ける音が聞こえ3匹の魔物が出てきた。
「一角犬ですの!額の角で突進攻撃をしてくるので注意ですの!」
「ウィンドカッター」
ユフィが叫ぶのと同時にウィザーは魔法を唱えた。
見えない風の刃で2匹の一角犬の首が飛ぶ。
「後は任せる」
「は、はい!」
仲間が死ぬのを見て一角犬はウィザーからユフィへと向かった。
スピードをつけ飛び込むように額の角をユフィに突きだし攻撃をする。
「えい!」
ガギ!
何故か避けずにユフィはショートソードで一角犬の攻撃を受け止める。
子犬ほどの大きさの一角犬の突進を何とか止めると両者は弾かれたように互いに距離ができた。
「……何だその戦いかたは?」
「え……これが普通ではないんですの?まずは敵の動きを止めてからじゃないとこちらの攻撃も当たらないですし」
[いくそ!]
「五月蝿い!少し待て!」
[………わかた]
ユフィの話している最中に攻撃をしようとする一角犬に睨みを効かせ黙らせる。
それを見てユフィが首を傾げた。
「ウィザーさん。まるで一角犬と言葉を交わしているように見えるのは私がおかしいんですの?」
「なに?話しているだろうこいつは」
「………いえ。私にはガウ!キュン!としか聞こえないですの」
「なに?この世界の魔物は人の言葉を話せないのか?」
「………人の言葉を話す魔物というのは聞いたことは無いですの。それと同じで魔物の言葉がわかる人もいないですの」
「ふ~ん、まあいい。それよりお前の戦い方だ」
「………けっこう重要な発見ですのに」
おなしく2人を見つめる一角犬は言われた通りに待つ。
その間にウィザーはユフィに戦い方を教える。
専門知識など無いが違和感を覚えた事を伝えた。
「なぜ一角犬の攻撃を避けてから隙をついて斬りつけない?」
「えっと、ダンが避けるより受け止めろって。その方が安全に倒せるからって」
「ほう。なら今から剣を使うときは敵の攻撃は極力避けて攻撃をしろ。できるだけ怪我をしない戦い方を身に付けろユフィ」
「は、はい!わかりましたの」
どうやらダンという男は初めからユフィを捨て駒にするきでいたらしい。
小柄なユフィが力勝負をするのがおかしいと気づいたウィザーはそう指示する。
再び向き合う1人と1匹。
飛び込んできた一角犬の攻撃を大きく横に避け斬りつけるが避けられた。
「避ける距離は短くしろ。相手の動きを観察し、その動きを見れば半歩で敵の攻撃を避け剣で斬れるだろう」
「は、はい!」
と、言うものの互いに攻撃は当たらず時間だけが過ぎる。
ユフィも一角犬も疲労から荒い息を吐く。
「止めろ!」
「!」
[へい]
ウィザーの言葉にユフィと一角犬の動きが止まる。
「このまま戦っても日が暮れる。だいぶ動きも良くなってたがまだまだだな。そこの魔物、名前は?」
[…………コタロっす]
「ここで死ぬか食べ物をやるから去るか選べ」
[食べ物欲しい。俺っち達は常に飢えてるっす]
それを聞いてウィザーはアイテムボックスから骨付き生肉を1つだすとコタロに与えた。
[………こんな良い肉くれるか?旦那に着いていけばまたくれるか?]
「ほう、着いてくるか」
[肉くれるなら着いてくっす。その女の相手もするっす。手加減するっすよ?]
「ふん!」
[ガフ!……何を?]
手加減と言ったコタロをウィザーは蹴った。
腹を蹴られコタロの口から食べた肉の破片が飛び出る。
「手加減だと、ユフィと戦った時もしてたか?」
[………してないっす]
ウィザーから迸る殺気を受けコタロが震えながら答える。
横で見ていたユフィも足が震えていた。
「ならいい。手加減などするな殺す気でユフィと戦え……いや、ユフィを殺せ」
「な、なにを言ってるんですの?」
[………いいんですかい?]
「構わん。それぐらいしなければ成長などせん。それにな………耐えろよ」
[え?………ギャフン!]
言われた意味がわからずウィザーを見つめていたコタロの体が吹き飛ぶ。
先程より更に強くウィザーに蹴られコタロの手足が折れ地面に転がる。
[グハッ………なんで?]
「ヒール」
血を吐き動かなくなった手足に力をいれるが体中に激痛が走る。
やはり殺されるのかと思った時に体中の痛みが突然無くなった。
[………え?]
「これでわかったか。その程度の怪我など問題にもならん。俺達は森の奥へと向かうがそれでも着いてくるか?」
[行くっす]
「なら進むぞ。森の手前で今日は野宿だ」
[了解っす]
「ま、待ってください。一角犬は角が売れますの、それに魔石を回収しないと………もう!話を聞いてほしいですの~」
意気投合したウィザーとコタロが颯爽と歩きだす。
その後を角と魔石を回収したユフィは遅れまいと小走りに着いていった。
ユフィとコタロの戦闘で時間を浪費したため森に着く頃には空が暗くなり始めていた。
「よし。飯を喰ったら夜間戦闘の訓練をする。ユフィとコタロはそのつもりでいろ」
「は、はい!」
[了解っす]
森の手前は野宿がしやすいように広く整備され多くの冒険者がテントを張り野営する姿も見える。
その中を一角犬を連れてきたウィザーを見てひと騒動あったがウィザーの威圧とユフィの説明でなんとか落ち着き、コタロを警戒していた冒険者も素直にウィザーに従っている一角犬を見て徐々に警戒を解いていった。
希に魔物を使役する冒険者もいるのでその類いだと思ったようだ。
ユフィに夕食の仕度を任せウィザーはユフィの薦めで購入したテントを張る。
その中に寝袋を1つ放り投げ後は夕食ができるのを待った。
多数の冒険者グループが野宿をしている為、森の側でも比較的安全に食事がとれ美味しく頂いた。
夕食前に宣言をしたようにすっかり暗くなったテント前で焚き火の明かりのみの夜間戦闘の訓練を開始した。
他の冒険者グループとは離れた場所にテントを張ったので多少音をたてても問題はない。
[ガウ!]
「えい!」
テント前のたき火の明かりのみを頼りにユフィとコタロが戦う。
コタロは一直線に、ユフィはウィザーに指摘された避けながらショートソードで斬りつける。
夜の闇はコタロの動きを見えにくくしユフィ体に浅い傷をつける。
「よし。いいだろう」
およそ一時間ほどユフィとコタロは戦った。
ユフィは地面に座り込み肩を上下させ息を整える。
コタロは舌をだしながらお座りの姿勢でウィザーの指示を待った。
「ユフィは接近戦も慣れろ。まあ、森に入れば俺が先頭で進むから適当に相手を見つけてやるからユフィはそれの相手と空いた時間でコタロと特訓だな」
「はあ、はあ。わかりましたの」
[ハ、ハ、ハ。わかったっす]
「ならもう寝ろ。洗浄ヒール」
ウィザーが魔法を唱えるとユフィとコタロの体が淡く光る。
するとユフィとコタロの体から汗臭さや汚れが無くなり綺麗な体になった。
更に体の傷も治った。
「凄いですの。お風呂上がりのように肌がスベスベですの」
[おお~、毛艶がいいっす]
「ユフィはテントでコタロは外だ」
「………ウィザーさんは?」
「俺は見張りだ」
「え!見張りなら私が」
「いらん。足手まといだ」
「ウッ………わかりました」
[俺っちは?]
「お前はすきにしていいぞ」
[わかったす]
渋々といった感じでユフィはテントの中へ行きコタロはその前で体を休める。
ウィザーはたき火の前で目をつむり周囲の気配を探りながら眠りについた。
翌朝、目が覚めたユフィがテントの外へ出ると太陽が輝き目を細め外を見ると体を解しているウィザーと目があった。
「おはようございますの」
「ああ。よく眠れたか?」
「はいですの。直ぐに朝食の用意をしますの」
「ああ、任せる」
ユフィが作った朝食を食べ終わるとテントとかを片付け森へと向かう。
他の冒険者グループも続々森へと入るのが見える。
森の中は道らしい道は無いので各々が自由に目的の場所へと向かうようだ。
「ウィザーさん何処に向かうのですの?」
「依頼を片づけつつ森の奥へと進むつもりだ」
[旦那、この森は危険っすよ]
「だからいいんじゃないか。俺はもっと強い奴と戦いたいからな」
「………」
[………]
森の中を迷いなく進むウィザーに何も言えず黙って着いていく。
森に入ると先ずは簡単に採取できるというヒールポーションを作るのに必要な青い花の花びらの採取を始める。
森の中で日の当たる場所に咲いている花で群生している小さい花だ。
一ヵ所に大量に咲いているので低レベルの者には小遣い稼ぎにもなる。
必要なのは花びらだけなので手当たり次第に花びらをユフィが摘む。
ウィザーはのんびりとしながら辺りを警戒し、コタロはユフィの真似をして花の茎を千切りユフィの元へと運んでいた。
ユフィとコタロもだいぶ打ち解けたようだ。
これを50枚集めて5銅貨貰える。
これを500枚集めるのが依頼の一つだ。
点々と場所を移動しながら花を摘む。
森に入り2時間ほどで目標数が集まった。
これで50銅貨ならいい小遣い稼ぎだろう。
「うう、指先が青いですの」
[もうおわりっすか?]
大量の花の前でユフィは指先を見つめため息を吐き、コタロがお座りをしてウィザーを見つめる。
「ああ、1つ目の依頼が完了だな。次はハチミツ採りだ」
「え?」
[は?]
「うん?確か………鬼蜂とかいう魔物が集めるハチミツをとる依頼があっただろ。この先から多数が蠢く気配を感じる。たぶん気配は小さいから蜂か蟻だろ」
そう言うとウィザーは集めた花をアイテムボックスへと入れると気配の感じる方へと歩きだす。
ユフィとコタロは顔を見合せウィザーの後を追いかけた。
「ほらな蜂だ」
ウィザー達は気配を殺し木の陰から様子を伺うとウィザーの視線の先に大人の拳ぐらいの黄色と黒の縞模様の蜂がいた。
「鬼蜂は気性が荒いですの。しかも常に群れで行動をしているので注意が必要ですの」
[そうっす。あいつらのハチミツは美味しいっすけど尻の針には毒があり、口についている左右の牙もやっかいすよ]
「そうか、ならどの程度か見てやるか」
[あ!]
「ウ、ウィザーさん?」
木の陰から出たウィザーは悠然と歩いて鬼蜂へと近づいていった。
人の気配を感じた鬼蜂の一匹が仲間にその接近を知らせる。
[ゲゲゲ、人が居るぞ]
[お~お~、餌だ餌だ]
[女王様に栄養だ!]
3匹の鬼蜂がまずウィザーの元へと来た。
まだ攻撃を仕掛ける事をせずにその場で羽を動かし空中に浮いてウィザーを見つめている。
ブーン!ブーン!と五月蝿いぐらいに鬼蜂が集まりその羽音で辺りが五月蝿くなってきた。
ウィザーは迫る鬼蜂の気配を全て捉えると一言呟く。
「………トルネード」
[ハッ?]
[な?]
[お~お~!]
鬼蜂3匹の中心に突如現れた空気の渦が激しく回転しながら上と伸びると集まってきた鬼蜂達を吸い込みはじめた。
それは細いが木の高さぐらいにまで伸びると意思をもったように鬼蜂を追いかけその体を空気の渦の中に吸い込み激しく鬼蜂の体を傷つける。
ブチブチブチブチ!!!!!
竜巻の中から聞こえる引き千切られる音。
その音が聞こえなくなると同時に竜巻は消えるとこの一帯の鬼蜂の姿が消えた。
「な、なんですの今の?」
[すげっす!]
初めて見た魔法に驚くユフィと目を耀かせてウィザーを見るコタロ達は隠れていた木の陰から出てきてウィザーの側に来るとバラバラになった鬼蜂の死骸18匹分の固まりを見つける。
「珍しく上手くいったな。何時もならこの辺りの木を巻き込み派手に薙ぎ倒すのに……何故だ?」
「………そんな魔法使わないでほしいですの」
[すげっすよ旦那!]
鬼蜂の魔石と素材として使える毒針を回収するとウィザー達は更に奥へと進んだ。
数百メートルほど進むと何本もの木の間に巣を繋げ高さ幅とも5メートルはある巨大な物だった。
「ごくり………数が多いですの……」
[お、俺はやるっすよ]
「お前達は黙って隠れていろ。俺が先に行くから数が減ったら適当に殺れ」
ウィザーはアイテムボックスから大金槌を取り出すと軽々と振って鬼蜂の巣へと向かっていった。
「あ、アレでやるんですの?」
[……な、なんすかアレ?]
「???………すみません。言葉がわからないですの」
少し馴染んできたがやはりコタロの言葉はわからない。
ユフィは困った表情をしたがコタロはそれに気づかずウィザーの姿を追いかける。
ウィザーが鬼蜂の巣に近づいていくと数百の鬼蜂が活発に動きだしウィザーを警戒するように巣の前に集合すると蠢く黄色の壁のようだ。
「ククク、さて殺るか。ウィンドウォール」
ウィザーを囲む風の壁が現れた。
その風の壁は半径2メートルほどの円になるとウィザーを包むように頭上に伸び包んだ。
それを見た数百の鬼蜂が一斉に攻撃を開始した。
風の壁に突っ込む鬼蜂は多少抵抗があったが風の壁を突破した。
「おら!」
ウィザーはウィンドウォールに入ってきた鬼蜂を片っ端から大金槌で叩き潰す。
「おら!おら!おら!おら!おら!おら!おら!おら!おら!おら!おら!おら!おら!おら!おら!おら!おら!おら!おら!おら!おら!おら!おら!おら!おら!おら!おら!おら!おら!おら!おら!おら!おら!おら!おら!おら!」
360度、全ての面から鬼蜂は侵入し叩き潰される。
風の壁で動きを遅くされた鬼蜂は大金槌の一振りで数十匹が潰される。
そんなウィザーの足下には無数の鬼蜂の死骸が溜まっていく。
気がつくとウィザーの回りにいた鬼蜂は全て死んでいた。
「ふむ。こんなもんか、後は巣の中にいる本命だな」
ウィザーは巣の前まで行くと大金槌を振り下ろす。
ガギン!
[私の家に何をするきかしら]
鬼蜂の巣に大金槌が当たる直前に巣の中から伸びた巨大な虫の手によって大金槌が止められた。
そして巣の中から聞こえる女の声。
鬼蜂の巣を割りウィザーと同じぐらいの巨体が姿を現す。
全身黄色一色の人形の鬼女王蜂だった。
蜂と人間が融合したような姿、2足歩行で腕らしい物が4本あり手の部分が虫らしく2本の鉤爪になっている。
背中には羽が見え尻の部分には黒い針のような物が見える。
そしてそれを守るように従う鬼蜂もまだ数十匹もいた。
[人間、私の子供達をよくも殺してくれたね]
「なんだ?ずいぶんと人臭い虫だな」
[………殺す。お前を私の子供達の糧にしてやるわ]
「ククク、やってみろ虫が!」
ブーン!ブーン!とウィザーを威嚇するように飛び回る鬼蜂。
それに構わずウィザーは大金槌を振り回す。
それを鬼女王蜂は4本の手で捌く。
[クッ、人間の癖になんて重い攻撃……殺りなさい]
見た目がデカイだけのみすぼらしい大金槌だと思っていた鬼女王蜂はその強度と打撃力に驚愕した。
女王の命令でウィザーの回りを飛んでいた鬼蜂が攻撃に加わる。
「させませんの!」
[俺っちも行くぜ!]
ショートボウを片手に木の陰から飛び出したユフィは矢を鬼蜂に向けて放つ。
それと同時にコタロが頭から突っ込みその額の角で鬼蜂を2匹ほど巻き込み串刺しにした。
ユフィとコタロで3匹の鬼蜂を倒す。
[クッ、仲間がいたとは……こちらは任せてその者達を殺しなさい]
鬼女王蜂がそう言うと鬼蜂がウィザーからユフィとコタロに攻撃目標を変えて飛び去る。
[アハハ、お前も仲間も皆殺しよ!]
「クク、それは俺を殺してから言え」
再び繰り返される大金槌とそれを捌く鬼女王蜂の攻防。
ウィザーは楽しげに、鬼女王蜂は忌々しげな表情をしていた。
ユフィとコタロは自分達に向かってくる鬼蜂の群れに必死に逃げだしていた。
それはもう一目散に、追いかけてくる鬼蜂は30匹はまだいる。
それを1人と1匹で相手をするにはユフィとコタロの実力では無理だった。
涙を流しながら逃げるユフィと必死に足を動かすコタロ達は鬼蜂を引き連れて森の中を爆走していた。
[クッ、もう頭にきたわ!人間風情が身の程を知りなさい!]
ウィザーが持つ大金槌の手応えに変化がおきた。
ガツン!ガツン!と押していたはずだが、鬼女王蜂の腕が一回り大きくなるとウィザーの大金槌を押し返してきた。
[ホホホ、もう終わりよ。力しかない人間が!その力でも私は上回った。もう死になさい]
押し込んでいた大金槌が大きく弾かれるとウィザーの目の前に黒い槍のような物が現れウィザーの胸を突く。
「ほう、そんな物を使う余裕があるとはな」
鬼女王蜂の股下から伸びるその黒い槍をウィザーは体に当たるまえに掴む。
[へえ~。でも~フフフ、触ったわね?]
ニヤッと鬼女王蜂が笑うと黒い槍が湿ってきた。
よく見ると黒い槍の先から何か液体が出てきてその槍を濡らしていく。
[フフフ、ア~ハハハ!残念ね。それは麻痺毒よ~、それに触れると心臓以外は機能を停止する食糧保存ようの毒なのよ!人間なら一瞬で動けなくなるわ]
「そうか?ならお前にもくれてやろう」
黒い槍を握る手に力をいれるとバキン!と槍が折れた。
[へ?]
「そらよ」
[ギャ~!]
ウィザーは折れた黒い槍の先を鬼女王蜂の右目辺りに突き刺した。
咄嗟の事に避けられずに鬼女王蜂は悲鳴を上げてのけ反る。
[ググ~ガア!!!]
右目を押さえウィザーを睨み付けると鬼女王蜂は怒りの咆哮をあげるとその体に魔力が高まり見る間に鬼女王蜂の体が大きくなり人に近かった姿がデカイ蜂に変化した。
[もう殺す。すぐに殺す。私の体に傷をつけるなんて万死に値する!麻痺毒に犯された体ではもう動けまい、死ね人間!]
鬼女王蜂は口に生えている2本の牙を激しく動かしながらウィザーに攻撃をしかける。
その口元に生えている左右の牙でウィザーの首を切るために。
ガチン!ガチン!と迫る鬼女王蜂にウィザーは大金槌の魔力を流した。
大金槌が輝きその錆びた姿から金銀色に染まる。
[え?]
「いい運動だった。肉体のみでどのくらい動けるかわかったからもうお前に用はない。それとお前の毒など俺に効くわけがない。俺にはお前の毒以上の物がこの身に染みついているのだからな!」
輝く大金槌を軽々と振り抜くと鬼女王蜂の頭が一瞬で潰れ消し飛んだ。
何も発せず首の無くなった鬼女王蜂の体がヨタヨタと歩くとその巨体がウィザーの目の前で倒れる。
「……力は強いが攻撃が単調だったな。これではユリの方がまだ強かった。森の奥には俺を満たす敵は居るのか?もしいないのなら…………」
「ウィザーさん!助けてですの!」
[旦那!こっちもよろしくっす]
倒した鬼女王蜂の前で考えていると必死に走りながら大声で呼びかけるユフィとコタロの姿があった。
その後ろには多数の鬼蜂を引き連れている。
だが統率されていた鬼蜂の群れに乱れが見えた。
自分達の頂点だった鬼女王蜂が殺された事がわかったようだ。
「女王は死んだ。敵は混乱してるようだからユフィとコタロは足を止めて反撃しろ」
「え?」
[うっす!]
すぐさまコタロは反転して鬼蜂に突っ込んで行く。
ユフィも遅ればせながらも弓に矢をつがえ射つ。
鬼蜂達は仲間が殺されていっても混乱が収まらず時間はかかったがユフィとコタロ達だけで全滅させた。
鬼女王蜂はどこが必要な素材になるかユフィにはわからずウィザーは丸ごとアイテムボックスにしまった。
その間にユフィとコタロは倒した鬼蜂の素材と魔石を集めるとウィザーに渡す。
「よし。後はハチミツを採ったら昼飯にしよう」
「はあ、はあ。少し休憩がほしいですの」
[……旦那、俺っちも]
「そうか?ならそこで見ていろ」
そう言うとウィザーは巨大な蜂の巣に手をかけるとそれを引き千切る。
蜂の巣が割れ奥に進むと蜂の子と滴るハチミツがあった。
ハチミツ漬けのような蜂の子を見てウィザーはそれを口に入れ食べる。
「本で読んだが……確かに上手いな。これも売れるのかもしれんから丸ごとアイテムボックスに入れておくか?」
大量のハチミツと蜂の子が付いている部分を巣から剥ぎ取るとウィザーはそれをアイテムボックスへといれた。
用が済んだのでウィザーは蜂の巣から出るとユフィとコタロに甘いハチミツが付いている巣の欠片を差し出す。
「……美味しい」
[ビチャ、ビチャ。上手いっす]
それを横目にウィザーはこの場所で昼食をとる事を決めると残骸となった蜂の巣を集めて火をおこす。
体力が戻ったユフィがウィザーから食材をもらい飯を作り始めると森の中に美味しそうな匂いが広まるがそれに寄ってくる魔物はいなかった。
[鬼女王蜂のテリトリーに寄ってくる魔物はいないっすよ。いたらそれは鬼女王蜂より強いっす]
との事らしいので今日はここで一泊することに決めた。
まだ昼を過ぎたばかりだがユフィの疲労が思ったよりとれていなかったからだ。
なので森を進むよりここで使用した矢を回収し使える物は使う。
後は武器の手入れをしたりコタロとの戦闘訓練などをして森に入って一日目が終わった。