村を出る
小屋の外から聞こえる騒がしさに肉欲満々の青年は
これからお楽しみだというのにと苦々しく舌打ちをする。
とうせ次の順番をめぐってだろうと意識を恵の方に向けると小屋の戸が開いた。
何故?と思いながらもそちらに目をやるとそこに見覚えのある男が平然と入ってくるのを見て青年の顔が強ばった。
「なっ!お前は」
「ん?………なんだ、まだ始まってもいないのか?」
両手を縛られぐったりとしている恵を見る。
服は所々破けていて肩、腹、太股と恵の若い肉体が目にはいるが、まだ大事な部分の服は破られず守られていた。
目の焦点があっていない恵の顔には涙の跡と殴られたのか頬が赤く腫れている。
「フッ。チキンか」
口の端を歪ませて自分を嘲笑ったウィザーを見て青年の頭に血がのぼる。
「何だと!俺を誰だと思っている!貴様ごと………グフ!」
何やら喚き出した青年に近づきその顔を左手でわしずかみにして持ち上げる。
両足が宙に浮くと青年の瞳に恐怖の色が見える。
「五月蝿い。喚くな馬鹿が」
虫けらを見る目でウィザーは苦悶の表情を見せる青年を見つめる。
まあ、実際に虫だと思っているが青年に知るよしは無い。
徐々に指の力を強め、締め付けをキツくしてやると顔の皮膚を破って青年の顔から血が流れる。
その痛みから青年の瞳は更に恐怖の色が浮かべ体が強張り力の限り叫ぶ。
「は、離せ!俺を誰だと思っている。村長の息子だ………ぞ。父さんが、お前を……殺すぞ!」
「フッ、やってみろ」
顔の痛みに苦悶の表情を浮かべながらも青年は手を動かし背中に隠していたナイフを取りだすと下からウィザーの腹へと突き刺した。
「ごね!」
「お?」
「ヴッ、ウッ!」
それを後ろから見ていた恵が声をだそうともがくが声がでない。
右手に持ったナイフがウィザーの脇腹の肉を刺す感触を感じて殺った!と青年は思った。
だが青年の持つナイフの右手ごとウィザーに捕まれ極悪な力で締め付けられる。
「なっ!離せ!………ギャ~!」
ウィザーの手を振りほどこうとした時に青年の右腕の肘辺りから鈍い音が聞こえた。
ゴギ!と関節の外れる音、
その音を聞き薄笑いを浮かべながらウィザーはさらに青年の右手をナイフの柄ごと握り潰した。
「ギャ~!!!………やめ、痛い!父さん………止めろ!」
パッと青年の顔を掴んでいた手を開くと尻餅をつくように床に倒れる青年は右手を左手で押さえ痛みに泣きながら後ずさる。
ウィザーはそれを無視して恵の元へ向かうと拘束されていた腕と足を解放してやった。
「グッ!プ、ハア!………ありがとうウィザー助かったわ」
乱れた服を気にもせずに立ち上がると恵は腕を押さえて泣いている青年の側に行く。
「よくも………」
「待て!俺に手を、だせば親父が黙ってないぞ………」
恵の憎しみのこもった瞳を見て青年の声が小さくなっていく。
「殺るのか?」
「………殺らない」
何かを我慢するように恵は青年から顔を背ける。
「ハハハ、そうだろ。お前はそういう女だ。決められない女だから俺が必要なんだ。だからおれが飼ってやる。恵、その男を村から追い出せ、そうしたら俺が可愛がってやるぞ」
「違う!そんなんじゃない。絶対に違うんだから」
「ハハハ!そこの男、見ただろ?そいつは命令されないと何も出来ない女なんだ。だから………グア!」
「五月蝿いよ。俺には関係ない事だ」
言っている意味もわからないし面倒くさくなり青年の顎を蹴りあげた。
意識を無くした青年を見て恵は辺りを見回しウィザーを引っ張って小屋を出る。
「………逃げないと」
「逃げる?」
小屋を出た二人は人目を避けて恵の家に向かう。
もう村は真っ暗になっていて二人に気づく者も少ない。
緊張と恐怖で顔を強張らせながらウィザーに告げる恵。
「そうよ、早く逃げないとあいつが目覚める前に村を出ないとこ、殺される」
「ほう、俺を殺せる奴がここに居るのか?なら腹が減ったしお前の家で待とうか」
「ば、馬鹿な事を言わないでよ。幾らあんたが強くても数十人の銃を持った男に敵うわけないじゃない。それに村長の息子に手をだしたんだから私もここには居られない」
「そうか?俺が怖いのは腹が減る事だけだ。空腹が1番怖い」
「……フフフ、ウィザーは変わってるわね。家に行けば干し肉ぐらいあるから早く家に行きましょう」
「お、そうかなら早く行こう」
「ええ」
恵の家へと二人で戻ると恵はウィザーに干し肉を投げ渡し自分は破かれた服を着替える為に部屋へと向かった。
急いで服を着替え荷物を纏める。
体は汚れているが風呂に入っている暇はないので少量のお金と着替えに愛用の猟銃と弾をもち干し肉を食べているウィザーの元へと急ぐ。
「お待たせ、村を出るわよ」
「グチャクチャ、行くのか?」
「ええ、行くわ。もう嫌、日本に帰える………ウィザーも一緒に行かない?」
「日本か?」
「ダメ?」
「いや、良いぞ。目的も無いしな」
「……嬉しい。なら早く村を出ましょう!」
恵が笑いながら外へ出た時。
パン!
「え?」
外から乾いた音が響いた。
「え?何?」
恵は自分の胸を見ると赤く濡れている。
手で触りそれが自分の血であると理解すると顔を上げて前を見る。
「恵!よくも儂の息子を、お前らもう一人男が居るはずだ探して殺せ!」
「「「オオウ!」」」
家の中からウィザーは倒れる恵の姿を見た。
外から大勢の人間の気勢と気配を感じる。
その中に知っている気配もあった。
どうやら恵は死んだらしい。
地面に倒れ赤い血が広がっている。
飯をくれる良い人間だった。
「居たぞ!家の中だ!」
「殺っちまえ!」
恵の家の中を覗きこんだ男達が俺に向かってくる。
木の棒や火のついた松明を振り上げ向かってくるのが見える。
「そいつを俺の前に引っ張ってこい!ただしまだ殺すなよ、そいつには貸しがあるからな!手足を折って俺の前に連れてこい!」
家の外から聞こえる怒声、どうやらあの青年のようだ。
殺しはしなかったが気がつくのも早かったな………チラリとウィザーは向かってくる男達の隙間から死んだ恵を見る。
「へへ、木偶の坊が!」
「おりゃ!」
ドゴ!バゴ!
俺の頭と左足に衝撃が………。
「へへ、殺ったぜ。金は俺達のもんだ」
「ああ、金持ちだ!」
近づいた男達が呑気に話をしている。
これぐらいで俺を殺しただと?
頭も足もなんでもない。
こんなの山中で大型の獣に襲われた衝撃に比べれば蚊に刺されたようなものだ。
頭、足、体にも異常はなし。
「良し、行くか」
「「は?」」
俺の近くに居た男二人の首を即座に殴り飛ばした。
それを見た後続の男達が間抜けな声を発する。
2つの首が宙に舞い家の壁に当たると。
「ヒッ!」
「邪魔だ!」
玄関を塞いでいた男達を纏めて外に蹴り飛ばした。
外に出るとまだ大勢の人間が居た。
その中にあの青年の姿も見える。
顔は包帯で隠れ右腕も包帯で吊るしている。
何か車輪の付いた椅子に座っていた。
俺がその青年を見ると目が合いその目が驚愕に開かれる。
「と、父さん。早く奴を、殺して!」
蹴り飛ばした奴等が痛みに呻くなかで俺は真っ直ぐに首謀者らしき年老いた男に向かう。
「こいつが息子をこんなめにあわせたのか!」
年老いた男が俺に銃を向けた。
小柄な男だがそれに似合う小さい銃だ。
パンパン!
「ハハハ、殺ったぞ」
「アハハ、どうだ!死ね死ね!俺にさからう奴はこうだ!」
「それはもう知っている」
「「?!」」
俺は静かにだがハッキリと聞こえるように言った。
年老いた男の銃から発射された弾は俺の胸の皮膚破る事はできずに皮一枚で止まっていた。
流石は俺の体だ。
学習能力が凄い。
俺はニヤリと笑うとここに居る大勢の男達を皆殺しにした。
虐殺の宴は数分で終わった。
逃げる事を赦さず声さえ上げさせなかった。
数十人の死体の前で俺は腹に手を当てる。
「腹へったな」
辺りは静かだ。
これのせいで家に隠れているのだろう。
さらに夜のせいでこの惨状が見えないのも騒がれないおかげかもしれない。
俺は近くに倒れている男の死体の腕を引き千切り噛みつく。
「………不味い」
生でも不味く焼いても不味かった。
「これは非常食だな。できれば喰いたくないがな」
俺は踵を返して地面に倒れている恵の死体を抱き抱えると恵の家の中に入りベッドに寝かせると家に火を放った。
「日本か………行ってみるか」
燃え盛る恵の家に背を向けてウィザーは村の外へと歩きだした。
その肩には恵の猟銃をかけ弾も貰っておいた。
何故そうしたのかもウィザーは理解していない。
膨大な知識を吸収した中の一部にそんな情報があったのかもしれない。
ウィザーは騒ぎだした村を出て夜の森の中へと消えた。