人の悪意
襲いかかってきた狼の群れを全て始末した。
ウィザーにとっては造作も無い事だ。
襲いかかってきた奴が悪い、所詮は獣かとウィザーは肉と毛皮に取り分けている恵に目をやる。
「ウフフ、肉に毛皮。大量じゃん」
鼻唄混じりに浮き浮きと解体作業をしているのを見ると人間も中々しぶとい生き物だと思った。
「喜んでいる所を悪いが、2、3匹食わしてくれ」
「そうだね、ウィザーが狩ったんだから当然だね。待っててすぐに焼くからさ」
手際よく下処理をしていく恵を見つめる。
(なるほど、肉の臭みを消すのに香辛料を使うのか)
ジーと見つめらるのが苦手なのか恵はウィザーを見て火を起こして欲しいと頼む。
それを了承してウィザーは枯れ木を集め火をつけた。
燃えにくい若木もあったが、ウィザーが燃えろと念じると一気に燃えた。
恵には見えないように力を使い、ウィザーは難なく火を起こして見せた。
それを見て、恵は火の周りに大きめな石を置いてとウィザーに指示をして彼女は自前の茸など取り出して串に指していく。
その辺に落ちていた枝だが、彼女はそれを気にする素振りを見せなかった。
辺りに肉の焼ける匂いが漂う、ウィザーはソワソワと肉が焼けるのを待った。
「なんか子供みたいだね」
肉が焼けるのを待ちきれない様に体を揺らすウィザーを見て恵が笑う。
「おっ!そうか、とても美味しそうなのでな」
腹の辺りを撫でながら言うウィザーを見て更に恵は笑顔になった。
3頭分の狼の肉を食いつくし、ウィザーは満足したように頷く。
味的には不味くはない程度だった。
腹を満たしウィザーは恵に町まで案内をしてくれないと頼む。
「それなら私の居る村に来ればいいよ。………銃の撃ち方も教えて欲しいしさ」
どこか違和感を覚えたが、ウィザーはそれに頷く。
「決まりだね。私の家に泊まればいいからね」
心底嬉しそうに恵はウィザーを連れて山を下りていった。
陽が完全に落ちる前に恵が住んでいる村に到着するウィザー、そこで見た村人は全員が日本人では無かった。
恵の容姿から日本人だと思っていたウィザーは怪訝な顔を恵に向ける。
「ん?………ああ、私はこの国の人間じゃないよ。日本からここにお米を伝えに派遣された両親に連れられてきたんだ」
じゃあここは?とウィザーは恵に聞いた。
「?、ここはヨーロッパの片田舎だよ。知っているでしょ?」
あんたどうやって来たのよっていう表情をする恵。
「そうだったな、あまりにも空腹過ぎて記憶が飛んでしまったようだ………」
それを疑わしそうに見ていた恵だが、まあ良いかと思い直して村の中に入っていった。
「ひとつ約束して、何があっても口出しをしないでね」
表情に厳しさを滲ませて村の中を歩く恵。
何が彼女をそんな顔をさせているのか分からないがウィザーは黙って後を着いていく。
「よう!恵。今日は家に来るんだろうな?」
取り巻きを数人連れた若い男が恵に下卑た笑みを浮かべ声をかけてきた。
「いかない。私は誰の物でもないわ」
「ああ!聞こえねえ」
「だから、私は………」
近寄ってきた若い男に睨また恵は悔しそうに顔を下に向ける。
「おい、連れがいるんだがな」
みかねたウィザーが二人に声をかけた。
「ああ?誰だおめえ。邪魔すんなよ、こいつは村の共同所有物なんだからな!」
「違う!私は私だ!こんな村………」
「おめえに何かを言う資格はねんだよ!どうせもうすぐ死ぬんだからよ」
その言葉にウィザーは
(ほう)
と面白そうな目で恵を見た。
「行こ、ウィザー」
居たたまれなくなったのか、恵は逃げるようにその場を後にする。
後ろから男が何かを叫んでいが気にも止めない。
村の中を通るとすれ違う村人、特に男の目線がいやらしく恵の体を舐めまわすように見てくる。
女性の村人は石でも見るような目だ。
何故、ここまでの仕打ちをされているのかは知らないが、これが彼女の日常のようだった。
会話無く恵の家に向かう二人。
彼女の家は外壁が剥がれ人の住まう家には見えなかった。
「ここだよ。汚い所だけど雨風は防げるからさ」
そう言うと中に入って行く恵の後に続いてウィザーも家の中に入る。
お世辞にも綺麗とは言えないが、確かに生活感はあった。
「それで、奴らはなんだ?」
適当に空いている場所に座り恵に聞く。
「なんでも、ないよ」
「ほう、もうすぐ死ぬんだろ?思い残す事の無いように話せよ」
あの男の言った事を思いだし、ウィザーは笑みを浮かべて更に追及する。
「………………生け贄」
ポツリと恵が呟いた。
感情の無い瞳でウィザーを見つめる。
「なんのだ?」
生け贄ぐらいは知っているが、誰に対してかを恵に問う。
「………森の神様」
ピクッとウィザーの体がその言葉に反応した。
(神様だと?………なんだ、この今にも殺してやりたいほどの胸の高まりは?)
何も言わないウィザーを見て恵は彼が恐怖に怯えたのだと思った。
「本当に居るかは知らない。でも両親は生け贄にさせられた………」
その時、恵の瞳に暗い炎が宿っているのウィザーは見た。
「それで、何でお前まで話が及ぶ?」
「神様の怒りが収まらなかった………」
「で、お前か」
「うん」
「何故逃げない?」
「逃げようとは思ったけど………見張られている」
「お前をか?」
「違う、他の町に行く為に通らなければならない道を………」
「森は抜けられないのか?」
「………無理だった。この猟銃も神様と戦う為の物」
「それで村を出ればいいじゃないか?」
銃で脅して村を出れば解決ではないのかとウィザーは思ったが、恵は首を振る。
「数人殺しても同じことだから、身を守る為に持っている」
「よく許可されたな?」
「村の人間を生け贄にしたくないらしい。私がおとなしくしている限り身を守れと渡された」
「おかしな話だな?それを使うとは思ってないのか?」
「弾は数が限られている、食事も自分で取らなくては生けていけないから………」
「ああ、神様とやらは森の中に居るのか」
それで恵は森の中に入って来たのかと理解した。
森に入る分には見逃されているのだろう、もしそれ以外の行動を恵がとったとき有無を言わさずに森の中に捨てるのかとウィザーは予測する。
「それで、あの男共は?」
「………どうせ死ぬならヤラセろって………」
それを聞いてウィザーは内心で笑う。
(ふっ、アハハハ!人間とは変わらない生き物だな。どの時代も同じこと考える)
「………ねぇ、ウィザー」
か細い声を出す恵に視線をやると。
「貴方が私を………抱かない?」
「俺がか?」
「うん………あんな奴等に犯されるなら………私は貴方がいい」
最後の方は恥ずかしさからか声が小さかったが、恵の決意は伝わった。
(俺が女を抱くか?それも一興だが、気が乗らんな)
返答の無いウィザーを見て恵は更に恥ずかしさがこみ上げる。
「ごめん、忘れて………」
クルッと回って恵は外に出ていく。
「出ていく事は無いだろうに」
苦笑いを浮かべてウィザーは恵を追いかける為に腰を上げようとしたと時に恵の悲鳴が聞こえた。
「キャ~!………なっ、なん………むぐ!」
数人の男に担がれて行く恵を見てウィザーは笑いが止まらなかった。
(ウハハハ!面白い。やはり人間は面白いぞ。恵といい、この村の奴等といい面白ろすぎる)
ひとしきり心のなかで笑ったウィザーは恵を連れ去った相手を追いかけていった。