友好
ウィザーは空腹という現象を初めて経験した。
森を歩き回り人が居るであろう場所を探し求めていたのだが、その道中に感じた力が抜ける感覚。
お腹の辺りから何か音がしたが、それを無視して歩き続けた結果ウィザーは動けなくなった。
(なんだこれは?)
お腹を押さえて原因を考える。
研究所に居たときも、そこで戦闘をしたときも何とも無かった。
ならば原因は一つしか無い、あの巨大熊と戦って肉体を修復したのが原因かと当たりをつける。
(アレをやると腹が減る?のか。参った、どうするかな)
あれから二日かけて森の中を歩き続けたが、まだ人間の生活圏には来ていないようだ。
木の根に腰をおろしウィザーは静に目を閉じる。
(仕方がない。ここで寝るか、何かの獣が襲いにくればそれを食べればいい。出来るだけ消耗を抑えなければな)
そう考えてウィザーは眠りについた。
どれだけ時間が経過したのだろう、ウィザーは何かにつつかれている感覚がして薄目を開ける。
獣なら一撃で倒す、今ならかなり手加減ができるから丁度いいだろう。
そう考えて目を開けるとそこに16歳くらいの少女がウィザーを枝でつついている。
「ねぇ、生きている?」
流石にウィザーに素手で触るのは嫌なのだろう、枝でつついて様子を窺っている。
「ああ、生きているよ」
多分、死体だろう思っていた少女はその声に驚いて尻餅をつく。
「あっ………生きていたんだ。綺麗な状態だったからもしやとは思ったけどさ」
罰が悪そうに少女は立ち上がりお尻の土を払い落とす。
「?………………なんで起きないの?」
生きていることはわかった。
だが男は体を起こす事もせずに寝ている。
「空腹でな………力がでない」
「………………プッ、アハハハハ!なに?行き倒れなの。初めて見たわ」
目に涙を浮かべて笑う少女にウィザーはそんなに可笑しな事か?と内心で思いつつ大声で笑う少女を見つめる。
(まだ子供だな。それがこんな場所に居るとは………人里が近いのか?)
なんで、少女が一人でここにいるのかは解らないが、見るからに軽装で森に入ったのがわかる。
動きやすい上下のジャージに藁かごを背負っていた。
ただ一点、その手に猟銃を持っているのが不似合いだった。
「あ~、笑った!お腹が空いてるならコレをあげるよ」
少女が差し出した黒い固まり、まん丸の黒い物体をウィザーは受けとると口に含む。
「む?………おにぎりか?」
だとするとここは日本かと思いつつ、ウィザーは貰ったおにぎりを凄い勢いで食いつくした。
「む、………もう無いのか?」
とてもおにぎり1個では物足りないウィザーは少女に聞いた。
「ごめんね、それで最後なんだ。それでも私のお昼ご飯なんだから感謝してよね」
顔の前で両手を合わせる少女を見てウィザーが頷く。
「そうか、済まんな。だが動けるようにはなったか」
そう言うとウィザーは上体を起こして立ち上がろうとする。
「うわ~、背が高いね。それに男前だわ」
「ん?………そうか?」
少女に手を借りながら立ち上がったウィザーを覗き見る少女。
それを聞いてウィザーは自分の選択が間違えではなかったと胸をはる。
「ここで何をしていたんだ………と名前はなんだ?」
目の前の少女の名前を聞いていない事を思い出してウィザーは少女を見つめる。
「ん。そうだった、私は美花。橘 美花よ。あなたはハンサムさん?」
美花はウィザーの体に付着いている土や葉っぱを落としてあげながら答えた。
なかなか世話好きの少女だと思いながらもウィザーも答える。
「俺はウィザーだ」
「あ~、やっぱり外人さんか。でも日本語が上手いね」
ウィザーの銀髪の汚れを払っている美花はその髪の色を見て「綺麗」と呟きながら丁寧に払っている。
「ここで美花は何をしているんだ?」
「ん、猟だよ。ほらこれで獲物を狩るの」
自慢げに猟銃を見せる美花にウィザーは眉をしかめる。
「素人にしか見えないが?」
「なにおう!行き倒れの君に言われたくは無いな。………でもまあ、当たっているけどね。今日で2回目なんだ狩りに来るの」
「ほう、理由があるのか?」
「まぁね。生きていく為には稼がないとね………」
明るく振る舞っていた少女に陰がさす。
ウィザーはそれを素知らぬ顔で流した。
「なら俺も手伝うか?」
「へ?………本気なの。動物を殺すんだよ?」
「ん?。可笑しな事を言うなぁ、狩りに来ているのだろ?飯を貰ったのだから借りは返すぞ。美花よりは上手く銃を使えると思うしな」
美花は疑わしそうな目でウィザーを見る。
「本当に?こんな場所で倒れていた人がぁ~」
「ああ。見て驚け美花」
「………プッ。分かったよ、その腕前を見てやるよウィザー」
パンパンとウィザーの肩を叩いて美花が着いてきなと言って歩き出す。
その後をウィザーは黙って着いていった。
頭上を見上げると陽の光が見える。
どのくらい寝ていたのかとウィザーはふと考え込む。
前を歩く美花は獲物を探して周りを注意深く見つめながら歩いている。
足音や気配など隠す気がないのか平然と歩く姿を見てウィザーはこれでよく狩りをしに来たなと疑いたくなった。
「おい、美花」
「………なによ」
「もっと慎重に歩かないと動物に気づかれるぞ」
「………へ?」
ウィザーの言葉に間の抜けた声をだす美花、カーと頬を赤くすると早足でウィザーから遠ざかる。
「わ、分かってるわよ。わざとよ」
「そうなのか?、それは悪かったな」
遠ざかる美花に謝りを入れるウィザーに美花は。
「別に気にしてないし………………ねぇ、他に気づいた事はない?」
少し離れた場所で立ち止まった美花はウィザーに背を向けてポツリと呟いた。
「そうだな、もう少し自然と一体になればいいと思うぞ」
「………それが出来たら苦労はしないわよ!」
素人に無茶な要求をするな!と文句を言ってやろうと美花が振り向くとウィザーが拳銃を構えて美花を狙っている。
「えっ?………冗談だよね?」
その場で動けなくなった美花は怯えた瞳でウィザーを見つめた。
「そこを動くなよ」
美花を貫く瞳でウィザーは少女を見つめると拳銃の引き金を引いた。
「キャア!」
その場でしゃがみこむ美花、その背後に狼が美花に噛みつこうと飛びかかって来ていた。
「キャン」
「え?」
美花が恐る恐る振り向くと眉間に弾が当たり死んだ狼がいた。
「次が来るぞ!」
しゃがみこんでいる美花を立たせてウィザーは指をさす。
「嘘………あんなに………」
美花が見つめる先に7匹ほどの狼が向かっているの確認できた。
「ねえ、どうすの?」
「ん、倒すんだ。この拾った拳銃はあと5発で弾切れだ、残りは美花に任す」
「へ?………私がやるの?」
「そうだ、死にたくなければ死ぬ気で当てろ!」
そう言うとウィザーは接近してくる狼に拳銃を射った。
一発撃つごとに狼が死んでいく、美花はそれを見てウィザーが言っていた事が真実だったと知る。
「ウィザー、ここを生き延びたら………私に撃ち方を教えて!」
美花は意を決したように銃を撃ちまくる。
全弾撃ち尽くしたウィザーは拳銃をその場に捨てる。
残り2匹の狼に弾を当てられない美花の銃と手にウィザーの手を添えて狙いをつけてやる。
「力を抜け、これで当たる」
耳元で囁くウィザーに頷いて美花は引き金を引いた。
1匹は即死、もう1匹は足を掠めた程度で向かってくる。
ガチャンガチャン
「あっ!弾が無い!」
あたふたと猟銃に弾を入りようとする美花、その手際の悪さを見てウィザーは美花の前に出る。
「エッ?」
飛びついて来た狼をウィザーは蹴りあげた、上空に舞った狼はその一撃で即死。
あとは動かなくなった狼が地面に落ちるのを美花は腰が抜けたように地面に座り見つめていた。