女神アヴィス10
ウィザーが城砦に入城してから20日が経過していた。
各獣魔族から働きに来ていた者がハリの一族の者に入れ替わり城の中が一変した。
これにより新しく王になったウィザーは本気でハリを代理王にする意思を鮮明にした。
そのせいで狐獣魔族のキラリや虎獣魔族のパンナが触れ回った話の信憑性がまし、疑心暗鬼だった各獣魔族の者達はそれが本当だったと知ると、すぐさま集合した。
ハリやユリに殺されたサイ、獅子、大猿、豹、狼の獣魔族で各獣魔族の代表者が集まり報復しようと戦いの準備をしていたがこれで直ぐには動けなくなった。
城の中にはアラクネのハリの他、多数のアラクネが罠を張り待ち構えているだろうと予測されるからだ。
敵はアラクネのハリの一族であり、あのガシャールを殺したウィザーという人間とその仲間達だ。
数的にいえばおよそ300程しかいなくこちらは合わせれば2万を揃えられる事から余裕を持ってはいた。
罠など数の力で食い破ると血気盛んな獅子獣魔族やサイ獣魔族が叫んでいた。
だがそのウィザーという人間が代理でハリをたてたがハリではなく自分を殺せと言っているという。
獣魔族にとって王になる為には現王に挑み殺す事は常識なのだが相手は人間に見えるウィザーだったのでそれを信じる事ができない。
だがそのウィザーはガシャール王を殺した事実がありそれを軽視する者もいなかった。
それを踏まえ、城の中は狭い通路や階段など多々あり、アラクネのように蜘蛛の魔族からしたら天井に密かに張り付くなど造作もなくそれに対しての対応に協議の時間がかかる羽目になっていた。
戦の準備をする者もいれば、普通に暮らす街の獣魔族達は今回の王の交代に戸惑いを見せたもののそれ以後に何の変化もないことに少しの安堵と多少の不安の両方を胸に働いていた。
安堵は人間が獣王になり差別的な何かが起こる事への警戒感が薄れた事、大森林という危険な場所で平和に暮らせる場所は失ってはならない場所だと街に住む者なら全員が思っている。
不安は街の上位獣魔族が戦いの準備を始めているとの噂が広まっている事に関してだ。
もちろん、それを歓迎している獣魔族の者もいるがあのガシャール王を殺した人間の力が未知数の為にどれだけの被害が街に及ぼすのかが不安なのだ。
それでも街が滅ぶ事は無いと内心で安易に考えてもいた。
そんな緊張状態の中でゴーマンの街には支配地域の外から来たという獣魔族が集まり出していた。
街の宿屋が満杯になりゴーマンの城壁の外でもテントを張っている集団もいた。
街は活気と敵意に溢れそれが城砦に居る者へと高まる。
初日以降、姿も言葉も無く静観を見せる城砦ではウィザーは呆れながら外の様子を与えられた部屋で聞いていた。
城砦内の王が使用する寝室と政務する場所が同じの部屋に通されたウィザーはそこでコタロと一緒に寝泊まりしている。
かなり広い部屋なのでコタロ一匹ぐらいどってことはない。
そのウィザーの部屋の隣にはユリとユフィが寝泊まりをしている。
この20日間、ユフィとコタロはハリの一族である子供アラクネと手合わせや弓の扱いが上手いケンタウロスの戦士から手解きを受けていた。
「ウィザー王、飯ができたぞ」
ウィザーの居る部屋のドアが開きハリが呼びに来たので皆で食事をする広間に向かった。
城砦な中はアラクネが天井や壁を縦横無尽に歩き何やらしていて蛇女のラミアと鳥女のハーピーがせっせと床や部屋を掃除し、淫夢のサキュバスが料理を担当している。
城の外ではケンタウロスと邪妖精、裏アヴィスでは普通の虫羽の生えた小人の妖精を邪妖精と言うらしい。
住む場所が変われば言い方も変わる種族も居る。
その邪妖精が連絡用員として動き回り城砦に侵入者を入れないように警戒していた。
ハッキリと言って気配察知を城砦の外まで使えるウィザーには警備など必要ないのだが今回の出来事でハリの一族が張り切っているらしいのでやらせている。
この20日間、何の動きも無く拍子抜けしたのがウィザーの感想である。
かなり焚き付けたと思っていたのだが何やら慎重になっていると狐獣魔族のキラリから密書が届いている。
キラリ率いる狐獣魔族もウィザー側へと付くことを決めたようで街の諜報活動をする役割を買ってでた。
そのキラリの報告では虎獣魔族のパンナはウィザーの言葉を伝えたがそれが虎獣魔族達に火をつけたらしく敵対する方へと決めたようだ。
そのパンナは屋敷の奥に籠り出てこないらしい。
「………以上がキラリからの報告です」
食事をしながらハリがキラリが纏めた昨日の街の様子を報告をする。
「そうか、外からも来てるのか」
「ええ、大森林のさらに奥に潜む獣魔族は無視するでしょうけど支配領域外でも近くに住む獣魔族は注目するでしょうね。あんなに宣伝したんでしょう?なら様子見には来ると思うわよ」
「だろうな、それにしても直ぐに襲撃してくると思っていたこの街に住む上位獣魔族達は何で来ない?せっかく兵士を解雇して城砦を落としやすくしてやっているのに?」
「それはハリさん達が居るからでは?アラクネの能力を考えれば城へ攻めるのに慎重にもなるでしょう。それにしてもまさか魔族も通貨を使用しているとは思いませんでした。ほぼ表アヴィスと同じ通貨なのはビックリしましたが分かりやすくて良いです。兵士を雇っているのにもお金がかかりますから反乱も含めて解雇して良かったと思います。因みに裏アヴィスでは通貨を何処で造ってるのでしょうか?」
そう、裏アヴィスでも普通に通貨が使用されていた。
銅、銀、金、白金と価値が上がるのも同じだ。
その金を使い品物の売買が行われているのも同じで、違うのは通貨に彫られている模様が違うぐらいで価値は同じ。
「二代目魔王様の時代に表アヴィスに攻めた時に六か国の王が命令通りに現地の人間を誘拐して連れてきてその人間を使って裏アヴィスに広めたらしいよ。通貨に使う鉱石はこっちにも普通に有るし、原始的な物々交換しかなかった世の中を変えたくて始めたらしいよ。で、その通貨の製造元は魔王城だよユリ」
「………やはり誘拐された人間がいたのですね。魔王は通貨を広める事を考案してそれを実現させるために六か国の王に命じて表アヴィスを攻めたのですか、滅ぼすではなく?因みに今の魔王は何代目なんですか?」
「えっと………四代目かな。魔王様に関しては会ったことも見たことも無いからよく知らないんだよ」
「ハッ?………裏アヴィスの支配者なのですよね?」
「そうだけど会えるのは各国の王だけだからあまり私達には関係ないかな」
「関係ないのですか?………魔族にとってそれが普通なのですね」
「そうそう、偉い人なんて自分の国の王ぐらいしか見ないんじゃないかな?」
「そうですか、それで誘拐された人間はその後、どうなりましたか?」
「それなら魔王城の近くで町を造り住んでるはずだよ。魔王様に庇護されて魔族は手出しができないらしいよ。人間の補充は常にされているからそうとうな数になってるじゃないかな?」
「…………」
それを聞いたユリは直ぐにでもその人間の町へと行ってみたいと思ったがウィザーの意思に反して別行動を取る訳にはいかず口を閉じる。
「それよりウィザー王はこれからどうするの?私達からいろいろと情報を聞いていたけど」
確かに色々と話を聞いた。
主にマリアベル主体でだが、その話の中で裏アヴィスも六か国が存在する事がわかった。
その並びは中央に魔王城、それを囲むように6ヶ国が存在する。
獣魔族の国ダイタロスから右に順に言うと高位リッチの不死の王が治める不死国シャラバ、吸血鬼王が治める吸血鬼の国シャネード、悪魔王が治める悪魔国グランド、海王竜が治める水魔国ネクリア、巨人王が治める巨人国フレアノフだ。
国の数が同じなのは偶然かどうかは女神のみが知る。
ハリの話を聞いて考えられる選択肢は3通りである。
一つめは魔王城へと行く。
二つめは残りの5王を倒し魔王城へと行く。
三つめは上の選択肢を無視して女神アヴィスの元へと向かう。
まず、3はマリアベルが反対した。
十分な力をつけてから挑むべきだと過去のトラウマからの反省を踏まえての事らしい。
ウィザーとしては3でいいのだが口煩く頭の中で喚くマリアベルに辟易して折れた。
残り1か2かだがここでマリアベルが1の選択を推す。
その時のマリアベルの顔は悪意いに満ちた笑顔をしていたのをウィザーは見た。
「そうだな、時がきたら魔王城へと向かうつもりだ」
「………それは吸血鬼のカラノアがいない事に関係あるのか?」
この城砦に泊まって直ぐにカラノアはマリアベル策の俺の命令で故郷へと向かわせた。
ダイタロス以外の全ての国を通ってシャネードへと行く事を命じてある。
その際にやるべき事を指示してあった。
「そうだ。その仕上げの為にも最低あと半年はここに居る事になる。種蒔きに時間がかかりそうなのでな」
「そう、その間はどうするのだ?」
「城砦に居るのも退屈だから大森林の奥にでも狩りに行く。獣王の鎧の奴もうるさいから毒、酸、石化、麻痺とか状態異常持ちの魔物探しだ」
「ほう、命がけの冒険だ。私も行きたいが代理として任されたから仕事をしなければならない。ついでといっては何だが狩った魔物を街に流してほしい。その運搬は一族の中から出すからどうだろうか、街にも利益になるし金にもなる。更にウィザー王の力を街中に知らしめる事にもなるので私もやり易くなるのだが?」
「ほう、なら盛大にやるか俺は魔物を殺し他はハリに全て任す」
「くふふ、任せて!アラクネ40とアルケニー30に声をかけておくから宜しくね」
「アラクネとアルケニー?」
「そう。私のように蜘蛛の胴体から人の上半身が生えているのがアラクネで蜘蛛の頭から上半身が生えているのがアルケニー、アラクネは服の概念が薄いから私のように布一枚で生活する者が多くてアルケニーはユリ達のように人間の服をちゃんと着ているのよ。全員が女しかいない種族だから夜の相手もオッケーよ!」
「フフフ、その席は私が埋めているので出番は無いですよ。ようやく念願が叶った今、私は幸せで旦那様に近づく人は反射で殺してしまいそう………くふふふ」
「………そ、そうか。毎夜お盛んだから身体休めと思ってな。一族の者には手出しせぬように言っておくよ」
「ええ、子を宿すまでは私の独り占めです。あっ!ユフィが混じりたいなら何時でも来なさいな」
「ふえ!だ、だ、誰も混じりたいって言ってないですの!ユリ様の勘違いです。わ、私のような者に先生は興味無いですよね?」
チラチラとこちらを窺うように見るユフィ。
それをウィザーは興味無さそうに頷く。
「そうだな。あんなのが嬉しいユリがおかしいのだろう。最後は気絶するくせに毎晩来るとは………」
「アッ!ダメです旦那様!それは人には話してはいけない秘密なんです!」
「ん?そうなのか、だからユフィも嫌なら強制する気は無い」
「ふぁ~…そ、そうですか………」
顔を真っ赤にしたユフィが下を向いて残念そうに呟く。
ユリの頬も赤くなっていたが大人の貫禄か下を向くことなく平然としている。
簡易な報告と脱線話しを交えなが食事をするのが最近の当たり前になっていた。
食事の最後に出発は五日後と告げるとそれぞれが各自でやりたいことをやる。
ユフィとコタロはアラクネの一人と戦闘訓練をする。
主に近接戦闘を学ぶ為のユフィの特訓でコタロと一緒に毎日、生傷がたえず戦っている。
ユリとハリはゴーマンをどうするかをユリとマリアベルの経験を聞きながら支配地域の運営を考えている。
もちろんマリアベルの意見はウィザーが代弁していた。
かなりの強さを持つハリではあったが一族全てを集めてもで300人ぐらいしかいないので王となったとしても数千、数万を率いる獣魔族もいる中で一族の者が平穏に生きるには厳しいと判断して王にはならず常に控えてきたが、ウィザーに何かを感じたのか積極的に学んでいた。
そんな中、夜になり一人になったウィザーは城砦の城門の内側にある兵士の休憩小屋に来ていた。
人払いをすまし中で待っていると金色の毛を整え上質な服を着た狐獣魔族が一人で中へと入ってくる。
「今日はお話があるとか?」
「ああ、五日後に俺は大森林へと向かう。半年ほどブラブラとするつもりだ」
「それで私に何をさせるつもりですか?」
「お前には食材の供給とこの話を街中に広めておけ」
「………反感を持つ者を炙りだすきですね?」
「そうだ。もう20日も経つのに誰一人俺に挑んで来ないとはな、いい加減この生活にも飽きた。金なら俺達が倒した魔物をお前の所にハリの一族のアラクネかアルケニーが持っていくからそれで精算してくれ。お前の店、狐屋はそういう事をやっているのだろう?」
「………ハリから聞きましたか、確かに私の店は支配地域にある町や村に日常品を販売してますから食料になる肉は多く欲しいです。ですが魔石の換金は魔王城だけでするのがルール。私共では大まかな値をつけ金を支払い、後ほど獣王が魔王城へと換金を頼んでいるのですけど?」
「それなら代理ではあるがハリに任せる。委任状?とやらを書いて魔王に見せれば良いだろう。なにせ魔王の元には勇者とやらがいるらしいではないか」
「それで魔王様が納得して金を払ってくださるのなら問題ないですけど……」
「もちろんダメなら俺が行くさ。だが行ったら戦う事になるだろうな。楽しみだ、なにせオマケの勇者もいるのだから」
「その勇者とは誰ですか?」
「ん……知らんのか?」
「はい。魔王様が呼び出したのは勇者ではなく、ぐ、ぐん……軍師?らしいですよ」
呼び慣れていないのか言いにくそうに話す。
勇者が軍師として動いているのか本当に軍師なのかは不明だが、それを聞いてウィザーは日本で暇潰しに見ていたテレビの映像を思い出す。
確か作戦を考える役職だったか?と記憶している。
それを聞きくと前の世界の地球出身の者の可能性が高いと思う。
だがなぜ軍師など名乗っているのか不明でキラリもガシャールが酒に酔っ払った時に愚痴っていた時に聞いたと話だと言う。
酔った時の話なので詳しい情報は無かったが軍師と名乗る者はまだ幼い少年で黒い軍服らしい服と軍帽をかぶり眼鏡をかけ、見るからに弱そうだったとガシャールが語ったと言う。
そんな軍師を魔王は溺愛しているのを見せられるのが不満だとキラリ達に愚痴ったらしい。
「ほう、今の魔王は女なのか」
「え?男の魔王様ですよ」
「……そうか。まあ、良い。魔王の趣味にとやかく言うつもりない。キラリにはもう1つ用意してほしい物がある」
「ウィザー王が欲しい物ですか、なんですか?」
「この辺の周辺地図だ」
「それは当然ですね。わかりました。出発までにはお届けします」
「頼むぞ」
話が終わりキラリと別れたウィザーは大森林へと向かう準備に入った。
そして五日後、城砦の城門の前には臨戦態勢の獣魔族達が集まっていた。