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形勢逆転

 にわかに周囲が慌ただしくなった。

 

 建物の外から、大勢のわめき声や、何かが破壊される音が聴こえてくる。その音が徐々に近づいてくるので、ヨナス達を取り囲む〈アーリマン〉らは、何事かと互いの顔を見合わせた。

 一人、この事態に安堵の笑みをもらしたのはヨナスだ。騒ぎの原因に気づいたからだ。

 やはりあの男は、転んでもただでは起きない。

 ミシッという音を立てて、玄関扉の壁に亀裂がはしった。次の瞬間、壁が破壊され、崩れ落ちる瓦礫の向こうから、ダークグレイの巨影が姿を現した。

〈アーリマン〉は各々の武器を手にして構え、突如現れた巨影を警戒した。が、巨影の正体が五本の角を持つドラゴンだと分かると、さすがに怯んだようであった。

 ドラゴンの影から、男が一人、姿を見せる。

 男はあちこちに傷をこしらえ、衣服もボロボロだったが、柳色の目には不屈の闘志が燃えたぎっていた。彼はヨナスに気づくと、

「お前達は、何をそんなところで休憩しているのだ! この俺がボロ雑巾のようになってまで、身体を張っているというのに! 死ね!」

 理不尽な文句を言い放った。確実に、ヨナスらの置かれている状況を理解した上で、である。

「無茶苦茶言わないで下さいよ! こっちも大変だったんですからね!」

「お前達などが俺より大変だということはない!」

 きっぱり言い切るや否や、クロードは両腕を広げた。彼の前に複数の小さな翠光の魔法陣が出現する。

「みなさん、伏せて!」

 クロードの仕草で事態を察したヨナスは、慌てて他の支部職員らに注意勧告した。ヨナスが頭を抱えて床に伏せると、皆、彼に倣った。

 直後、

「ガリオンガン!」

 呪文と共に、数々の爆発音と男達の絶叫が、同時に響き渡った。

 ヨナス達は、爆発音と絶叫が止むまで、じっと床に伏せたまま耐えた。

 間もなく、辺りが急に静かになった。

「雑魚などお呼びではなあああああああいッ!」

 クロードが勝利の雄叫びを高らかに上げたので、「済んだのか」と判断したヨナスは、そうっと顔を上げた。

 思った通りの有り様だった。クロードが放った魔法は、この場にいた〈アーリマン〉全てを直撃し、ものの見事に倒したのである。

(相変わらず、化け物みたいな人だな)

 これだけの人数の敵を、なんの苦もなく一瞬にして倒してしまう魔導師は、そうそういるものではない。

 しかし、魔法の発動があまりに唐突だ。ヨナスは抗議の声を上げた。

「クロード! こんなところでいきなり『ガリオンガン』はないでしょう! 僕らに当たったらどうする気ですか!」

「やかましい! 当たらないように配慮してやったのだから文句を言うな! それでもなお当たるのなら、それはお前達が愚鈍だからだ!」

 またしても言い切られた。しかし、配慮がなされた上での行為ならば、これ以上言えることはない。やり方ともかく自由の身になれたヨナス達は、〈魔力封印〉の魔法陣から出ることが叶った。

 ヨナスはすぐさま職員達に、鉄粉を用意し魔法陣に振り掛けるよう指示した。あまりに特殊な塗料を使っているのでなければ、魔法陣は大抵、専用のチョークで描かれる。そしてそれは、鉄粉で消すことが出来るのだ。

 幸いなことに、鉄粉を撒かれた魔法陣は、粉を掃いたあと、きれいさっぱり消えていた。

「おい、子供達はどうなった!」

 誰かが叫んだ。ヨナスははっと息を呑んだ。職員の子ども達が人質にとられていたのだ。

 まさか、子どもの身柄を拘束していた従魔まで倒してしまったのでは。

 血の気が引いたヨナスは、周囲を見回した。

「落ち着け、あれを見ろ」

 クロードが指差す先には、彼のドラゴンがいた。ゼファーは何やら黒いものを前足の間に抱えている。

 黒いものは脱ぎ捨てられたローブであった。そのローブがもぞもぞと動く。ローブがめくりあがり、数人の子どもが姿を現した。

 職員らの間から、歓声が湧き上がった。ローブから出てきた子ども達と彼らの親は、ほぼ同時に駆け寄り、しっかりと抱き合って、無事な再会を喜んだ。

「あれ、いつの間に」

 ローブはセルペンティアの従魔がまとっていたものに間違いない。子ども達が解放されたのなら、今この場には従魔の姿はないだろう。

「従魔なら、俺が食う振りしたら逃げたぜ」

 ドラゴン・ゼファーは爪でローブを摘み上げ、隅の方に放り投げた。

「あんだけの子供を人質に抱えてたら、避けるに避けられねぇからな」

「それよりヨウナシ、フィオはどこだ」

「ああ、それが……」

 ヨナスは俯き、フィオが東棟に連れて行かれたことを、クロードに話した。

 大事な弟子をみすみすさらわれたことに、さぞや怒り狂って八つ当たりしてくるだろうと、ヨナスは身構えた。

 しかしクロードは何もしてこなかった。

「お前達は残った雑魚どもをどうにかしろ。それと、儀式が失敗した時に備えておけ」

 言うなりクロードは、猫の姿に変わったゼファーを従え、上階への階段を駆け上がった。

 ヨナスが声をかける間もなく、その姿は廊下の奥へと消えた。あの廊下は、東棟へ続いている。

(あの人も失敗すると考えているのか)

 だとしたら、休んでいる時間はない。ヨナスはその場にいる全員に向けて、声を張り上げた。

「皆さん、子ども達を安全な場所に避難させて下さい。それから、従魔を召喚して下さい。この先は、全員で力を合わせなければならなくなります」


        * 


 外次元の扉の光の中にたたずむセルペンティアの表情が、訝しむように歪んだ。

 閉じていた両の眼を開き、「信じられない」という顔で、光の柱を見上げる。

「そんな……どうして……、いない!?」

 パートナーの異変には、スタンウッドも気づいた。

 様子を窺おうと、セルペンティアの側に近寄ろうとした時だ。階下の方から人々の喧騒が聴こえてきた。

 フィオとスタンウッドは、何事かと聞き耳を立てた。やがて喧騒は爆発音にかき消された。

(ひょっとして、教授?)

 そう思った時、フィオの心に一握の希望が生まれた。階下で暴れているのがクロードならば、こちらにも反撃の機会が掴めるはずだ。

 喧騒と爆発の犯人がクロードだと判断したのは、スタンウッドも同じようだった。

 バーラム使いは忌々しげに舌打ちする。

「まったく、本当に一所に落ち着く気のない男だな。だから『開けるな』とあれほど言っておいたというのに」

 片手に古めかしい杖を握ったスタンウッドは、ローヴェレットを翻し、屋上をあとにした。

 残されたフィオは、スタンウッドの戻る気配がないのを確認してから、光の柱の方へ少しずつにじり寄っていった。

「なぜなの? こんな馬鹿なことが……」

 セルペンティアはまだ、顔を上に向けたまま、独り言を繰り返している。

 儀式は失敗だ。フィオは本能的に、そう悟った。

 自分でもよく分からないが、セルペンティアは〈降臨の儀〉を成功させられない、と初めから分かっていた。そして、儀式が失敗した際には、とんでもないことが起きるのだということも。

 身体に流れるカドモン・ティタニールの血が、警鐘を鳴らしたのかもしれない。フィオはその“直感”めいたものを信じてみようと思った。

 足音を忍ばせて、死角からセルペンティアに近づく。

 セルペンティアがこちらの動きに気づく様子はない。

 フィオは両足に力を込め、勢いよくセルペンティアにぶつかっていった。

 不意打ちを受けたセルペンティアが、悲鳴を上げて、フィオと共に転倒する。倒れた拍子に、セルペンティアの手中から〈扉の石〉がこぼれ落ちた。

 フィオは這うようにして身を起こし、転がった石を掴んで階段まで走った。

「ま、待ちなさい!」

 石を奪われたセルペンティアが、怒りで顔を赤くし、猛追をかけてきた。

 後ろを振り返らず、足をもつれさせそうになりながら、フィオは階段を駆け降りた。階段の終わりは、道が二手に分かれていた。

 ここでスタンウッドが向かった方向に行ってしまってはいけない。スタンウッドはおそらく、玄関ホールに行ったはずだ。クロードが暴れているのだとしたら、ヨナス達が捕らえられている玄関ホールだろうから。

 一瞬の間にそう分析したフィオは、玄関ホールとは反対方向の通路に折れた。

 

 取り返した〈扉の石〉を、縛られた両手で大事に包み込み、フィオは可能な限りの速度で走り続けた。

 後ろからセルペンティアが追ってくるのが、気配で分かる。途中で行き当たった分かれ道では、勘を頼りに不規則に折れた。

 遥か後方で、セルペンティアが何かを叫んだ。と思った次の瞬間、フィオが駆け抜けたばかりの場所で爆発が起こった。敵が魔法攻撃を開始したのだ。

 爆発のせいで、もうもうと煙が立ち昇る。フィオはこの煙が消えないうちに、セルペンティアとの距離を出来るだけ離そうと、走る速度を上げた。

 途中、支部職員と〈アーリマン〉が争った跡であろうと思われる、荒れた場所を通りがかった。

 壁や窓ガラスが破壊され、破片が床に散らばっていた。

 フィオは、窓枠に残ったガラスの破片に両腕の縄を押し当て、一心に動かした。鋭く尖ったガラスの切っ先が、少しずつ縄を割いていく。

 縄が半分ほど切れた時、セルペンティアが姿を見せた。焦ったフィオは、腕の動きを早める。

 ついに縄が切れた。切れた勢いが余って、ガラスの端で手の甲をわずかに切ってしまったが、そんなことに構ってはいられない。フィオは切れた縄を振り落とし、逃走を再開した。

 通路の終わりはテラスだった。半円形の広いテラスには、下に降りられるような階段も足場もない。完全な袋小路だ。

「逃げられないわよ、子ウサギちゃん」

 コツコツと靴音を鳴らし、セルペンティアが近づいてくる。

「石を返しなさい。今なら二、三発殴るだけで済ませてあげるわよ」

「嫌です」

 フィオは石をポケットに入れ、代わりに腕輪を取り出した。セルペンティアの方を振り返る時、腕輪は杖の形状に変化していた。

「あなたには渡しません」

 杖の先をセルペンティアに突きつける。それを見たセルペンティアは、一瞬目を丸くしたが、やがて声を上げて笑い出した。

「なにそれ。私に立ち向かおうって言うの?」

「そのつもりです」

「やめておきなさいよ、あんたが私に勝てると思って?」

 セルペンティアは不敵な笑みを口元にたたえた。

「それとも、〈アーリマン〉時代に殺しの技でも叩き込まれた?」

「私を、あなた達と同類のように言わないで下さい」

 フィオの杖から、炎がほとばしった。炎は渦巻きながら、セルペンティアに向かっていった。

 その炎を、彼女は片手の一払いで、造作もなく消し去った。炎が消失すると、セルペンティアの掌から、疾風の刃が生まれ、フィオを襲う。

 フィオは杖を胸の高さに掲げ持った。彼女の周りに不可視の障壁が張り巡らされた。魔法障壁に直撃した疾風の刃は、空気中に霧散した。

 魔法障壁を消したフィオは、雷の矢をセルペンティアの頭上に降らせた。

 セルペンティアもまた、魔法障壁を張って、これを防いだ。

 魔法障壁の効力が切れたところを見計らい、フィオは続けて仕掛けた。

「デュエルブ・ラ・メルブ!」

 セルペンティアの足元が爆発を起こした。セルペンティアは後方に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。

「よくもやったわね」

 よろりと立ち上がった彼女の双眸が、怒りに燃えている。

「虫も殺さないような顔してるくせに、ずいぶん手荒じゃないの」

「あなた方に対しては、全力で立ち向かうと誓いましたから」

 フィオは細い杖を、両手でしっかりと握りしめた。

〈アーリマン〉……〈銀の眷属〉への、静かだが、たしかな烈情。幼い日々に、消すことの出来ない痛みと傷を残していった闇の集団。彼らを許すことは、この先も決してないだろう。

「絶対に、石は渡さない」

 小さく、だが断固とした決意を呟いた。


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