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飛船港町セプトゥス 

 惨劇の林から街道に戻った一行は、幼い同行者を連れて、セプトゥスへの道を再び歩き出した。

 道中、リオンとフィオとでマリエットの面倒を見た。マリエットは聞き分けの良いおとなしい子で、泣き言を言いもせず、素直にリオン達についてきた。

 疲れた様子を見せたときは、リオンが背負ってやった。歳の離れた妹が出来たような感じがして、なんとなくいい気分だった。

 マリエットはゼファーを気に入ったようで、やたらと彼をかまいたがった。耳やら肉球やら尻尾やらを触ろうとする。その度にゼファーは、一旦は逃げるものの、最終的にはマリエットの好きにさせた。抱き上げようとした時は、さすがに勘弁してほしかったのか、全力でクロードの肩によじ登って回避した。

「頼むよ。仮にも竜属が人間のガキに抱っこされちまったら、他の種属に笑われちまう」

「犬や猫って、撫でられると喜ぶものだと思うけど」

 リオンも生き物は好きなので、犬猫を見かけたら、つい触りたくなる。

「俺は竜属だって言ってんだろがボケ」 

 かわいい外見に不釣合いな、汚い言葉で威嚇するゼファーであった。

 様子がおかしかったのはクロードである。

 彼はあまりマリエットの方を見ようとしなかった。マリエットがクロードに興味を示しても、一瞥をくれるだけで一切かまうことはない。

 既婚者なのに子供に興味がないのだろうか。不思議に思ったリオンは、こっそりクロードの所作を観察した。

 すると、まったくマリエットに見向きもしないかと思えば、そうでもないことが判った。時折目を細めて、マリエットの姿を追っている。ほんの一時のことではあるが。

 その様子から、子供が嫌いだというわけでもないようである。どうでもいい存在なら、そんな風に見ることもないだろう。

 

 苦手。

  

 リオンの頭の中で、一番適した単語が確定した。嫌いでも無関心でもないなら、どう接してよいのか分からないのかもしれない。たしかに、クロード=クラウディオ・ハーンが幼子をあやす姿など、リオンには想像もつかなかった。

 それならばクロードの態度は正解だ。下手にかまって泣かせるよりは、初めから無関心を装う方がいい。

 疑問の答えを見つけた気がしたリオンは、ふと思った。

 男も女も、子供ができれば性格が変わるという。それまで、どれほど荒れた生活を送っていた者でも、子供が生まれると、気持ちが優しくなるのだそうだ。子に対する愛情があればこその変心であろう。

 クロードに子供ができたら、彼は一体どんな風に変わるのだろうか。

 父親になったクロードを想像してみたリオンだが、なかなかその姿を思い描くとことができなかった。


 


 太陽が天中に差し掛かった頃、前方に大きな街並みが見えてきた。セプトゥスだ。あと4、5メル・クルクといったところだろう。

 頭上から、重厚な物音が降ってきた。

 見上げると、セプトゥスに向かって航行している、一隻の飛空船を発見した。セプトゥスへの寄港のため、低空飛行しているのだ。

 リオンがこれまでに見た飛空船は、ノミのように小さい船影でしかなかった。今まさに頭上の空を行く飛空船は、親指ほどの大きさに見える。間近で見たら、その船体はどれほど壮大だろう。

「空のお船、乗ったよ」

 マリエットは精一杯に腕を伸ばして、飛空船を指差した。

「そう、マリエットは飛空船に乗ったことがあるんだね。いいな、僕はまだなんだ」

「あのね、雲の上に行ったの。それでね、下を見たらね、おうちが小さいんだよ」

「飛空船に乗って、マリエットはどこに行ったの?」

「海のあるところ」

「海か……」

 リオンは海にも行ったことがない。海鮮類を食べたこともない。

(マリエットよりも世間知らずだな)

 一人胸中で苦笑いするリオンである。


        *  


 飛空船港があるというだけあって、セプトゥスはカナン領内で最も大きな町だ。

 町は広大で緩やかな丘陵地に築かれており、一番高い土地に飛空船港があって、とても目立っている。さきほどリオン達を追い越していった飛空船は、とうに入港しているだろう。

 町は高台の飛空船港を中心に栄えていた。町の入り口で見た地図によると、港周辺は商業区域で、数多くの店や企業の建物で埋め尽くされているようだ。

 商業区域の外周には水路が廻らされていて、その水路を越えると住宅区域である。町に入ると、まずこの住宅区域を抜けて、中心街に行くことになる。

 住宅区域は、まさに密集という表現にふさわしい様相だった。似たような佇まいの家屋が、整然と建ち並んでいる。こんなにも多くの人間が、一つの町に暮らすものなのかと、リオンは感心とも呆れたとも言える印象を抱いた。

 水路に架かる橋を渡り、いよいよ中心街に足を踏み入れると、リオンは更なる衝撃を受けた。

 あふれんばかりの人の波だ。その賑やかさはハイメルの比ではない。

 道路は全て煉瓦敷きに整備され、ビークルがひっきりなしに飛び交っている。ベイルゼンはもとよりハイメルでも見かけなかった、二環駆動式ビークルの〈ブリッター〉や〈リーベル〉もある。

 ブリッターは浮揚力は低いが、高速移動と機動力に特化したビークルだ。一方リーベルはブリッターほど速くないものの、地上1メル・クルクを飛ぶことができる。どちらも男なら一度は乗りこなしたい、と憧れる乗り物である。

 リオンも例外に漏れず、二種のビークルの雄姿を、憧れの眼差しで追った。

「あんなのより、俺の方がずっと速いんだからな」

 クロードの肩の上で、ゼファーが自慢する。

「湖の上を飛んでたときは、お前やフィオがいたからあんまり速度上げられなかったけどな。伊達に森林棲最速種じゃねぇんだぜ」

 ぜひその速さを体験してみたいものだが、それにはクロードの許可が必要だろう。そう簡単には許してくれそうにもないが。


 

 目的地である魔導協会アルジオ=ディエーダのセプトゥス支部は、飛空船港の高台を迂回した、町の反対側にあるという。

 だが支部の前に行かなければならない場所がある。


 セプトゥス警備隊詰め所は、多くの企業が居を構える区画にあった。さすがに都会の警備隊は、在籍する隊員の数も多く、詰め所の敷地面積も広い。

 マリエットを連れて詰め所を訪れた一行は、

「どうも。何か御用で?」

 と、最初に声を掛けてきた若い警備隊員に、事情を説明した。

 若い隊員はリオンから話を聞き、財布と住所証明を受け取ると、痛ましげに眉根を寄せ、マリエットを見下ろした。マリエットはその視線から逃れるように、フィオの後ろに隠れた。

「事情は分かりました。さっそく現場に一班向かわせましょう。それと、マリエットちゃんの家と親戚も調べます。その間、マリエットちゃんは責任をもって保護しますよ」

「よろしくお願いします」

 隊員の心強い言葉に、リオンはほっと胸を撫で下ろした。

 隊員はしゃがみこんで、マリエットに人懐こい笑顔を見せた。

「マリエットちゃん、しばらくここにいてくれるかい? マリエットちゃんのおじさんかおばさんが迎えに来てくれるまで、お兄さんと待ていようよ」

 彼が手を伸ばすと、マリエットは逃げるように身を引いた。

「いや!」

「大丈夫だよ、何も心配いらない。ちょっとの間だから」

「いや!」

 マリエットは激しく首を振り、一層強くフィオにしがみついた。

 フィオはマリエットの髪を優しく撫でる。

「マリエット、この人達はマリエットを守ってくれるのよ。ここにいれば、親戚の人が来てくれるから」

「やだ! ここはいや! 一緒にいる」

 マリエットの栗色の瞳が、みるみる涙で濡れていく。

「ねえマリエット、いい子だから」

「やだ! パパとママが来るまで一緒がいい」

 叫ぶように言うと、マリエットはフィオに抱きついて泣き出してしまった。

 フィオは困り果てて、リオンとクロードを交互に見た。

 クロードが何か言おうと口を開きかけた。それを制したのは肩の上のゼファーである。爪を立てて主の顎の辺りを引っかいたのだ。

 クロードは小さく呻き、三白眼で猫を睨みつける。ゼファーも負けじと睨み返した。その目が、

「お前が余計なことを言うと、もっと泣くから黙ってろ」

 と、語っているのが、リオンにも解かった。

 泣かれてしまっては、どうしようもない。マリエットがこれ以上寂しい思いをするのはかわいそうだ。

「教授、親戚の人と連絡がつくまで、マリエットを預かろうよ」

「馬鹿者が。このまま支部まで連れて行くというのか」

「だって、ここに一人で残したらかわいそうじゃないか」

「ならお前が残ってやれ」

「そういうわけにはいかないよ。僕はマルク隊長の名代なんだよ。事件捜査に加わらなきゃ、意味がないじゃないか。第一僕を名代にしろって言ったの、教授だからね」

 正論を返すと、クロードが凶悪な顔つきになった。 

「教授、私からもお願いします」

 フィオはマリエットの髪を撫で、なぐさめながら師に懇願した。

 さすがのクロードも、涙で顔を濡らししゃくりあげる幼い女の子を前にしては、いつもの傍若無人ぶりを発揮することができないらしい。

 不機嫌ではあるが、リオンとフィオの提案を受け入れた。

「好きにしろ! ただし、お前達が責任を持て」

「ありがとう教授」

 クロードのことだから、何が何でもマリエットを置いていきかねないと考えていただけに、許可が下りたことは、リオンにしてみれば意外だった。

「そういうわけで、この子は僕らが預かります。すみませんが、何か分かったらアルジオ=ディエーダの支部に連絡をくれますか? 僕達、今からそこに行くので」

 警備隊員は頷く。

「分かりました。そのようにしましょう」

 

 

 こうして成り行きでマリエットを預かることになったが、リオンに不安がないわけではない。

 マリエットの親戚が、いつ迎えに来てくれるのかが分からない。セプトゥス内にいるのならいいが、別の町にいるかもしれないのだ。領外かもしれないし、外国に住んでいるかもしれない。

 迎えが遅ければ遅いほど、マリエットの心細さは深まっていくだろう。

 リオン達がずっとそばにいてあげられればいいのだろうが、それも叶わないだろう。

 なにより恐ろしいのは、いつかまた攻撃を仕掛けてくるであろう、スタンウッドの凶行に巻き込まれはしないか、という点だ。

 もちろんその折には全身全霊で守るつもりである。

 マリエットを預かるという選択は、本当に正しかったのか。

 ひょっとして、彼女にとっては良くない方法だったのではないか。

 悩み始めたら止まらなくなる。リオンは悪い考えを振り払い、これで良かったのだと、自分に言い聞かせた。


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