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湖上の追撃

 一行が表通りに戻ったところで、新手のバーラムが後方に出現した。

 頭蓋骨に似た頭部を持つ、案山子かかしのような上半身に、車輪らしき下半身を持つ奇妙な形状だ。

 十体以上はいると思われるバーラムは、下半身の車輪を回し、町の通りを猛烈な速さで走ってくる。

「ありゃスケアホイールだ!」

 主の肩に乗ったまま、ゼファーが声を上げた。

「あいつら速いぞ、人間の足じゃ追いつかれる! 俺が運んでやらァ!」

 黒いおさげを揺らしながら走るフィオは、ゼファーの提案に難色を示した。

「だめよゼファー! あなたが街中で元の姿に戻ったら、ますます周りの人を混乱させるわ!」

「もう充分混乱してんじゃねえか!」

 猫の反論のとおり、先ほどの酸の雨とスケアホイールの群れで、すでにハイメルの町は狂乱状態だ。往来の人々は、バーラムから逃れようと、悲鳴を上げながら走り回っている。

 異変に気づき警備隊がやってきたが、あまりの異常事態に、どう対処すべきか分からず、右往左往しているだけだった。

「あれだ!」

 クロードが何かを指差した。通りの端に停まっている、屋根のないビークルだ。無人である。

「あれを拝借する」

 言うなりクロードはビークルに飛び乗った。リオンは唖然として、彼のあとを追った。

「教授、それ他人ひとのだよ!」

「当たり前だ、こんな所に俺のビークルがあるものか。そもそも俺はビークルを持ってない」

「そういう意味じゃなくて!」

「つべこべ言ってる暇などないぞ! さっさと乗れ!」

 リオンは腕を掴まれ、強引に隣の席に引きずり込まれた。フィオはためらいなく後部座席に乗り込む。師の突飛な行動は、もはや彼女にとって指摘の範囲外なのだろう。

 ビークルのエンジンが掛かり、機体が地上から浮き上がる。

 クロードが愉快そうに声を張り上げた。

「おお凄いぞ俺! 一発で掛かった! さすが俺、扱ったことのないものでもすぐにマスターしてしまうとは!」

「今何て言った!?」

 決して聞き流してはいけない一言である。しかしクロードはまったく聞いていなかった。ビークルの操縦桿を握り、手前に引く。

 リオンはぎょっとして叫んだ。


「教授それ後退バック!」


 ビークルが猛烈な勢いで後退を始めた。暴走するビークルは、屋台や積まれた木箱を薙ぎ倒していく。奇跡的にも、周囲の人々を巻き込んでいないのが救いだ。


「ブレーキ踏んでブレーキ!」

「ぶれーき」

「そのペダル!」


 見るに見かねたリオンは、隣の席から片足を突き出してブレーキを踏み込んだ。

 急にブレーキをかけられたビークルは、その反動で大きく浮上し、山を描いて落下した。

 落下した時、迫ってきていたバーラムを二、三体ほど巻き込んで押しつぶしたのは、怪我の功名であった。

「操縦桿を前に倒さないと前進しないんだよ!」

「やかましい! そういうことは早く言え! だが見ろ俺は間違っていない! 奴らを倒したじゃないか!」

 あくまでもミスを認めない魔導師は、へし折らんばかりの勢いで操縦桿を前に倒した。耳障りな音を立ててエンジンが噴き、ビークルは前進を始めた。



 スケアホイールの群れは、獲物の乗るビークルを忠実に追いかけてきた。クロードが運転するビークルは、右へ左へ蛇行し、危なっかしく疾駆する。往来の設置物に何度もぶつかり、木箱だの何だのを跳ね飛ばした。ともすればバーラムよりも危険なのではないかと、リオンはひやひやしながら、科学の産物を操る魔導師を横目で見る。


「わっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは! どけいどけい庶民ども! 轢かれたくなくば蜘蛛の子のよーに散るのだ!!」


 およそ良識ある逃走者のものではないセリフを高らかに発するクロードは、実に楽しそうにがちゃがちゃと操縦桿を扱っていた。リオンは助手席に座っているものの、彼の暴走の助手を務めることも、暴走を止める助けも出来そうになかった。

「教授、あっちに水路が見えます!」

 フィオが通りの右側を指で示した。緩い坂になっているその道の先に、舗装整備された水路が見えた。おそらくオルシワ湖に繋がっているのだろう。

 クロードは曲がり角に向けて操縦桿を倒した。荒々しいエンジン音を響かせ、ビークルが坂道を爆走する。

 坂の終わりに、頑丈そうな木の柵が立てられていて、それが道と水路を隔てている。クロードは迷うことなく柵に突っ込んだ。

 柵を派手に破壊し、水路に飛び出たビークル。着水はせず、地上と同様に浮いたまま、下流に向かって走り続ける。激しい水しぶきが上がり、ビークルの周りに透明な壁が出来上がった。

 ビークルを追って、スケアホイールの群れも水路に躍り出た。水中に没するかと思われたが、スケアホイールどもは、あろうことか水上を走ってくる。

 バーラムの追跡におののきながら、リオンはあることに気づいた。ビークルから身を乗り出して、機体と水面を見比べ、助手席に戻る。

「教授、このビークル、たぶん水陸兼用じゃないよ!」

「なんだと?」

「しばらくは浮いてられるけど、最終的には水に落ちるってこと!」

 地上用と水上用、空中用とでは、ビークルの推進構造が違うのだ。地上用ビークルは水上では浮揚し続けられず、水上用も然りだ。安全装置のおかげで、一定距離は操縦可能だが、やがては浮揚装置が機能しなくなってしまう。

 これを聞くと、クロードの表情はみるみる険しくなり、しまいには鼻を鳴らした。

「役に立たん機械だな。ゼファー、町を離れたら元に戻れ」

「勝手に乗り回しておいてよく言うぜ」

 ぶつぶつ言いながらも、ゼファーはクロードの肩から、ビークルの前方に飛び移った。

 フィオは座席に膝をついて後ろ向きになり、追ってくるバーラムに杖を差し出した。

「グレオンネルド!」

 フィオの杖の先端から、五発の雷の弾が発射された。三発はスケアホイールに命中し、水没した。しかし、一体はかすっただけで倒すには至らず、五発目は完全に外した。

 クロードが後ろを振り返りながら、リオンに言った。

「お前、運転替われ」

「僕が!?」

「詳しいから運転もできるんだろうが。いいから替われ」

 答えを待たずに、クロードは操縦桿を離した。途端にビークルが傾く。リオンは慌てて座席から身を乗り出し、操縦桿を握った。

 ビークルがどうやって動くのかを少々知っているというだけで、実際に運転などしたことはない。必死で操縦桿を動かし、なんとか車体のバランスを保った。

 運転を放棄したクロードは、立ち上がって座席に片足を乗せた。

「ちょっと何してんだよ! 危ないから座って!」

 リオンは不自然な体勢で、片手で操縦桿、もう片方の手でクロードのズボンの端を掴むという、極めて体勢的に不利な状況にならざるを得なくなった。

「まかせろ。この俺はバランス感覚にも優れているのだ」

 操縦を押し付けられた少年の気も知らず、魔導師はよく分からない自慢をする。

「フィオ、『グレオンネルド』は動きの激しい相手には向いてないぞ阿呆」

「はい!」

 リオンの視界の端で、クロードが何かの動きを見せた。ビークルを運転しているリオンは、前方に注意しなければならない立場だが、可能な限り首を回し、クロードの様子を窺った。

 クロードが両腕を広げる。広げた左右の腕をつなぐように、掌ほどの大きさの、みどりに光る魔法陣がいくつも現れた。

 ビークルが水路からオルシワ湖上に抜けた。と、同時にクロードが呪文を発する。

「ガリオンガン!」

 魔法陣から光線が発射された。光線は不規則な動きで、スケアホイール一体一体を追尾する。

 スケアホイールは俊敏に湖上を走り、光線から逃れようとした。が、バーラムがどう動き、どの方向へ逃げようとも、光線はその背後を執拗に追う。追いつかれたスケアホイールは光線に貫かれ、塵と化して湖に消えた。

 光線から逃げおおせたバーラムは一体もいなかった。

 敵を撃破し、ほっとしたのも束の間、フィオが湖面を指差し叫んだ。

「リオン! ビークルが落ちてきてます!」

彼女の言うとおり、ビークルと湖面が、徐々に近づいていた。機体の浮揚機能が低下しつつあるのだ。

 ビークルは、今やオルシワ湖の真ん中。ここで機体が水没しては大変なことになる。岸まではまだ距離があり、辿り着くまで浮揚機能は保たないだろう。

 するとゼファーがピンと背筋を伸ばし、

「俺の出番か!」

 得意気に一声上げると、ビークルのボンネットに飛び移った。

「ゼファー、危ないから降りて!」

 リオンが声を張ると、

「まあ見てろよ」

 黒猫は、小さな牙を見せて笑った。直後、ゼファーの身体が明るい光に包まれた。


 それは一瞬の出来事で、光はすぐに消えた。光が消えた後、そこにゼファーの姿はなかった。


 一体どこに。リオンがそう思った時、大きな影がビークル全体を覆った。


 そしてバサリ、という翼が羽ばたく音がしたかと思うと、ビークルの機体が水から離れ、宙に浮いたのである。


 ダークグレイの毛色の獣の腕が、ビークルの機体をしっかりと掴んで持ち上げたのだ。リオンが見上げた頭上には、翼を生やした巨大な獣の姿があった。

 腹の下しか見えないが、翼ははっきりと確認できる。四つ足の胴体に、鳥に似た翼を持つ大きな獣。その正体を、リオンは信じられない思いで察した。


「ドラゴン……」

 あらゆる生物の頂点に立つ、強力で偉大な古き種族。

 思わず呟いたリオンに、立ったままのクロードが応えた。

「森林棲竜属、最速の〈クラウド・スプリット〉だ」

 

 ドラゴンのゼファーはビークルごとリオン達を空高く運び、悠々と翼をはためかせてオルシワ湖を渡る。湖面に映るゼファーは、あの可愛らしい猫の姿からは想像もつかないほど、雄々しかった。

 岸がどんどん近づいてくる。目指しているのは、森が広がる湖畔だ。

 その森の方から、黒い靄のようなものがこちらに迫ってくる。鳥の群れだろうか。目を凝らしているうちに黒い靄が迫ってきて、リオン達を覆い尽くした。

 耳障りな羽音をたて、無数の黒いものが、身体中にまとわりつく。

「なんなんだよこれ!」

 払っても払ってもきりがない。フィオは髪を引っ張られているのか、頭を抱えて悲鳴を上げている。この正体不明の黒いものには、さすがのクロードも苦戦していた。

「うわ、やめろコノヤロー!!」

 ゼファーが唸るような声を発した。黒い群れが、ゼファーの目を隠し、視界を奪っていた。

 ドラゴンの飛行が崩れた。翼のはためきが不安定になる。翼にも黒の群れがまとわりついているのだ。

 黒の群れの妨害を受けたゼファーは、正常な飛行ができなくなった。バランスを崩したゼファーは、それでもビークルは離さなかった。だが、やがて飛行制御不能になり、ドラゴンとビークルは、湖岸の森の中に突っ込んでいった。


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