はち
空を連想させる鮮やかな青色は限りなく食欲を減反させ、ゴムのような弾力は噛めば噛むほどに力強く押し返してきてくれて顎が鍛えられること間違いなし。
ダイエットと顎の筋トレがまとめて出来るまさに一石二鳥の肉。それがピョム。
「いや、違うから。」
「えぇ~」
ピョムについて感想を述べたらマーサに即否定されてしまい不満顔の鈴。
一度口にした物を出すのに抵抗があり出せと言われても噛み続けたが、ハッキリ言って全く噛める気がしない。ゴムのようなって言うか、ゴムだ。
「まさか噛みきれないとはね。スズ、アーしてごらんなさい。」
どこか感心した様子のお姉様。この顔つい最近見た気がする。最近っていうか、さっき?蔦で傷めた足を見たライと同じ顔な気がする。
嫌な予感がしつつお姉様の手が添えられた顎をアーと開ける。おぅ、美女に口の中覗かれるって結構ダメージでかい。思わず口を閉じかけたがピクリとも動かなかった。お姉様…意外に力強いんデスね。
「…顎の筋力もないし、歯も丸くて小さいわね。一応尖った歯もあるみたいだけどこれじゃあ役に立たないわ。」
いい子ね、と顎が解放された。顎を擦っているとライが優しく頬を撫でてくる。
「ライ、予想以上だわ。」
「俺もだ。」
何とも言えない顔でお互いの顔を見ているライとお姉様。そんな2人を見ていたらお腹の虫が抗議してきた。おっとごめんよ。今度こそ!と気合いを入れてピョムの肉に再挑戦しようとしたら、スプーンを口に持っていった所で大きな手に掴まれた。
「鈴、待て。」
ライにスプーンをとりあげられてしまった。あ~私の肉~
「…そんな泣きそうな顔で見上げるんじゃない。俺が悪いみたいじゃないか。食べさせやるから待て。」
と言いながらライは私から取り上げた肉を食べてしまった。待てぃ!食べさせてくれるんじゃなかったのか。澄まし顔でモグモグと口を動かすライを恨めしそうに見ながら抗議してくるお腹を撫でる。
もぅいっそうアーンでもいいからご飯食べたい。
――なんて。あまりの空腹感にウッカリ成人あるまじき事を思ったからいけなかったのだろうか。
不意に顎を掴まれた。少し力を加えられただけで全く抵抗できずに上を向けさせられる。ぐっ、首が痛い。が、痛がる暇もなくライの綺麗な顔が再びズームアップ。………ん?
「んむっ!?」
またもやライに食べられる勢いで口を塞がれた。舌で口をこじ開けられ何かがライの口から移されてくる。真上を向いているから避けることもできずに唾液と一緒に受け入れる。
「んっふぁ。」
鈴の口の端から垂れたどちらのものかわからない唾液をペロリと舐めとりライは離れていった。
……………………え~っと?
放心状態の鈴を覗きこんで聞いてくるライ。
「旨いか?」
うまいか?何が?あ、口の中にあるのピョムの肉の事か。噛み砕いて咀嚼された状態の肉を口移しされたみたい。
……………………………………はぁ!!!?
あ、ビックリしすぎて思わず飲み込んじゃった。幸い細かく砕かれていたので詰まることはなかったが、そんな事はどうてもよくて!
「まだ食べれるか?」
いやいや、待って。また自分の口に持っていくの待って下さい。え?何でアーン通り越して口移しになったの?
「スズ、今日のところはライに食べさせてもらって。明日からは食べられるように何とかするわ。」
まさかのお姉様容認!
「いや、」
「別に俺が食べさせるからいいぞ?」
「駄目よ。自分で噛まなきゃ顎が強くならないじゃない。」
「あの、」
「すぐには無理だろ。当分俺が」
「駄目だったら。あなた自分がやりたいだけてましょうが。甘やかすのはスズのためにならないわよ。」
娘の教育方針について揉める父親と母親のような会話だ。そしてライは駄目父。
二人の話から推測するに、どうやら狼族は乳離れしてから1人で食べれるようになるまで大人が口の中で食べやすいように細かく柔らかくしてから口移しで食べさせるらしい。
ちなみに期限はだいたい一歳の頃。もう一回言う。一歳。私は20歳。
「いや、だから私は大人…」
「料理番に言っとくわね。今離乳中の子いないから。」
「あの…」
「あまり量を食べなさそうだから出来るだけ栄養が高いものを頼む。」
「わかったわ。狩り番にメェの乳を持って帰ってきてもらおうかしら。」
本当にこの人達人の話聞かねぇなぁ!
かくして、本人そっちのけで顎強化訓練が開始されることとなった。
後で知ったのだが、どうやらピョムの肉は離乳直後の子供が固形物を食べる練習で用いたり、病人食に用いられるほど栄養があり…柔らかいらしい。それを聞いた時、鈴は2度目の脱力感を味わった。
異世界ガチ厳しい。やっぱり生きていける気がしないわー。
柔らかい(らしい)ピョムの肉。それが噛み切れなかった鈴。
それから鈴の為に煮たり練ったり細かくしたりと様々な手法を用いた料理が出されるようになった。マーサ曰、あまりに鈴の脆弱さに料理番が衝撃を受け、何としても鈴にも食べれてかつ美味しく栄養も摂れる料理を作ろうと燃えているらしい。ありがとうございます。
が、やはり最初から上手くいくはずもなく。
鈴が食べれないとなると、すぐにライにスプーンを取り上げられ、直接口の中のモノを取られ、噛み砕かれたモノを改めて口移しで食べさせられるというはめになってしまった。食べないという選択はないらしい。
「成長期に食べないと大きくなれないからな。」
もう伸びません。胸を指しているなら殴る。
ちなみに逃げても絶対捕まる。家の外に出ることすら出来ずに速攻だ。ライ達に今のが全速力か?と聞かれたので頷いたらまた何とも言えない顔をされた。一応いっとくけど私は普通だから。ライ達が速すぎるんだよ!
でもやっぱり口移しなんて嫌だから懲りずに逃げ出していたから最終的には食事はライの膝に拘束。それでも諦め悪くアーンされても嫌だと言って食べないでいたら強制的に口移しで給仕されたため、アーンが基本仕様になってしまった。
悪意からでないのはわかっている。
だって皆とっても優しいのだ。食事の事だって鈴の為に言ってくれているのがわかる。羞恥心から嫌がったがライ達が嫌なわけでわない。
突然現れた何の役にも立ちそうにない怪しげな自分を受け入れてくれたライ達を嫌うわけない。
でもね?
だからって食べれるようになったから1人で食べるという私の案を笑顔で却下するのはどうかと思う。
食事は狼の生態を参考。